「The Hermit」 第1話に戻る 第2話に戻る 第3話に戻る 第4話に戻る 第5話に戻る 第6話に戻る
第3新東京市から遠く離れた、海岸を幾分遠くに眺める、ひと気のない平地に、相田ケンスケと、鈴原トウジの妹ミカはいた。
夏の強い日差しの中、穏やかな風が吹き、青い空を白い雲が魚のようにゆっくりと流れている。
こんな日は海で遊ぶのに最適だろう。
だからこそ、ミカのリクエストに応えるべく、今日はここまでやって来た。
ただし、まずはメインの目的を果たしてからだ。
「用意は?」
ケンスケが、少し離れた場所にいるミカへと問いかける。
「いいよ!」
ミカはビデオカメラを構え、空いている方の手を振りながら、ケンスケに返事をした。
ケンスケのすぐ隣には、76式戦車(改)が置かれている。
スケールは、1/1。
装甲は、防弾鋼。
質量は、およそ40トン。
つまり、実物大どころか、実物である。
もちろん、国連軍からチョロまかしてきたなどというわけではない。
この平地に来てから、ケンスケが自分で「作った」ものだ。
これまでも、幾度となく「作って」と「消して」を繰り返してきた。
その成果として、最初の頃は「作り」出すのに数週間を要していたのだが、今では数十分で作業が完了するようになった。
今日は、何度目かの走行確認。
作業の間、動植物に頼んで、場所を「空けて」もらっている。
もちろん、ここを去る際には、きちんと「片づける」。
もっと力が上手く使えれば、同じ空間を「共有」出来るようになるのだが、それはまだ二人には難しい。
ミカに手を振り返してから、ケンスケは戦車に乗り込むと、操縦席に座って深呼吸をする。
「・・・ふう・・・、よし、いくぞ」
この瞬間は、いまだに緊張する。
しかし、決して嫌な気分ではない。
「・・・」
T字型のハンドルを握り、クラッチを踏み、エンジンを始動。
アクセルをゆっくりと踏みながら、クラッチを戻す。
恐る恐るといった様子で、前へと進みだす76式(改)。
ここまでは、これまで通り、問題ない。
最近になって、ようやく実際の動きを再現出来るようになってきた。
創作作業を重ねていく中、徐々にだが確実に、本物へと近づいている感触がある。
アクセルを踏んで、前進、ギアをバックに入れて、後進。
座席の左右にあるレバーでキャタピラをコントロールし、右折、左折、そして、旋回。
ひと通りの操作を試しながら、状態を確かめる。
“ 大丈夫か? ”
“ 任せて ”
繋がって、会話をするケンスケとミカ。
しばらくの慣らし運転のあと、
“ スピード上げるよ ”
“ うん、いいよ ”
ミカの返事を受け、ケンスケはギアをシフトさせた。
セミオートマチックなので、走行中はクラッチを切る必要がなく、座席中央の変速用レバーで操作をする。
ミカは、ビデオカメラを構えながら、戦車の脇を並走している。
離れたり、近づいたり、立ち止まったり、追いかけたり。
車体の横から、後方から、あるいは、正面に回って。
時速40キロを越えて移動する戦車、それにも劣らぬ機動力をもって、ミカは地面を蹴り、撮影を続ける。
疲れる様子など、もちろん、ない。
「・・・」
ケンスケは、戦車とミカの動きに注意を向けつつ、運転を続けた。
やがて、
「まあ、今日のところは、こんなもんかな」
とりあえずの手ごたえを感じながら、ケンスケはミカへと意識を送った。
“ よし、じゃあ、そろそろ海に行こうか ”
“ うんっ、行こっ! ”
突き進め2019年!記念SS
「The Hermit」 第10話(最終話)
青き海、その岸辺。
穏やかな波を背に、シンジ、アスカ、レイの前に立つ、一人の少年。
最後の使者。
渚カヲル。
彼は、第一始祖民族から託された、最後の言葉を、三人へと告げた。
「「言葉」って、なんなの、カヲル君?」
「遺言だよ」
あとに残る者へと、渡される言葉。
シンジは神妙な表情をしながら、カヲルに尋ねた。
「遺言って・・・、じゃあ、もしかして、第一始祖民族は、もう?」
「うん、彼らは、すでに滅んでいるんだよ。今から5000年ほど前にね」
カヲルの言葉に、わずかに首をかしげてアスカが言う。
「でも、「断片」は最近まで送られてたんじゃないの?」
「うん、彼らの意志を引き継いだもの達によってね。「生命の種」と同様、システム維持という役割を与えられた、心を持たない擬似生命の仕業さ」
「そうだったの?」
「これはユイさんも知らなかった事だけどね、まあ、言う必要がなかったからね」
そして、カヲルは遺言についての話を再開した。
「第一始祖民族は、滅びから逃れられない事を知り、生命を絶やさぬようにと行動を始めた」
「単純な生命体ではない、豊かな知性と心を持つ生命体。高度な知識と知恵を併せ持ち、「精神の実」を獲得出来る、自ら進化の道を歩める存在を生み出すべく」
「彼らに成功の確たる光明が見えていたわけではない。作業は困難を極め、失敗に失敗を重ねたが、それでも、続けた」
「この地球に人類が生まれ、高度な文明を持つに至った頃、彼らは、擬似生命にその後を一任する事にした。もう、時間が残り少なくなっていたから」
「やがて、終局を迎えんとする静寂の中、彼らは、これまで自身の内にかすかにくすぶっていた、あるひとつの疑問を明確に認識した。それは・・・」
― 我々は、なにをしようとしていたのか? ―
「それが、遺言なの?」
シンジが尋ねる。
「そうだよ、これが第一始祖民族からの遺言。君達人類へと残した言葉だ」
「なんなのよ、いったい、それ・・・。ゴーギャンじゃあるまいし」
眉をひそめながら、アスカがぼそっとつぶやく。
ポスト印象派を代表するフランスの画家、ポール・ゴーギャン。
彼の終生の傑作とされる作品、「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」。
アスカがつぶやいたのは、名前だけが理由なのではない。
この絵を描いた当時、ゴーギャンは失意のどん底にあった。
作品はどれも世間の評価を得られず、体はさまざまな病に苦しめられる。
理想の「楽園」と夢見ていた島、タヒチは、フランスの植民地としての価値観に染まり、かつての素朴さ、原始的な力強さを失っていた。
そして、
決定的な事が起こる。
彼の愛する娘であり、数少ない理解者の一人であった、アリーヌが肺炎により亡くなってしまう。
ゴーギャンには、絶望と、絵を描く事しか残されていなかった。
そして、自身の集大成となる絵を完成させたのち、ゴーギャンはヒ素を飲んで自殺を図るのである。
幸いと言うべきなのか、からくも一命は取り留めた。
しかし、重い悲しみは、彼の心に、彼の描いた絵に、深く閉じ込められたままだった。
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」
この絵の中には、決して報われる事のない、それでも吐き出さずにはいられなかった、悲痛な願いが込められていた。
描かれているのは、自身が夢見た「楽園」、そこに住む人々の生と、死と、そして、再生。
絵の左側に置かれた、万物の母にして再生を司る月の女神、ヒナの偶像。
そのかたわらには、一人の女性が立っている。
ゴーギャン自身は言及していないが、この女性は、彼の失った娘、アリーヌだといわれている。
彼女の誕生日、キリスト降誕の日とされる12月25日に合わせて完成された絵。
ゴーギャンは、残さずにはいられなかった。
生きていて欲しかったと、戻ってきて欲しいと、「楽園」で幸せに暮らして欲しいと。
自身の怒りを、悲しみを、絶望を、願いを。
自ら、死へと向かう前に。
この絵は、彼の遺言なのだ。
しかし、アスカの言葉の通り、第一始祖民族の遺言とゴーギャンの絵では、決定的に異なる部分があった。
「遺言っていう事は、三つの「実」の力で自分達を復活させてくれとかかな? でも、それだと変か」
シンジの言葉に、アスカがうなずく。
「わざわざナゾナゾみたいにしないで、そのままズバッと言えばいいんだもんね」
「だよね」
二人の考えを受けて、カヲルは答えた。
「そういう意図があるとは、まず考えられない。彼らに、そこまでの執着はなかったんだよ。彼らは、はるか昔、心の痛みを恐れ、恐れるがゆえにそれを消し去った。怒りも、悲しみも、恐れもなくなったために、自分達が消え去る状況においてもなお、生への強い渇望は生まれるべくもなかったのさ」
さらに、カヲルは続ける。
「そして、それだけじゃなかった。正と負は表裏一体。負の感情を消し去った影響は、喜びや愛といった正の感情にまで及び、その色は時の流れと共に薄まっていった」
心から痛みを消し去った、第一始祖民族。
自身の痛みも、他者の痛みも忘れ、争いに明け暮れたのも、ただただ惰性の末だったのかもしれない。
自分達の利益にも、相手側の不利益にも、強く惹かれる事などなく。
ただ、やめる理由が見つからなかったがために、争いを続けた。
戻る事の出来なくなる、その時まで。
「でも、じゃあ、なんだっていうんだろう・・・?」
「う〜ん・・・」
「二人とも、もっとシンプルに考えてみて」
思案するシンジとアスカに、レイが言った。
「根本に立ち返って、彼らの言葉を、そのまま捉えてみるの。「我々は、なにをしようとしていたのか?」」
「でも、なにをしようと、って、「精神の実」を作れる知的生命体を生み出そうとしてたんでしょ?」
と、シンジ。
「それは、どうして?」
と、レイが即座に返す。
「どうしてって、それは、自分達のような知的生命体を絶やさない・・・よう・・・、って、あれ?」
気づいたシンジに、カヲルはうなずいて言った。
「そう、彼らが求めたのは、本質だ。全ての根本、その意味だ」
「つまり、こういう事?」
アスカがカヲルに尋ねる。
「なぜ、そもそも第一始祖民族は、宇宙に生命を絶やさぬようにと考えたのか? それにどんな意味があるのか?」
「そういう事だね」
レイは、シンジやアスカと共有すべく、改めて考えを整理する。
「彼らが遺言を残したのは、私達に伝えたい事があったから」
「「うん」」
「彼らが私達に伝えようとしたのは、疑問。それは、私達に解明し、さらには、行動して欲しかったから」
「「うん」」
「私達に託そうとしたのは、つまり、彼ら自身には出来なかったから」
「「出来なかった・・・」」
「なぜ出来なかったのかしら? 時間がなかったのか、それとも、解明する術がなかったのか」
レイが提示した疑問に、シンジが考えを述べる。
「自分達に答えを出す時間がなければ、疑似生命に任せても良かったよね? でも、それはしなかった」
シンジの考えを、アスカが補足する。
「したのかもしれない。でも、疑似生命にもわからなかったのかも」
「そうか、かもしれないね」
シンジ、アスカ、レイは、共に考えた。
カヲルは、その様子を静かに見守っている。
三人の頭の中を、いくつもの言葉が流れていった。
第一始祖民族に生まれた疑問。
事の本質。
なぜ、生命を途絶えさせまいとしたのだろう?
なぜ、知的生命体でなければならなかったのだろう?
自分自身の行動に対する、疑問。
第一始祖民族には、わからなかった。
彼らには、解明するための手段がなかったから。
だから、私達人類に託そうとした。
僕達なら、出来るかもしれないと。
彼らに出来なかった事。
僕達に出来る事。
彼らと私達の、違い。
彼らが持っていたもの。
彼らが持っていなかったもの。
私達が持っていないもの。
僕達が持っているもの。
生み出された人類は、彼らの望みをかなえ得る存在となった。
以前とは変わる事で、望まれる存在となった。
以前はなかった、今はある。
新たな力。
「精神の実」。
「生命の実」と「知恵の実」の力を活かすための。
真なる力を引き出すための。
でも、彼らには、生み出せなかった。
心の力を増幅させるもの。
心・・・。
なぜ、彼らに「精神の実」は作り出せなかったのか。
遺言の答えを見つけ出すために、「精神の実」が必要なんだろうか。
心・・・。
心の痛みを消し去った、第一始祖民族。
心を持たなかった、疑似生命。
彼らになくて、僕らにはある・・・。
心の力。
カヲル君が言ってた。
「これまでヒトは、痛がりな心を抱えて生きてきた。常に痛みを感じながら、それでも生きてきた。辛くても、耐えながら」
「それがヒトの強さであり、同時に、弱さでもある」
「でも、ヒトは痛みからは決して逃げ切る事が出来ない。痛みは、人の心の一部だから」
「正と負は表裏一体。負の感情を消し去った影響は、喜びや愛といった正の感情にまで及び、その色は時の流れと共に薄まっていった」
負の感情と正の感情は表裏一体。
弱さと強さは、どちらも、心の一部。
一方を失えば、もう一方も力を失っていく。
第一始祖民族は、痛みを消し去ったがために、心の力を失っていったのだろうか。
だから、わからなかったのだろうか。
わからなかった・・・。
いや、気づかなかった・・・?
ユイさんが言ってた。
“ 人類誕生以来、選ばれし者は、他にも大勢いたの。けれど、ほとんどの人達が、「断片」の存在に気づく事すらなく、一生を終えていった。日々の生活に押し流され、受け取ったものを意識の奥底へとしまい込んでしまった ”
「それが、集合的無意識、なんだね?」
“ ええ、確かに、ユングの言う集合的無意識は存在してる。でも、それはまだ、確固たるものではない。意識同士の繋がりは酷くあいまいで、まるで雲のよう。遠くからはかたまりに見えても、実際にはすき間だらけで、わずかな風が吹いても散らばってしまう程度のものでしかない ”
「心の力が、まだ弱いから?」
・・・集合的無意識。
彼らの行動・・・。
彼らは、宇宙に知性ある生命体を・・・。
「精神の実」を、生み出せる・・・。
行動・・・。
行動には、目的が伴う。
目的が、望みが。
惰性で続けていた争いには、目的も、望みもなかった。
「生命を生み出す」という、新たな目的。
彼らに生まれた、新たな望み。
でも、その「望み」とは、どこからやって来たものなんだろう?
その、衝動は・・・。
どこから・・・。
「どこか」・・・?
我知らず、シンジの胸に赤い火が灯る。
レイとアスカも、シンジと同じ考えに至り、その胸では「精神の実」が輝いていた。
そのまま三人は、引き寄せられるように、集合的無意識へと降りていった。
宇宙のような、広がり。
暗い闇に点在する、無数の光。
この中には・・・。
(もしかして・・・)
シンジの意識が、誰にともなくつぶやいた。
(第一始祖民族にも、届いてたんだろうか・・・、「断片」が・・・)
(多分、そういう事でしょうね)
(うん、そうよ、きっと)
レイとアスカも、同じ結論へと至っていた。
三人は、表層意識へ戻ると、たどり着いた考えをカヲルへと告げた。
「なるほど、そう仮定してみよう。「断片」は、第一始祖民族にも届いていた。しかし、彼らは、それに気づく事がなかった。心の力が足りなかったから。加えて、争いにばかり目を向けていたから」
「滅びを前にして、あきらめがその色を濃くしていくに連れ、ようやく、彼らの中で「断片」が存在感を増していった。耳が弱っていても、深い静寂の中でなら、微小な音を拾えるように」
「彼らが、「精神の実」を得られる知的生命を生み出そうと決め、そのための作業を続けてきたのも、滅びの間際、自身の行為に対する疑問を自覚するようになり、後継者へ伝えようと考えたのも、それだけ「断片」が心の多くを占めるようになっていったからだろう。なぜなら、彼らにはもう、それしかなかったのだから」
「それでいて、彼らはおごりを捨て切れなかった、自ら人類に「断片」を送っていながら、自分達もまた送られる側であるという可能性に、思いが至らなかった」
自分達が唯一にして至高の存在であるという思い込み。
それが、彼らの視野を狭めた。
しかし、そんな中であっても、「断片」に心が反応し、自分達に残された、「自分達に出来る事」を見出した。
とはいえ、
もしも、これが事実なのだとしたら、
第一始祖民族にも、「断片」が送られていたのだとしたら、
いったい、「誰」から?
いったい、なんのために?
「さて、では、どうする?」
カヲルは、三人へと尋ねた。
「君達が立っている道には、「道しるべ」が置かれている」
「道は、この先、いくらでも枝分かれしていく。「道しるべ」は、あくまで一つの可能性を示しているに過ぎない」
「示された道を進むのか、それとも、まったく異なる道を選ぶのか、それは君達の自由だ」
「君達は、どうしたい?」
走行確認を終え、戦車を「片づけ」ると、平地から海へ移動した二人。
ミカは水着に「着替え」、海で波と戯れている。
「ふむ・・・」
一方のケンスケはというと、海岸沿いのコンクリート塀に腰掛け、ビデオカメラの液晶モニタを見つめている。
ミカが撮影してくれた映像から、戦車の状態を確認。
このカメラも、ケンスケ自身が「作った」ものだ。
「よしよし、ちゃんと戦車してるじゃないか」
満足そうに、一人うなずく。
しばらくすると、海からミカが戻ってきて、隣に座った。
ケンスケが濡れないよう、すでに全身は「乾かして」ある。
映像に夢中なケンスケを邪魔しないよう、脇からそっとモニタをのぞき込むミカ。
撮影を手伝いたいと言い出したのは、彼女の方から。
なので、それなりの責任もある。
なにより、やはり、自分の“ 作品 ”には興味があるようだ。
「けっこうしょっちゅうつき合ってもらってるけど、大丈夫なの?」
唐突に、目はモニタに向けたままの状態で、ケンスケはミカに尋ねた。
「え、なにが?」
「ほら、友達と遊んだりとかさ」
「心配しなくていいよ、ちゃんとみんなとも遊んだりしてるし」
「そう? でも、つまんなくない? 戦車なんか見てても」
「う〜ん・・・」
「正直に言うと?」
「正直に言うと・・・、つまんない、フフッ、でもね」
ミカはおかしそうに笑ってから、すぐに言葉を続ける。
「ビデオを撮るのは楽しいかな」
「楽しい?」
「うん、最初は難しかったんだけど、やってる内に、だんだん慣れてきたし。今度はどんなふうに撮ろうかな、なんて考えるのも、楽しいよ」
「そうか、だったらいいか」
「うん、でも」
笑顔がわずかに薄まり、うかがうような目でミカは言った。
「ケンスケ兄ちゃんは、私が一緒だと、イヤじゃない?」
「え、なんで?」
「だって、男の子は男の子同士の方がいいんじゃないの? クラスの男の子もそうだし、トウジ兄ちゃんなんて、「男女七歳にして席を同じゅうせず」とか言うんだよ?」
「難しい言葉知ってんだね。でも、あいつは特殊だからさ、わかってると思うけど」
(それになぁ・・・)
ケンスケは、トウジと、彼の隣にいる彼女の姿を思い浮かべる。
(同じゅうせず、だって? ハッ!)
「まあ、俺は、ミカが一緒で嫌だなんて思ってないよ」
「ホント?」
「ああ、なんたって、有能なカメラマンさんだからね。今日も助かったし、いつも助かってるよ」
「私、助かってる?」
「助かってる。最近は、撮影の腕も上がってるしね。ほら」
そう言うと、ケンスケはカメラの映像をしばらく戻してから、ミカに見せる。
「これなんか、アングルがかなりいい感じだよ。それにこの回り込み。こんな迫力ある映像、なかなかないよ」
「ふ〜ん?」
どこがどう「いい感じ」なのか、いまひとつわかってはいないのだが、とにかく、
「そっか、助かってるのか。・・・ヘヘヘッ♪」
ミカは笑って、両足を勢いよくバタバタさせる。
はずみで塀から落ちないよう、ケンスケは、モニタに目を向けたまま、ミカの背中近くに手をやった。
「・・・うん、姿勢制御もちゃんと出来てる。だんだん良くなってきてるよな」
映像を確認しながら、ケンスケは満足したようにつぶやく。
「作り」始めた頃は、まともな形にすらならなかった。
イメージが、あまりにあやふやで。
これまで集めてきた資料を、改めて何度も観察した。
よりしっかりと見て、よりしっかりと思い描く。
何度も繰り返す内に、やがて、コツらしきものがつかめてきた。
ただ形をイメージすれば良いというものではない。
心の力を強めるために重要なのは、「なにがしたいのか」。
戦車を自ら作り出す、作り出した戦車を思いのままに動かす。
その高揚を、頭だけではない、胸にも思い描く。
そして、さらなる試行錯誤を繰り返し、なんとか形を整え、どうにか動かせるようになり、少しずつ実際の性能へと近づけていった。
このモニタに映っているのは、思いの結晶だ。
「うん、すっげえカッコいいぞ」
感動の声を漏らすケンスケに、ミカが問いかける。
「完成?」
「う〜ん・・・、まだ少しばかり安定してない感じだし、もっとスピードも上げられそうだから、もうちょっといじってみたいかな」
「改善、ってやつ?」
「そうだね」
「ねえ、ケンスケ兄ちゃん? この戦車が完成したら、次はなにを作るの? もう決まってる?」
「ん、そうだなぁ・・・」
作りたいものは、いくらでもある。
UN重戦闘機にしようか、それとも、Mil−55d、Su−27k、Yak−38改・・・。
エヴァンゲリオンは、どうだろう?
流石にまだまだ先過ぎるだろうけど、それでも、いつかは挑戦してみたい。
夢が、どんどん膨らんでいく。
それも、以前とは次元の異なる夢だ。
平面の次元から立体の次元へ。
かつては、写真や映像を見て、遠くから眺めて、ただ憧れるだけだった存在。
もちろん、自分で作ろうなどとは、思うはずもなかった。
ただ、夢想の中だけにある、幻のようなもの。
それが、現実の形に出来るなんて。
今は、自ら「作り」上げ、動かす事が出来る。
確かなものとして、この手で触れる。
それが出来るのだ、そのための力があるのだ、と、嬉しくて仕方がなかった。
これまで、何度も失敗した。
何度もくやしい思いをした。
しかし、あきらめはしなかった、あきらめる必要がなかったからだ。
時間も、能力も、続けていけば理想へと到達するに充分なものがある。
なら、あとは、ゴールを目指して進み続けるだけ。
その結果が、今、進歩の形としてある。
とはいえ、まだまだ試行錯誤の余地は残っている。実物に近い動きになったのも、ようやく最近の事だ。
それに、
最初は、動きさえすれば充分だと思っていた。
けれど、動かせるようになると、もっとグレードを上げたくなった。
実物の通りに、いや、いずれは、実物を越えて。
もっと先へ、もっと上へ。
もっと広く、もっと深く。
この戦車は、始まりに過ぎない。
可能性は、いくらでもある。
なら、やる前から限界を決めるなんて、本当にもったいない。
やれば、出来る事が増えていく。
出来る事が増えれば、やりたい事が増えていく。
どんどん、いくらでも。
それでも、進み続けていれば、手を伸ばし続けていれば、きっと届く。
今の自分は、それがわかっている。
「とりあえず、次は、そうだな・・・」
「なに?」
「次は、飛行機なんかどうだろう。ミカはどう? 乗ってみたい?」
「え、私も!? いいの!?」
「ああ、良かったら友達も誘ったらいいよ。あ、もちろん、戦闘機みたいなゴツイんじゃなくて、もっとカワイイ感じのにしてもいいから」
「うんっ、絶対だよ!?」
「よし、じゃあ、がんばってみるか。それまでに、ミカは撮影の腕を磨いておいてくれよ?」
「うんっ!」
嬉しそうに両足をバタバタさせるミカ。
その、背中近くへ手をやりながら、ケンスケは、ミカの足の動きと呼応するように、浮き立つ気持ちになる自分を感じていた。
目はモニタから離れ、嬉しそうに笑うミカを見ている。
ワクワクが、伝わってくる。
彼女の事も、意外な驚きだ。
一人っ子の自分に、妹のような存在が。
兄弟なんてわずらわしいだけだと、ずっと思っていた。
一人の方が自由だし、気楽でいいや、と。
けれど、
(あいつも、こんな気持ちなのかね)
初めて会った頃は、「相田さん」と呼んでいたミカ。
それが、今では「ケンスケ兄ちゃん」と。
最初は、礼儀正しく、遠慮がちだった。
それが、いつしかあとをついてくるようになって、今では自分が望んでいる事を、率直に言ってくる。
こういう存在というのも、意外と悪くないじゃないか。
頼られれば、力になりたいと思う。
笑顔を見れば、もっと喜ばせたいと思う。
こうして二人で出かけるのも、始まりは、ただ、自分の趣味のためだったはずなのに。
「これがセレンディピティってやつなのかな・・・」
「え、せれん、なに? 飛行機の事? それを作るの?」
「ん、ああ、いや、そうじゃない。「セレンディピティ」って言葉があるんだよ」
「せれんぴてぃ?」
「セレンディピティね。これはさ、ちょっと説明が難しいけど、なにかの目的のために行動していて、それとは別のなにか、いい結果とか幸せとかね、そういうのを手に入れるって事」
ミカにもわかりそうな言葉を探しながら、ケンスケは説明を続ける。
「たとえば、そうだな・・・、電子レンジ。ミカの家にもあるだろ?」
「うん」
「あれってさ、元々は、アメリカの軍が戦争で使うレーダーの実験をしていて、偶然出来たもんなんだぜ」
「えっ、そうなの!? 全然違うね」
「うん、昔、第2次世界大戦の頃、パーシー・スペンサーって人が、実験中にレーダーに使う機械の近くを歩いてたんだ。そしたら、ポケットに入れてたキャンディが溶けちゃったんだよ」
「それで、電子レンジが?」
「そう」
ケンスケがセレンディピティについて知っていたのも、セレンティピティの結果といえる。
つまり、軍事関係について調べていたら、たまたま目に入ってきたのだ。
その時は、こうして人に披露しようなどと考えてはいなかったのだが、意外な事実に興味を持ち、記憶にとどめていた。
「じゃあ、お母さんが簡単に料理を作れてたのも、その偶然のおかげなんだね。あ、セレンディピティか」
「うん、でもね、偶然だけだったらセレンディピティじゃないんだよ」
「え、どういう事?」
「パーシー・スペンサーは、「機械の近くにいたらキャンディが溶けた」って事に気づいてから、「それはなぜだろう?」って関心を持って、「もしかしたら、こういう理由なんじゃないか?」って想像して、「じゃあ、試してみよう」って実際に動いてみた」
「うん」
「つまり、確かに偶然から始まってはいるんだけど、それはあくまできっかけってだけで、そこから考えたり動いたりしたから、電子レンジが作れたんだ。そうじゃなけりゃ、ただ手がベトベトになっておしまいさ」
「ふ〜ん、そっか」
「ミカだって、最初は俺の趣味についてきてただけだったけど、その内にビデオカメラに興味を持って、「自分も撮ってみたい」って考えて、実際に撮るようになってさ。だから、今は「撮るのが楽しい」って思えるようになったんだろ? それだって、セレンディピティの1つさ」
「そっかぁ、じゃあ、私もセレンディピティなんだね!?」
「そういう事かな。あっと、いけね、そろそろ帰る時間だ」
「え〜っ、もう!?」
「あんまり遅くなると、俺がトウジに怒られんの」
「ブーブー!」
「しょうがないだろ、俺達、まだ「飛ぶ」のは無理なんだから。いいのか? 晩ご飯に間に合わないぞ?」
「ブーブー!!」
「また来ればいいじゃないか。今度は、ずっと遊んでもいいからさ」
「えっ、いいの!?」
「いいよ、いつも手伝ってくれてるし、お礼って事で」
「じゃあ、ケンスケ兄ちゃんも一緒に遊ぶ!?」
「え、俺も? うん、まあ、いいよ、つき合うよ」
「やった〜っ!! じゃあ、早く帰ろう!」
言うやいなや、さっそく「着替え」を済ませ、道路へと走り出すミカ。
ケンスケも、あとに続いて走る。
走りながら、ケンスケは思った。
思いがけず見つけた、幸福。
ミカにも、自分と同じ気持ちを味わってもらえるのなら。
自分が、そのためのきっかけになれるのなら。
いいじゃないか。
こういうワクワクも、悪くない。
「あのね?」
「ん?」
「前に、ビデオで撮るのが楽しいって話、した事あるでしょ? 覚えてる?」
「ああ、うん、覚えてるよ。この前ここに来た時だろ?」
「うん、でね?」
「うん?」
「ビデオもだけど、こうやってケンスケ兄ちゃんと遊ぶのも、楽しいよ」
「そう?」
「うん、そう」
「そうか、楽しいって、いいよな」
「うん、いいよね♪」
滅びるよりも以前から、すでに滅びていた。
心の力を著しく衰退させた第一始祖民族は、自ら求める気力を失っていた。
閉じた世界、その狭き牢獄から抜け出そうともせず、考える事すらもせず、ただ、かつてからの慣習としての「争い」に従事した。
だからこそ、それすらも失われたのち、空虚となった心。
その中にかろうじて残っていた「断片」は、たとえほんのかすかに灯る光であったにもかかわらず、彼らを引き寄せた。
彼らは、感情を完全に失っていたわけではない。
不毛な破壊を繰り返しながら、心の奥底では、わずかではあれ、やはり、求めていた。
自分達が求める対象、望みや願いを。
諦観の闇に沈みながらも、それでもまだ、光に手を伸ばす意欲は、かろうじて残っていた。
彼らは、無意識下において、「断片」を感じ取った。
そして、「断片」に気づくまでには至らなかったものの、かすかに感じ取ったものから、「自分達に出来る事」を見出した。
閉じた世界にあっても、まだ、残されているのだと。
地球人類は、今や、第一始祖民族の轍(てつ)を踏む事はないだろう。
開かれた世界を、その目は見、耳は聞き、鼻は嗅ぎ、口は味わい、手は触れ、足は駆ける。
人は知り、人は感じ、人は考え、人は行動する。
求めれば、より多くが返ってくる。
その事が、さらなる求めを生む。
想像と創造の翼は、豊かな風を受けて、大空を舞うのだ。
圧倒的な浮遊感と高揚に、酔いしれながら。
広がる空が示しているのは、尽きる事のない可能性。
第一始祖民族とは異なる、「誰か」からの「断片」。
その存在は、あくまで推論の域を出るものではなかった。
ゆえに、まずは確かめる事から始められた。
探索のエリアは、あまりにも広大だ。
第一始祖民族へと届けられていたのであれば、彼らが残したものにも痕跡があるのではないか。
彼らのいた場所にある、膨大な知識や知恵。
なにより、第一始祖民族が滅んだのち、地球人類が「後継者」となる資格を得て、あるいは、それよりも以前からすでに、人類に対して送られた「断片」があるのではないか。
どちらにせよ、探さない事には、なにも始まらない。
作業を開始するにあたり、人類全体での議論はなされた。
得体の知れない、そもそも存在するかどうかもわからないものに対して、もちろん、慎重論を唱える者も少なからずいた。
不安や恐れが心の一部としてある限り、それは当然の反応であった。
安易な楽観で闇雲に行動する事を、挑戦とはいわない。
とはいえ、恐れに目をくらませていては、本質を見失ってしまう。
第一始祖民族は、人類に託す事を望んだ。
つまりは、人類の今後にも関係のある事と、そう考えたからではないか。
その可能性がある以上、やはり、探さないわけにはいかない。
なにより、
「知りたい」という思いに、揺り動かされて。
そして、議論は重ねられた。
討議の内容は、「成功するために、どう行動すべきか?」。
「精神の実」の力を借り、冷静さと、熱意をもって。
実行にあたって、無論、可能な限りの備えは必須だ。
その点については、渚カヲルが現れるよりも以前から結論は出ており、すでに行動を開始していた。
人類が不死を得たとしても、この世界にはまだ、数多くの危機が存在している。
太陽のスーパーフレア、小惑星の衝突、超巨大ブラックホール・・・。
もちろん、これら全てに対応出来るのか、出来たとしても間に合うのかは、未知数。
だからこそ、事態の終息をはかるためと、脅威から逃れるための、両面で対策を講じなければならない。
「誰か」からの「断片」を探すのと並行して、人々は、第一始祖民族が残した知識や知恵の獲得、そして、三つの「実」の力を磨く鍛錬も継続して行なった。
加えて、新たな能力の吸収。
核となったのは、碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレー、綾波レイ。
そして、「光の衣」をまといし、3体のエヴァンゲリオン。
各々の機体に乗った三人は、コアへと繋がり、使徒の力を、繋がった人々へと伝える。
全人類への伝達を可能とするため、三人はより強固に繋がる。
「光の衣」が激しく輝き、上空へと昇った3体のエヴァは、やがて、ひとつになっていく。
その姿は、三面六臂(さんめんろっぴ)。
全ての人を見渡すように、三つの顔を彼方へ向け、力を手渡すように、六本の腕を前方へと伸ばす。
しかし、これは阿修羅(あしゅら)などではない。
阿修羅は、怒りに呑み込まれた、荒ぶる鬼神。
成るべきは、それではない。
我々は、争いたいのではない、守りたいのだ。
体現するのであれば、摩利支天(まりしてん)。
定まった姿は持たないが、三面六臂の姿で現れる事もある、守護と蓄財の神。
かつて、阿修羅と帝釈天が争った際、その素早い動きで阿修羅を惑わし、太陽と月を守ったとされている。
そう、身に宿すべきは、守りの力。
真空に耐え、水圧に耐え、高熱に耐え。
「空間」へと移動し、ATフィールドによる「カプセル」を居住の地として「作り」出す。
使徒の力を使いこなすべく、一人一人が、これまでの自分を超える。
そして、人と人とが、より強固に繋がる。
そのための修練が、幾度も重ねられていった。
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--- ---
これまでの「ヒト」を超える。
超えて、より前へ、より先へ。
人々の意志に、三つの「実」は応えた。
結果として、力は「断片」を集める作業にも還元されていった。
すなわち、
作業の際、ある頃を境として、頭上に「印」の現れる者が出てきた。
複数の円によって、描かれた形。
最初はとてもあいまいなものであったが、やがて、数多くの者が、鮮明な輪郭を示せるようになっていった。
その形は、フラワー・オブ・ライフ(生命の花)と呼ばれていた。
古代より、全ての生命の根源と宇宙の森羅万象を表わす形として、数々の遺跡にも残されてきた。
第一始祖民族より与えられた、三つの「実」の力の新たな形態だろうか。
それとも、人の発達を感じ取った、「誰か」によってもたらされたものなのか。
「印」の発現が増加すると共に、「断片」収集の作業にも進展が見られるようになっていく。
これまでの作業の歩みは、非常に遅々としたものであった。
探索の範囲は、集合的無意識だけに限ったとしても、膨大である。
賢者の石に関する「断片」を探した際は、シンジ、レイ、アスカだけでも、なんとかやり遂げる事が出来た。
今回の作業を困難にしていたのは、第一始祖民族から送られてきたものに比べ、「誰か」が伝えようとしている「断片」の存在が、あまりに不明瞭であった事だ。
探そうにも、探すべき対象の姿が見えない。
とりあえず、第一始祖民族の「断片」とは異なる「感触」がするものを、手当たり次第に拾ってみるしかない。
そのような状況下で、これまでは、1つの「断片」に対して複数の者が繋がり、長い時間をかけ、ようやく「それらしきもの」を見つけていたのだ。
それが、「印」を得た者においては、個人でも短時間での作業が可能となっていった。
なにより特筆すべきは、明確な識別が可能になった点だ。
第一始祖民族の「断片」と、「誰か」の「断片」。
その違いが明瞭なものとなったのは、あるものの認識をきっかけとする。
残留思念。
送りしものの、思い。
第一始祖民族の「断片」にはなかったものが、「誰か」の「断片」には宿っていた。
それは、願い。
願いは、意欲へ。
意欲は、実現へ。
実現は、拡大へ。
拡大は、継続へ。
継続は、永遠へ。
永遠は、安らぎへ。
安らぎは、喜びへ。
喜びは、願いへ。
繰り返す、繰り返す。
何度も、何度でも、繰り返す。
繰り返す、繰り返す、繰り返す・・・。
三つの、赤い輝き。
感情の高まりに、「精神の実」が呼応する。
「精神の実」が「生命の実」に呼応し、体の感覚が研ぎ澄まされる。
強く、激しく、引き寄せられる。
待てない、もう、待てない。
手が触れる、その期待だけで、溶けそうになる。
実際に触れられたら、自分は、いったい、どうなってしまうのだろう。
そんなふうに、いつも、考えてしまう。
それほどまでに、触れられるたび、それまでを超えて。
増えていく、強まっていく。
届くものの、なにもかもが、気持ちを、想いを、かき立てる。
言葉も、視線も、指も、唇も、それから・・・。
怖い。
怖いくらいに、とめどなくあふれ出る。
愛おしさという、甘い痛み。
この感覚に慣れる日など、来るのだろうか。
もしかしたら、いつかは、そんな時が来るのかもしれない。
けれど、確信している。
思い込みなどではない、厳然たる事実だ。
この気持ちが薄れるまでに必要とされる時間は、永遠でも足りない。
二人も同じ気持ちだろうか、なんて考えは、浮かびもしない。
なぜなら、手に取るようにわかるから。
二人とも、自分と同じ気持ちでいてくれていると。
優しく、愛しく、包み込んでくれる。
減りはしない。
それどころか、時を追うごとに、増えていく。
気持ちが、どんどん、増えていく。
もっと、求める気持ちが。
心で見て、心で聞いて、心で嗅いで、心で舐めて、心で触れて。
心を見て、心を聞いて、心を香って、心を味わって、心を感じて。
知って、吸収して、自分の中へ。
気持ちいい。
気持ちいい、とても。
薄れるなんて、永遠でも足りない。
たとえ永遠に続く時間の中にあっても、今日という日は、特別な輝きを放ち続けるだろう。
地球を覆う、無数の光がある。
地上には、見上げる人達。
上空には、見下ろす人達。
どちらもが、相手へと手を振り、言葉をかけている。
残る人と、旅立つ人。
そのどちらもが、同じ思いを胸に持っている。
下のものは上のものの如く、上のものは下のものの如し。
不安はあるが、それに勝って余りある、期待と高揚。
地球の上空には、思いを形にした、無数の船。
渚カヲルから第一始祖民族の遺言を受け取り、3年の時が過ぎた。
そして、今まさに、人類は宇宙へと向かおうとしている。
長きに渡って拾い集めてきた、「誰か」が送った「断片」。
それが伝えていたものは、願い。
人類は、その願いを叶えると決断した。
それは、「誰か」と、そして、自分達自身のために。
人々の乗る船は、様々な形をしている。
航空宇宙工学にのっとったものもあれば、全く無視したものもある。
第一始祖民族の知識や知恵を活用したものもあれば、過去の歴史において現実に空を飛んだもの、映画やアニメなどに登場した架空のもの、「作り」出した者のオリジナルもある。
これらの中には、碇シンジの友達、相田ケンスケが「作った」船もある。葛城ミサトと加持リョウジが「作った」船もある。
様々な形をした船。
これらは、乗る者が描いた、思いの結晶だ。
そう、
強い思いがあれば、どこへでも、どこまででも行ける。
船に乗り、人々は広大な海へと散らばっていく。
地球を離れ、未知なる世界を目指して。
そして、
この宇宙を、豊かな心を持った生命で、満たすのだ。
地球は生命に満ち溢れている。
生態系が変化し、支配も犠牲もない共存を可能とした。
人間も、動物も、植物も、全ての生命が等しく地球を満たしている。
そして、これからは、さらに広がっていく。
太陽系、天の川銀河、そして、さらなる彼方へ。
それは、託されたものを受けての行動。
第一始祖民族から渡された遺言。
「誰か」から送られた「断片」。
人類は、それらを読み解き、受け入れる事にした。
「断片」が伝えていた事。
「誰か」が願っていた事。
それは、この世界に、心の強き力を持つ存在を増加させる事だった。
心を進化させた存在。
他の生命との繋がりを可能とする存在。
無数のミクロコスモスがひとつとなる事で、実現に足る強大な力となる。
地球人類は、「精神の実」を得る事により、心の力を強めた。
その結果として、永遠の生命と深淵なる知恵を獲得するに至った。
「誰か」が望んだのは、自分自身の進化を実現する事。
真なる永遠、真なる自由を持つ存在となる事。
しかし、自身の力だけでは無理だった。
そのためには、より多くの、より強い、意志の力が必要だった。
悠久の時の流れの中で、「誰か」は、星々のものとは異なる、かすかな光があるのに気づく。
唯一の知的生命体として生まれた、第一始祖民族。
「誰か」は、彼らにゆだねようとした。
しかし、第一始祖民族が「断片」を感じ取る事が出来たのは、滅びの間際だった。
そして、もし仮に、時間が残されていたとしても、彼らに「誰か」の願いは叶えられなかっただろう。
大きな進化のためには、強大な力が必要なのだ。
やがて、第一始祖民族の手により、地球人類が生まれる。
人類が高度な文明を持つに至った頃、「誰か」は、人類にも「断片」を送っていた。
可能性へと、それがどんなに小さなものであっても、手を伸ばした。
第一始祖民族と地球人類。
ともに、気づくまでに長い時間を必要とした。
しかし、人類は間に合う事が出来た。
滅びから逃れ、「誰か」の存在に気づく事が出来た。
人類は、「誰か」の願いを知り、叶えるべく行動すると決断した。
「誰か」のため。
そして、それだけではない、この世界に生きる全ての生命のために。
「誰か」の存在が消えるという事。
それは、この世界が消滅するという事。
「誰か」とは、この宇宙そのものだった。
地球上の人間とも、動物とも、植物とも異なっている。
しかし、宇宙にも意識があり、意志があった。
そして、願っていた。
不完全な自分の、進化を。
人類は不死を得たが、宇宙はまだ、「死」から逃れてはいない。
もしも、
これまで続いてきた膨張が、収縮へと転じたら。
宇宙の全エネルギーのほとんどを占める、ダークエネルギーの密度が増加し、素粒子レベルの崩壊が起きたら。
宇宙がどのような「死」を迎えるのか。
それは、誰にも、宇宙そのものにも、わからない。
宇宙は、自身をコントロールする事が出来ずにいた。
だからこそ、そのための力を欲したのだ。
自分自身を守るため。
そして、それは、自分の中にある存在を守る事にも繋がる。
地球人類は、この願いに対し考えを巡らせた。
宇宙を進化させる。
宇宙と、人類の持つ力をリンクさせる。
それにより、宇宙は真なる永遠を獲得し、内部に発生する数々の危機も一掃されるかもしれない。
しかし、自分達にそれが可能なのだろうか。
他にも、選択の道はあるだろう。
この宇宙を離れ、「空間」に移り住み、いずれは、自分達で新たな居場所を「作り」出せるかもしれない。
この宇宙に固執しなければならない理由はない。
盲目的な利他的行動は、共倒れを招きかねない。
そう理解した上で、
しかし、
自分達に実現出来るのなら、願いを叶えたい、そう思った。
これは、共感とでも呼ぶべきものだろうか。
かつては、自分達も欲し、願ってきた。
なにより、
自分達がどこまで行けるのか、その先になにがあるのか、知りたい。
探求への、強い欲求。
これらの思いが、最終的に、人類の背中を押した。
思えば、ゼーレの思惑とは真逆の内容となったわけだ。
ゼーレの信じる神話において、人間は、原型リリスの呪いにより、子孫を増やす事で至高神から与えられた光が分散し、小さくなるさだめを負った。
呪いから解放されるために、ゼーレは至高神へと救いを求めた。
実際は、呪いなどなかった。
進化した人類は、増える事で、心の力を強めていける。
人類は、救われるのではなく、救う側になるのだ。
ただし、それは一方的なものではない。
宇宙を助ける事で、人類もこの世界で守られる。
下のものが上のものを助け、上のものが下のものを守る。
あるいは、
上のものが下のものを助け、下のものが上のものを守る。
結びつきという名の、円環の中で。
人類は決断し、そして、今日という日を迎えた。
碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレー、綾波レイの三人も、共に、彼らが「作った」船に乗っている。
この宇宙を、知的生命体で、心の強き力で満たす。
自ら生命を生み、育み、守れる存在となる。
可能にするのは、思い。
その思いを、「精神の実」、「生命の実」、「知恵の実」が、後押しする。
支えとなる杖を携えて、人類は前へと進む。
もちろん、様々な苦難が待ち構えているだろう。
宇宙と人類の目的が達成されるかどうかは、未知数だ。
まだ始まったばかり。
もちろん、不安や恐れはある。
けれど、私達が止まる事などない。
もうすでに、始まっているのだから。
かくいう私も、三人と同じ船に乗っている。
三人は、当初、出発を先に伸ばそうかと考えていた。
まだ幼いだろう、という理由から。
しかし、それは「無用な気づかい」というものだ。
私は、もう、自分で自分の道を決める事が出来る。
時間を無駄にする必要などない。
気持ちは、もう決まっている。
旅立ちを、一刻も早くと、望んでいる。
その事を伝えて、三人に出発を促した。
人類の役割について、正直、今はまだ、これといった考えは持っていない。
自分になにが出来るのか、自分がなにをしたいのか、という事も、まだ。
宇宙に出たいと望んだのは、ただ、外の世界に興味があったからだ。
ただひたすらに単純な、それだけに純粋な、好奇心。
けれど、これこそが重要なのだと思っている。
「知りたい」という気持ち。
これこそが、強い原動力となるのだから。
私は、碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレー、綾波レイから生まれた。
ガフの部屋によらず、生み出された魂。
三人の心が生んだ、心から生まれた、第一世代。
名前も性別も、今はまだない。
それらは、これから、私自身が決める。
特に決めなくてもいいのだが、決めておいても損はない。
なにより、三人から名前で呼ばれるというのは、心地良いものだろうと思う。
性別は、そう、日替わりで変えるというのもいいだろう。
決める必要はない、決めない必要もない。
好きにすればいいのだ。
だから、好きにする。
さて、
それでは、少し眠る事にする。
眠らなくてもいいのだが、眠ってもいいのだから。
では、
おやすみなさい、お父さん、お母さん、お母さん。
“ 寝ちゃった ”
“ みたいだね ”
“ うん、行きましょう ”
アスカ、シンジ、レイの三人は、わが子の眠りを邪魔せぬよう、部屋を移動した。
離れる前に、出来るだけ優しくそっと、ほほに触れて。
船で地球を発ったのはわずか数時間前だというのに、もう太陽系はかすかな点でしかない。
部屋を出て、廊下を歩くシンジは、後ろを歩くアスカに話しかけた。
「キョウコさんの事、考えてる?」
「え? うん、ちょっとね。なんか、あの子の寝顔見てたら、ママも今の私みたいに、って」
「やっぱり、さみしい?」
「別にそんな事、まあ、ないってわけじゃないけど」
シンジと、隣を歩きながら静かに視線を送るレイに対し、アスカは笑顔を浮かべながら答える。
「でも、大丈夫よ、うん。いつでも繋がれるし、それに、会おうと思えば会いに行けるんだもんね」
操縦室のドアが開き、三人は中へと入る。
部屋の内部は至極シンプルで、簡単なコントロールパネルと、正面には、外の宇宙を映し出している、巨大なモニタがあるだけだ。
しかも、中央には、カジュアルなソファやテーブルまで置いてある。
「それに、ママに言われちゃったしね、「あなたが一番望む事をしてくれた方が、ママも嬉しい」って」
言いながら、アスカはソファの左側に座り、続いて、シンジが真ん中、レイが右側に座る。
「ええ、そうね」
シンジを挟んで、レイがアスカに向かって言う。
「でも、会いたくなった時は、遠慮しないで言ってね? いつでも会いに「飛んで」もいいんだから」
「そんな事言っちゃってぇ、シンジと二人きりになれるからってんじゃないでしょうね?」
「そんな事・・・」
「なんで目ぇそらすのよ?」
思わず苦笑すると、今度はアスカが二人に尋ねた。
「そういうあんた達こそ、どうなのよ?」
「ユイさん?」
「そ」
アスカの質問に、シンジが答える。
「僕だって、まあ、ちょっとはさみしいけど、アスカと同じ感じだよ。レイも、そうだよね?」
「うん、ユイさんも「あなたのこれからの時間は、あなた自身が使うためにあるのよ」って、言ってくれたわ。それに・・・」
レイは、柔らかな笑みを浮かべる。
「まだだいぶ先だろうけど、碇司令、じゃなくて、ゲンドウさんも帰ってくるでしょうし」
「うんうん、母さん、まだだいぶ先だってのに、もう暇さえあればソワソワしてるしね」
「よっぽど待ち遠しいのね〜、ユイさん、かわいい♪」
そう言ってから、アスカはおかしそうに続けた。
「でもまあ、私達は無事に親離れ出来てるってわけよね、あいつと違って」
「トウジの事? まあ、あいつは妹離れ、だけどね。でも、ちゃんと見送ってたじゃないか」
「あのあと、すんごい目が真っ赤だったらしいけどね」
目が赤かったというのは、あとからアスカがヒカリに聞いた話だ。
皆でミカとケンスケの乗船を見送る時は、平気そうなそぶりのトウジだったのだが、男の意地という事か、あるいは、妹に気を遣わせたくなかったのか。
とはいえ、
「ミカちゃん、鈴原君がしょっちゅう繋がってくるって、ぼやいてたものね」
レイが、ミカと繋がった時の事を話す。
三人の船と、ケンスケとミカが乗る船は、目指す方向が違っている。
しかし、時間や距離に関係なく、皆、いつでも繋がる事が出来る。
ほんのつい先程までも、三人はミサトやリョウジと繋がっていた。
二人も、やはり、宇宙のどこかにいる。
三人の子供の様子を聞きたがっていた。
自分達も、いつかは、と話していた。
さらに、同じ時間には、地球にいる渚カヲルとも繋がっていた。
何人とだろうと、同時並列で、繋がる事が出来る。
カヲルは、シンジの力によって、胸に「精神の実」を持つ存在へと変わっている。
彼は「君達のおジャマはしないから、安心して」などと言っていたのだが、そのわりには、しょっちゅう繋がってくるのであった。
「でも、トウジ、それでも決めたんだもんね、ミカちゃんの気持ちを重視しようって」
「相田に、「お前だから、任せるんや」とか言ってたし、がさつはがさつでも、見てるとこは見てんのよね」
アスカの言葉に、レイが返す。
「なんたって、大切な妹だもの」
レイの言葉に、シンジは感慨深げにうなずいた。
「大切な家族・・・、そうだよね」
ふと、シンジは、前方に広がる巨大モニタに目を向けた。
映し出されているのは、広大な宇宙、無数の星々。
「みんな、いろんな場所にいるんだね。みんなが自分の行きたい場所へ向かって、自分に出来る事をするために」
シンジの目には、眼前の宇宙を含む、より広大な世界が見えていた。
これだけ広いのに、心なしか、以前よりも近くに感じる。
手を伸ばせば、あとほんの少しで届きそうな。
「これからは、地球だけじゃない、宇宙全体が、僕達の居場所になるんだ」
人類の、これから。
行動の根底にあるのは、守りたい気持ち、助けたい気持ち。
広がっていく、増えていく。
シンジは、月での戦いを思い出していた。
アダムに取り込まれた、L.C.L.と化した人達。
左半身のアダムに捕らわれた、レイと、アスカの母キョウコ。
精神攻撃を受けたアスカの、言葉。
--- シンジ、お願い・・・、助けて・・・ ---
助けたい、守りたい。
「精神の実」を持てずにいた、レイ。
リリスの魂を、人の魂へと変質させる。
守りたい、助けたい。
その思いが、湧き出る力があったからこそ、勝利を、達成を、喜びを、得る事が出来た。
そして、これからも、守るべきものが増えていく。
自分とアスカとレイの、子供。
いつか生まれるであろう、ミサトとリョウジの子供。
他にも、たくさんの・・・。
全ての生命。
そして、この世界。
胸に湧き起こる、強い思い、強い願い。
想像の力は、創造の力。
知性と生命のネットワークは、今や地球を超え、宇宙規模で広がろうとしている。
膨大な時間を必要とするだろう。
しかし、予感があった。
自分達の行動は、確かな現実として実を結ぶだろうと。
忘れはしない。
「精神の実」は、「強くなりたい」という、心の力を、思いを、願いを、増幅するもの。
そして、人類は思っている、願っている。
誰もが、笑顔でいられる日々を。
「・・・」
熱い感慨が、シンジの胸を満たす。
賢者の石。
数々の苦難を乗り越え、たどり着いた。
始まりは、あの浜辺。
サードインパクトのあと、砂の上に横たわり、夜空に散らばる星を見上げていた。
隣には、同じように横たわるアスカがいた。
彼女も、星を見上げて。
そして、少し離れた場所には、レイもいた。
あの時は、まだ霊体だけの存在で、すぐに姿が見えなくなってしまった。
けれど、確かにいた。
あそこから、また三人で始まって、そして・・・。
ふと、シンジの中に、あの時の記憶が甦った。
以前とは比べものにならないほど鮮明に、まるでついさっき起きた出来事のように、再現される。
「ねえ、アスカ?」
「ん?」
「この時さ」
シンジは自身の記憶を、アスカと、レイにも送る。
エヴァ初号機で帰ってきたユイから、賢者の石について教えられた。
賢者の石、「精神の実」の力で、アスカの母キョウコを目覚めさせる事が出来ると知った。
それから、
「泣いてる暇なんかないんだからね。あんたにも、がんばってもらわなきゃなんないんだから」
力強い足取りで近づき、アスカは、勢いをつけて、シンジの腕を右手で叩いた。
さっきまでつかまっていた、シンジの左腕を。
「うん、もちろん」
シンジも、力強く言葉を返す。
「・・・」
視線を受け、アスカは、少しの間、動かずにいた。
シンジの左腕に、自分の右手を置いたまま。
しかし、迷いの末に手を離すと、きびすを返し、足早にシンジから距離を置いた。
「・・・」
シンジに背を向け、なにやら小さくつぶやくアスカ。
「アスカ?」
挙動不審なアスカに、シンジは呼びかける。
すると、アスカは頭を勢い良く振ると、再びきびすを返して、再びシンジの方を向いた。
「と、とにかく!」
なにやら苛立った様子で、握りしめた右のこぶしを振りながら、アスカは言った。
「が・・・、がんばんなさいよ!?」
「う、うん」
「わ・・・」
「?」
「・・・」
それきり、アスカは口を開けたまま、妙な沈黙が漂う。
「あの時さ、「わ・・・」って、なにを言おうとしてたの?」
「なんでそんな事知りたいのよ?」
「いや、なんとなく。なんか思い出しちゃったから」
「別に、大した事じゃないわよ」
「そうなの?」
「そうよ」
と、ごまかそうとするアスカに対し、レイが、
「私、なんとなくわかった」
と言い、ニッコリと微笑む。
「言っても、いい?」
と、レイが言うので、結局、アスカは自分で言うしかなくなった。
「本当に、たいした事じゃないんだけど・・・、あの時は、「私と一緒に」って、言おうとしたのよ」
と、アスカは照れくさそうに言う。
「なんだ、別に恥ずかしい事でもなんでもないじゃないか」
そう言って笑うシンジ。
対して、アスカは自分の髪をいじりながら言った。
「恥ずかしいとか、そういうんじゃないけど」
「けど?」
「あの頃は、そんな言葉すら言えなかったんだな、って思うと、なんか、照れくさいのよね」
「でも、それっていい事じゃない?」
と、レイはアスカに言った。
「言えなかった頃の自分が照れくさいのは、それだけ今のアスカが前に進んでるって事だもの」
「なるほどね」
レイの言葉に、シンジがうなずく。
「まあ、そう考えればいいのかな。あ、でも、あの言葉に、ひとつ訂正」
そう言うと、アスカはレイを見ながら言った。
「私じゃなくて、私“ 達 ”と一緒に、ね」
そう言って、レイへと微笑みかけるアスカ。
「うん、一緒に」
アスカに微笑みを返し、応えるレイ。
「そうだね」
笑顔を交し合う二人をまぶしそうに見つめながら、シンジはアスカとレイをその腕に抱き寄せ、言った。
「僕達と一緒に行こう、アスカ」
「うん」
「僕達と一緒に行こう、レイ」
「うん」
シンジの言葉に、アスカとレイは、優しいキスと柔らかな両腕で応えた。
二人の腕は、シンジの腕に絡まり、その指は、シンジの指に絡まる。
シンジは、愛しい温もりに包まれながら、考えていた。
時間や距離に関係なく、繋がる事は出来る。
ただ、それでも、直接触れ合っていたい。
そう思える確かな存在が、自分にはいる。
シンジは、再び、巨大モニタの向こうにある宇宙を、無限の可能性を、期待の目で力強く見つめた。
これから、惣流・アスカ・ラングレー、綾波レイとともに進む、未来への道を。
三人の乗る船。
それは、かつては3体のエヴァンゲリオンであったもの。
3つがひとつに、そして、姿を変えて。
破壊のために生み出された、兵器。
しかし、今は、守るための船としてある。
船は、輝きを放っている。
「光の衣」が、進み行く道を、まばゆく照らしている。
「The Hermit」 第10話 終わり
あるいは
「The Hermit」 完
後書き
さて、今年2019年は亥年です。
もう最初に書いちゃいますが、渚と猪って似てるよね。
3体のエヴァが人類に使徒の能力を伝えるシーンで出てきた、摩利支天。
この女神は陽炎(かげろう)を神格化したもので、古代インドの女神マーリーチーを由来としています。
陽炎だけあって(そのせいか、いろんな姿で描かれています)、誰も姿を見る事が出来ず、手に触れる事も傷つける事も出来ないので、日本では武士などが守護神として信仰していました。
また、摩利支天は猪を神使(しんし。神の使いとなる動物)としており、その背中に乗って素早く移動します。
太陽や月の前を進んで、障害や災難を払うという、とても有り難い女神様なのです。
ケンスケとミカのシーンは、「好奇心」がテーマになっています。
「ネオテニー(幼形成熟)」という言葉があるのですが、これは幼児の特徴を持ちながら大人になっていくというもので、人間は猿(チンパンジー)のネオテニーという説があります。
子供というのは好奇心が旺盛で、それがあるからこそ学習し、考え、経験を重ねていきます。
(余談ですが、2011年にNASAが打ち上げた火星探査車「キュリオシティ(好奇心)」は、12歳の少女が名付け親なんだそうです)
人類は、大人になっても好奇心を持ち続ける事が出来、だからこそ、ここまで進化してきました。
つまり、「知りたい」という気持ちが大事という、前から書いていた事をおさらいしてみたわけです。
だから、ケムリクサのワカバとりりに影響されたってわけじゃない、と、思うんだけど・・・?。
それと、
ケンスケが言っていた「セレンディピティ」、これの例としてよく出てくるのが、かの有名な「ニュートンのリンゴ」です(リンゴが落ちるのを見て、万有引力を発見したってヤツ)。
ただ、これってどうも事実ではないようなので、本編には書きませんでした。
ちなみに、ニュートンは錬金術にも傾倒していて、賢者の石の作成方法についてもかなり熱心に研究していたようです。
宇宙(マクロコスモス)と人間(ミクロコスモス)がシンクロしているという考え方は、はるか昔からあったもので、かの万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチも「ウィトルウィウス的人体図(円と正方形の中に、両腕と両足を広げた男性がいる)」という作品を描いています。
ちなみに、今年2019年は、ダ・ヴィンチの没後500年にあたります。
あと、ルネサンス発祥の地であり、ダ・ヴィンチが生涯愛した街フィレンツェには、鼻をなでると幸せになれるという、猪の像があります(愛称は、なぜか、「ポルチェッリーノ(子豚ちゃん)」)。
人類の心の力が強くなるに従って現れるようになった「印」、フラワー・オブ・ライフ(生命の花)について。
これは、生命のサイクルを表す複数の「神聖幾何学模様」の1つで、サイクルの最初から
シード・オブ・ライフ(生命の種)⇒ツリー・オブ・ライフ(生命の樹)⇒フラワー・オブ・ライフ(生命の花)⇒フルーツ・オブ・ライフ(生命の果実)
ときて、またシードに戻るというものです。
で、ツリー・オブ・ライフとは、別名セフィロトの樹と呼ばれていて(下図の青色部分)、
つまり、エヴァTV版のOPや「THE
END OF〜」でサードインパクトの儀式の際に現れたアレです(そこから一段階進んだという事で)。
このフラワー・オブ・ライフは、世界の遺跡や寺院、それに、ダ・ヴィンチのスケッチなどにも残されているのですが、日本だと神社の狛犬が前足で抑えている玉に、この模様が刻まれています。
第一始祖民族が滅びの間際まで「断片」を感じ取れなかったのは、心の力が弱っていたからという件について。
「心の理論」という言葉があるのですが、これは他者の考えや心情を推測するという心の機能の事です。
この機能が弱いと、相手の気持ちを考えたり、そもそも、他人にも自分と同じ「心」があるのだと感じる事が困難になります。
だから、第一始祖民族は「断片」に宿る「願い」を感じ取れずにいたのだ、という事で。
さて、
これで「The Hermit」はおしまいです。
それと、こっそりやってた十二支シリーズもおしまいです。
ホント、長かったっす。