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「The Hermit」 第1話に戻る  第2話に戻る  


 

「じゃ、先に行くからね、私達」

“ 行ってくるわ、碇君 ”

「うん、気をつけてね、二人共」

「あんたも、しっかりやんのよ?」

“ 碇君の事、お願いします、ユイさん ”

“ ええ、任せて。あなた達も気をつけてね、レイ、アスカさん ”

“ はい ”

「はい」

 

 

シンジとユイが見守る中、アスカとレイの乗るエヴァ弐号機は出発のための準備を進めていった。

エントリープラグ内のアスカ、コアとなったレイ、二人が意識を繋ぐ。

しばらくののち、4枚の羽を広げた弐号機が静かに地上を離れ、はるか上空で2つのA.T.フィールドを展開する。

慣性制御のためのA.T.フィールドが、全身を包む。

衝突回避のためのA.T.フィールドが、頭上に虚数空間を広げる。

やがて、弐号機から白い光が発せられ、

そして、

 

キンッッ!!

 

鋭い音が響いた。

「・・・飛んだ・・・」

弐号機が起こした風に吹かれながら、今はもういない空の一点を見つめ、シンジはつぶやく。

目的の地、月まで、およそ十数秒。

それだけの時間さえも長く感じ、シンジは、わずかの内に、ユイが宿る初号機を見上げた。

ユイは、空よりも彼方をうかがい、事の経過を確かめている。

“ ・・・ ”

「母さん?」

“ ・・・うん、大丈夫。今、無事に着いたわ ”

「あ、良かった」

ホッとする様子のシンジに、ユイは笑みを浮かべた。

 

 

ここで、時間を「じゃ、先に行くからね、私達」よりも前に戻す。

朝を迎え、出発の時を迎える四人。

「あれ?」

“ ? ”

弐号機に乗り込もうとしたアスカとレイだったが、シンジが砂浜から動こうとしない事に気づく。

“ 碇君? ”

「どうしたのよ、乗らないの?」

初号機の前に立ったままのシンジ。

「あ、うん、いいから、先に行ってよ」

「はぁ?」

“ なにかあったの? ”

「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・」

シンジは多少うろたえつつ、ぎこちなく笑いながら二人に答える。

「えっと、実を言うと、上手く飛べなかったらみっともないな、って思って・・・」

「・・・」

“ ・・・ ”

「もちろん、二人が行ってから、僕もちゃんと行くからさ」

「あんたね・・・」

アスカは呆れたような顔をして、ズンズンと早足でシンジに詰め寄る。

「ア、アスカ・・・」

ビビってあとずさるシンジだったが、間合いは一気に詰められていった。

そして、

この嘘つき・・・」

「え、今、なんて?」

「・・・」

アスカの右手がシンジの胸を軽く叩こうとして、しかし、寸前で思い出したようにピタリと止まる。

「・・・」

右手は胸に触れる事なく離れ、アスカはクルリと回れ右をした。

「・・・」

なるべくさりげなく通り過ぎようとしたのだが、視野の端にレイをとらえて、ごまかすように目をあらぬ方へと向ける。

“ ・・・ ”

そんなアスカを、レイは柔らかい表情で見つめていた。

 

 

“ 安心した? だから言ったでしょ、あの二人なら大丈夫だって ”

「うん、でも、なんたって宇宙だし、初めてなんだから」

シンジは気恥ずかしげな表情でユイに答えた。

初号機に乗らなかったのは、いざという場合に備えての事だ。

動揺して自分とユイの連携に時間がかかってしまっては、大きく出遅れてしまうだろう。

最悪、量子状態になれず、肉体のシンジを乗せたままでは、初号機は超高速の移動が出来ない。

それならば、ユイだけで行ってもらった方が、かえって早いし確実だ、とシンジは考えた。

“ そんなに心配なら、私達も月まで行って良かったのに ”

「え、そんな。僕の方が失敗して、足手まといになるかもしれないし」

どうしようか、寸前まで迷っていた。

しかし、自分のせいで二人を危険にさらすようなマネだけは避けたかった。

「それにさ、もし言ったとしても、アスカに「心配無用よ!」とか言われただけだよ」

シンジは弐号機が立っていたあたりの砂浜に視線をやり、小さく笑いながら言う。

そこには、出発の間際にアスカが置いていった、パイロットとエヴァを繋ぐためのインターフェイス・ヘッドセットが。

 

 

「これも、もう、いらないかな」

“ ・・・ ”

「いらないよね、レイ?」

“ ええ・・・、必要ないわ ”

「よね・・・。じゃ、先に行くからね、私達」

 

 

“ うん、そうね・・・ ”

シンジの表情を見ながら、笑みを含んだ様子でユイは言った。

“ でも、「一緒に行こう」って言おうかな、とは思ってたのね? ”

「う・・・」

図星を指されるシンジ。

「もしかして・・・、テレパシーとか?」

“ まさか、そんな非礼なマネなんかしないわ ”

「あ、出来るは出来るんだね、やっぱり」

“ それに、読まなくたってわかるわよ、それくらい ”

「え、そうなの?」

シンジは(それって、親子だからかな・・・)などと、なんとなく、くすぐったく感じていた。

“ でもね、ちゃんと伝わってるわよ、きっと ”

「伝わってるって、なにが?」

“ ん、まあ、いいわ。私達も行きましょうか ”

「? うん」

 

 

「ホ〜ント、シンジったら嘘がヘタなんだから。ま、そんなとこもカワイイけどね〜、なんちゃって♪」

“ 私に遠慮しなくても良かったのに ”

「え、なんの事?」

“ さっき、碇君に触るの、やめたでしょ? ”

「ああ、あれ? 別に遠慮ってわけじゃないわよ」

“ じゃあ、なに? ”

「なんとなくよ。スタートは選手がスタートラインに並んでから、なんて、ちょっと思っただけ」

“ アスカ・・・ ”

「ん?」

“ 礼は言わないでおくわ ”

「フン、だ。さっさと行くわよ、月へ」

“ ええ ”

 

 

そして、続いて発つは、エヴァ初号機。

L.C.L.に満たされたエントリープラグにおいて、シンジの肉体は暗闇を漂っていた。

「・・・・・・」

なんとも言えない、不思議な気分だった。

届くものは、なにもない。

プラグ内の全ての光は落とされ、全ての音は止められている。

視覚や聴覚だけでなく、あらゆるものから隔絶されている。

L.C.L.はシンジの体温と同じに調節されており、皮膚が外の温度を感じる事はない。

さらに、プラグ内に展開されたA.T.フィールドが力場となり、重力が制御されている状態で、シンジはパイロットシートの上方を静かに浮かんでいた。

触れるものはない。

下も上もない。

自分以外の、他を感じるもの全てから隔てられている。

最初は、戸惑いから、散漫な思考が行き場に迷って散らばった。

とりとめのない、夢とも現実ともつかない認識が、泡のように浮かんでは消える。

 

 

僕はなにをしているんだろう

なにかを考えなきゃいけないんだ

でも、なにを考えなきゃいけないのか・・・

 

 

“ ・・・ ”

A10神経接続。

コアの中のユイが、ヘッドセットをしていないシンジへ直接アプローチする。

「・・・・・・」

感覚遮断の中、ユイのサポートに助けられ、シンジは変性意識状態へと移行した。

意識は拡散したままで安定していく。

世界を感じる事のない状態で、自分と世界が一体化していく。

 

 

なにを考えなきゃいけないのか

・・・そうだ、「飛べ」だ

でも、どうして「飛べ」なんだろう、なんのために「飛ぶ」んだっけ・・・

宇宙・・・、水星・・・

賢者の石

そのために、僕は・・・

そういえば、さっき、母さんが言ってた

 

 

“ ただ「飛べ!」って念じるだけじゃだめよ ”

“ 心の力を強めるためには、強い願いが必要なの ”

“ シンジ・・・ ”

“ あなたは、なぜ、飛ぼうと思うの? ”

 

 

賢者の石を作る

賢者の石で人類を救う

僕達が、人類を救う

人類

でも、やっぱり、はっきり見えない

人類だなんて、漠然とし過ぎて

人類

人間

ヒト

ひと

僕は人

僕も人  
 
僕の周りにも、人がいる  
   
みんなにも、みんなの周りに人がいる      
       
友達が、仲間が、家族が・・・  
 
   
   
   
 
   
     
           
                   
               
             
   
   
     
       
     
     
     
         
     
   
   

 

 

トウジ、ケンスケ

ここに来て、初めて出来た友達

会ってすぐの頃、トウジに殴られたっけ

考えてみたら、人に殴られるなんて、ここに来てからだ

トウジに

綾波に

アスカに

なんか・・・、みんなに殴られてるんだけど・・・

エヴァに乗りたがってたケンスケ

乗せてあげられるかな

いつか、戦いのためじゃなく

友達

カヲル君

使徒だった、使徒だったけど

そんなの関係ない

また会えるなら、今度は

ここに来なかったら出会わなかった、たくさんの人達

トウジの妹さんには、まだ会った事がない

トウジに言ったら、会わせてくれるだろうか

そういえば、いつだったか、アスカが言ってた

委員長がトウジの事、好きだって

すごく意外だったけど、なんか、お似合いな気もする

アスカと委員長は友達

ここに来なければ、アスカも委員長と出会わなかった  

 

 

アスカ

一緒に戦った仲間

綾波

一緒に戦った仲間

仲間

仲間・・・

僕達は、仲間なんだろうか

わからない

なんで、こんな事思うんだろう

やっぱり、さっき、言えば良かったかな

月まで一緒に行こう、って

一緒に

一緒に戦った

でも

僕達は、仲間

なのかな・・・

友達

友達とも、なんか違う気がする

友達よりも、もっと、ずっと

わからない

なんだろう

なんなんだろう

僕と

アスカと

綾波は

 

 

家族

家族のような

ミサトさん

ミサトさんが好きだった、加持さん

また会えるだろうか

二人で幸せになってくれたなら

家族のような

でも、まだ、家族じゃない

母さん

そして、父さん

まだ、これから

これから、本当の家族に

家族

家族がいる

トウジにも、ケンスケにも、委員長にも

家族がいて、友達が、仲間が

 

 

“ それがあなたの望み、あなたの願いね? ”

 

うん

僕にだって、会いたい人がいる

その人達が笑ってくれるなら

僕も、みんなと笑えるなら

でも、そのためには、僕や、僕の周りの人達だけじゃ駄目なんだ

トウジ、ケンスケ、委員長、アスカ、綾波、ミサトさん、加持さん、母さん、父さん、それから・・・

みんなにも、友達や仲間や家族がいて、そして・・・

だから

僕だけじゃ意味がない

僕の周りの人達だけじゃ意味がない

もっとたくさんの、みんなで笑えなくちゃ

みんなが笑えるようにしなくちゃ

僕が、そのための力になれるなら

僕自身が、笑えるために

 

“ 出来るわ、シンジ。あなたの、心からの願いなら ”

 

結局は、独りよがりなのかもしれない

結局は、自分のためでしかないのかもしれない

でも

それでもいいんなら

笑ってくれる人がいて

笑ってもいいよって、言ってくれるのなら

そのために、僕は、飛びたい

飛びたい

 

“ 飛びなさい、シンジ ”

 

飛ぶ

 

“ 飛びましょう、みんなで ”

 

飛べ

 

飛べ

 

飛べっ!

 

 

螺旋で 2013年!記念SS

「The Hermit」 第3話

 

 

“ アスカ ”

“ ・・・ ”

“ アスカ ”

“ はっ!? あ、えっと・・・? ”

“ 聞こえてる、アスカ? ”

“ え、う、うん、聞こえてる、聞こえてる ”

手を振ろうとしたのだが、振る手はない。

“ あれ? ”

“ アスカ、まだあなたは量子状態のままなの ”

“ あ・・・、ああ、そうか・・・ ”

ようやく状況が飲み込める。

とはいえ、まだなにも見えず、届くのはレイの声ばかり。

頭の中、といっても、脳というかたちは存在していないのだが、とにかく、そのあたりがフワフワしているような感覚のままで、アスカはレイへと尋ねた。

“ ねえ、もしかして、着いたの? ”

“ うん、着いたわ ”

“ 月に? ”

“ うん、月に ”

“ えぇ〜・・・ ”

そう言ったきり、アスカは沈黙する。

“ なに? ”

“ いや、だって・・・、ホントにあっという間だし、今もあんたの声以外聞こえないし見えないしで、なんか、実感ってモンが全然ないんだけど・・・ ”

“ 今、エヴァの目とあなたを繋ぐから ”

“ え、わわっ!? ”

次の瞬間、それまで真っ暗だったアスカの視覚に、巨大な月の姿が届いた。

足元からわずか数十キロ下に、数多くのクレーターに覆われた広大な地面が広がる。

ほとんど大気がない月においては光の散乱が起こらず、見上げた先にある太陽も、その周辺は暗黒のまま。

月も、暗闇に浮かぶ。

“ どう? ”

“ す、すごい・・・、ホントに・・・、うわ、ホントすごい・・・ ”

さっきとはうって変わって、感動しきりのアスカ。

だが、

“ あ、っと ”

口も鼻も肺もないので、イメージの中だけで深呼吸を始める。

“ どうしたの? ”

“ いや、あんまり興奮すると、量子状態が解けちゃうかと思って ”

“ よほどの精神的ショックがなければ大丈夫。その程度なら問題ないわ ”

“ あら、そう。ねえ、それにしても、月の力って、いったい、なんなのかしらね? 太陽の方は、まぁなんとなくイメージ出来るけど ”

興奮を冷ますのも兼ねて、アスカはレイに尋ねる。

“ よく「月には魔力がある」なんて言われるけど、ホラ、「満月の夜には殺人事件や交通事故が多い」てな類のヤツ、あれだって、実際には根拠のない、ただの都市伝説だし、大体、月の光なんて単なる太陽光の反射でしょ? それで、あとなにがあるっていうのよ、月に? ”

これから材料を頂戴しようという相手に、えらい言いようのアスカである。

対して、

“ 月には確かに「力」があるわ。月は、そのために「作られた」のだから ”

レイは静かに答え、説明を始める。

悠久の昔、天の川銀河に太陽系が、地球が誕生した。

そして、「彼ら」は行動を開始する。

地球に生命が発生する以前、彼方より巨大な隕石が飛来し、激しい衝突と共に砕け散ると、内部に持っていた「白き月」を地に落とした。

「白き月」の中には、生命を生み出す「生命の種」としてのアダム、「生命の種」を制御するロンギヌスの槍、そして、のちにゼーレが死海文書、裏死海文書として利用する、預言書とでもいうべきものが入っていた。

アダムは14体の使徒(第3〜16)を生み出し、彼らの内の勝者が、いずれ、地球の主となるはずだった。

しかし、その後、今度はリリスの宿る「黒き月」が飛来する。

「黒き月」を運んだ隕石は地球に衝突し、その時の衝撃によって、アダムと、アダムが生み出した使徒は活動を停止する。

そして、砕けた隕石は、地球の破片と共に、衛星「月」を形成していく。

大陸移動により、アダムの「白き月」は現在の南極、リリスの「黒き月」は日本の箱根となる場所へと運ばれる。

ここまで、全ては意図された流れ。

月の誕生は、奇跡的な偶然などによるものではなかった。

それは、のちにリリスが生み出す生命体、人類にとって生存可能な環境を整えるため。

「黒き月」を運んだ隕石の中には、リリスの他に、もう1つ、別の「生命の種」が入っていた。

そして、それが、地球をまさしく「テラフォーミング」するために必要な装置を作り上げたのだ。

隕石の地球への突入角度も、材料となる破片の量も、作られる月の質量も、それが発する引力の強さも、全てが緻密な精度でコントロールされた。

月の引力によって、地球の自転軸は傾きを安定させる事となり、長い時の中で、徐々に穏やかな気候へと向かっていった。

潮汐作用によって、地球の自転速度は低下していき、原始地球の頃に比べ、現在では1日が3倍もの長さになった。

リリスの流したL.C.L.で「生命のスープ」へと変化した原始の海において、潮の満ち引きによって物質が撹拌され、揺れによって作られた泡が子宮となる事で、最初の生命が生まれた。

地球は多種多様な生物で満ちあふれていき、やがて、主たる存在となるべく、ヒトが誕生した。

リリスと、そして、月がなければ、人類は存在しなかった。

そして、月を生み出した「生命の種」は、現在に至るまで、「水銀」の霊的な純化を成す力を発し続けていた。

いつかこの地へたどり着くであろう者を待ちながら。

“ 使徒や人類が作られたものだってのは知ってたけど・・・、まさか、月までもとはね・・・ ”

“ うん ”

“ でもさ、そのアダムやリリスを地球によこした・・・ ”

“ 第一始祖民族 ”

“ 第一始祖民族? ”

“ と、ゼーレは呼んでいたわ ”

“ その第一始祖民族って、どうしてわざわざそんな事したのかな? 人類と使徒を戦わせるのがそいつらの意図だったっていうの? それって、なんでよ? なに様のつもりなのよ、そいつら!? あ・・・、いけないいけない、よけいに興奮するとこだった・・・ ”

“ それは・・・ ”

“ ん? ”

“ それは、私にもわからない。ユイさんなら、知ってると思うけど ”

“ ふ〜ん・・・、まあいいわ、とにかく、今は今やるべき事をしましょうか ”

“ ええ、そうね ”

“ で、「水銀」を集めるにはどうしたらいいの? ”

“ まずは、南極に移動するわ ”

“ 南極? ”

“ 月にある水銀ならどれでもいいわけじゃないの。「水銀」の霊的純化は月の力によって行なわれるのだけど、あまり長く太陽光が触れていると、太陽の力の干渉が余計なノイズとなって、純化が不完全になってしまうの ”

“ つまり、あぁ、なるほどね ”

気がついて、アスカは大きくうなずいた。

“ だから、南極、それと、北極なわけね? ”

“ そうよ ”

やがて、レイとアスカの乗る弐号機は、南極へと瞬時に移動し、極付近にあるクレーターの上空に立つ。

そこに、求める水銀がある。

クレーターの内部において常に太陽光が遮られている領域、「永久影(えいきゅうかげ)」の中に。

“ さて、と、お次は? ”

アスカが弐号機の目で暗闇を見下ろしながら尋ねる。

すると、レイは短く答えた。

“ 「声」を、待つの ”

“ 「声」? ”

 

 


 

 

“ ここがそうなの? ”

“ そう、太陽の力を最大限得るために、この場所が選ばれた ”

初号機のユイとシンジは、水星最大のクレーター、その上空にいた。

自身の内にも数多くのクレーターを有する、直径およそ1550キロにわたる広大な窪地。

“ カロリス盆地よ。太陽の力で純化するための硫黄を内包した、直径100キロ強の隕石が衝突した跡 ”

“ 水星の硫黄って、外から運ばれたものだったんだ ”

“ そのほとんどがね。そして、隕石内の圧縮された空間に閉じ込められていた硫黄は、隕石の体積よりも膨大な量が放出され、衝突による衝撃波に乗って地表と地中に伝わったの。ちょっと「飛ぶ」わね ”

そう言うと、ユイはシンジを促し、目的の地点へと瞬時に移動した。

距離にして、およそ7800キロ。

“ ここは、盆地のちょうど裏側にあたる場所よ。ほら、あそこ ”

初号機が下方に広がる地を指さす。

“ 山と谷が複雑に入り組んだような、変わった様子の地形があるでしょ? ”

“ ああ、うん。これって、もしかして、あの盆地から広がった衝撃波に乗って、ここまで硫黄が届いたって事なの? ”

“ ええ、そうよ。あの盆地とここの2か所が、地面に最も大量の硫黄を含んでいる場所。同時に、水星が近日点、つまり、太陽に最接近するポイントを通過する際に面の向く、太陽光を最も強く受ける場所でもあるの ”

ただし、ここに解決すべき課題があった。

「硫黄」の霊的純化は、太陽の光が宿している「力」によって成るのであり、熱エネルギーが必要なわけではない。

水星は、大気がほとんど存在しないため、ほぼ真空の状態である。

真空中で硫黄が蒸発する温度(沸点)は715K(ケルビン)=442℃。

その名にラテン語で「熱」の意味を持つカロリス盆地と対蹠地(たいせきち。180度逆に位置する場所)、この2つのポイントは「熱極」と呼ばれ、現在、近日点においては700K=427℃、遠日点でも500K=227℃の温度に保たれる。

これは、太陽の力を最大限に受けながらも、一方で、発生する熱が硫黄を完全には蒸発させてしまわぬよう、有効なラインを守るための処置がなされた結果である。

隕石が衝突する以前、水星内の核は、外側の「外核」、内側の「内核」共に、ほぼ純粋に鉄(融点(物質が溶ける温度):1811K=1538℃)やニッケル(融点:1728K=1455℃)で構成されており、そのままでは、水星のように小さな星であれば特に短い期間で、いずれは冷えて固まってしまうはずだった。

そこで、硫黄を守るべく、硫黄をもっての操作がなされる。

隕石から放出された硫黄は、水星の地殻やマントルだけではなく、さらに地中深く、外核にも届いていた。

鉄やニッケルに融点の低い硫黄(388K=115℃)が混ざる事で、外核は現在まで流動体の状態を維持し、ダイナモ効果(外核が回転する事で電流が生じ、磁場が発生する事)によって、水星は、薄いながらも、磁気のベールに覆われた。

そして、この磁気圏が、太陽からの得るべき力と遮るべき熱を、しかるべきバランスでコントロールしていたのだ。

“ じゃあ、戻りましょうか ”

“ うん ”

再びカロリス盆地へ戻ると、ユイはシンジに言った。

“ それでは、これから、純化された材料の採取を行ないます。いいわね? ”

“ うん・・・ ”

緊張の面持ちでシンジは答える。

いよいよ始まる。

賢者の石を作るための、第一歩。

材料の入手から石の生成まで、僕達が作業の全てに携わる事が、賢者の石を作るために必要な条件だと母さんは言っていた。

でも、出来るだろうか。

そうじゃない、もう、そんな事を考えていい時じゃない。

やるんだ、絶対。

“ シンジ ”

シンジの緊張を和らげるように、ユイは静かに語りかけた。

“ 盆地の中央を見てごらんなさい。なにが見える? ”

初号機が盆地中央付近の上空まで移動し、シンジは届く視覚情報に注意を向ける。

“ なんか、大きなクレーターがあって、そこから、たくさんの線が外に向かって広がってる ”

“ 「スパイダー」と呼ばれる亀裂よ。「硫黄」を採取するための場所を印した、目印のようなものね ”

“ 目印・・・ ”

“ 待っていたのよ、ずっと ”

 

 


 

 

“ ねえ、まだぁ? ”

弐号機の目で天を見上げ、アスカは何度目かの同じ質問をレイにした。

永久影があるクレーターの上空に弐号機は立ち、すでに30分以上が経過している。

“ まだよ。届けば、あなたにも聞こえるはずだから ”

レイは簡潔に答え、すぐさま注意を宇宙へと戻す。

とはいえ、アスカを制するレイ自身、じれったい思いを抑えるのに苦慮していた。

“ ・・・早く・・・ ”

“ あ、なによ、あんただって ”

“ ・・・ ”

アスカもレイも、欲していた。

待ち遠しさに身を焦がして、早く届くを待ちわびて。

今は彼方の、かの「声」を。

 

 


 

 

“ これからの作業は、ただ「硫黄」採取の効率化を目的としてるんじゃないわ。賢者の石生成のための準備も兼ねてるの ”

カロリス盆地に穿たれた、スパイダーの中心となるクレーターに初号機が立つ。

“ 材料を結びつけるためには、材料の力を引き出す「シャーマン(超自然の存在と交信するもの)」としての役割を担う、あなた達の意識が結びついていなければならない。 ”

“ それで、僕が ”

“ そう、携わるのは、錬金術における「三原質」、「硫黄」のあなた、「水銀」のアスカさん、そして、「塩」のレイのみ。だから、私はお手伝い出来ない。あなたが一人で、ここから二人に繋がるのよ ”

“ ・・・うん、わかった ”

わずかに覚悟の時間を経て、シンジはユイへと答えた。

聞きたい事は山ほどある。

普通に考えれば、完全に理解の外だ。

意識を宇宙へと飛ばす。

はるか1億キロ彼方の、月にいる二人と繋がる。

しかし、あれこれ考えたとしても、どうなるものでもない。

今度こそは、自分の番。

第14使徒ゼルエルとの戦いでは、望みながらも、結局はなにもしていなかった。

思い出せ、あのくやしさを。

“ エヴァとは繋いだままにしておくわ。イメージの中で「目を閉じ」ると見えなくなるし、向こうに着いたら、「目を開け」れば見えるから ”

“ わかった ”

“ 大丈夫、さっき飛んだ時と同じよ。大切なのは、願う事 ”

“ うん ”

“ 待ってるわ、二人共 ”

“ うん・・・、行くよ ”

「目を閉じ」て、再び、無音の闇。

量子状態のシンジは、L.C.L.に浮かびながら、地球から飛び立った際の状況をトレースする。

 

 

飛ぶ

月へ

そして

アスカと綾波と、三人で

「硫黄」と「水銀」を手に入れる

賢者の石を作ってみせる

これまでだって、一緒に戦ってきた

僕達は・・・

・・・・・・

違う

仲間じゃない

友達とも違う

じゃあ、なんだろう

僕達は、いったい

わからない

どうして、わからないんだ

・・・・・・

そうだ・・・

わからなくて、当然だ・・・

僕は知らない

僕は二人の事、ほとんど知らない

同じエヴァンゲリオンパイロット

同じ目的で戦うために集められた

それだけで、それきりで

綾波は、戦いのために自分を犠牲にして

とても綺麗だった、笑顔

肉が嫌いだって言ってたっけ

それから・・・

でも、僕は知らない

本当の綾波を、まだ僕は知らない

アスカとは、個人的な話をほとんどしなかった

チェロについて聞かれた事くらい

僕からは、アスカの事、聞こうとしなかった

長い間、一緒にいたのに

いつも怒ってばかり

でも、お母さんを思い出して、泣いてた

僕は知らない

本当のアスカを、まだ僕は知らない

アスカは、ドイツではどうだったんだろう

アスカは、加持さんの事、本当に好きだったのかな

だったら、なんで僕とキスなんか

綾波も、独りが寂しいって、思った事あるんだろうか

綾波は、なにをしてる時に楽しいって思うんだろう

もっと綾波の笑顔を見るためには、どうすれば

アスカの好きなもの、嫌いなもの

綾波の好きなもの、嫌いなもの

アスカって、本当は、どんな人?

綾波って、本当は、どんな人?

二人が自分にとってどんな存在かなんて、これまでちゃんと考えた事なかった

ただ、使徒を倒すため、一緒にいるのが当たり前になってた

でも、もう、使徒との戦いはない

一緒にいる理由がない

材料を集めて

賢者の石を作り終えたら

その先は、どうなるんだろう、僕達

馬鹿みたいだ

今頃になって、本当に馬鹿みたいだけど

知りたい

誰かの、なにかのためなんかじゃない

自分のため

僕自身のために

アスカの事、綾波の事

二人を、もっと知りたい

今まで、嫌われるのが怖くて

でも、本当は知りたかった

もっと、近づいて

もっと、手を伸ばしていたら

僕の方から

僕が、もっと・・・

 

 

クレーターに立つエヴァ初号機が、両の手を空へと伸ばす。

この時、シンジは気づいていなかった。

エントリープラグ内に、初号機が伸ばすように、腕のかたちが現われていたのを。

量子状態であったシンジの体が、元の肉体に戻ったのではなかった。

量子のままでありながら、それらが集まり、腕のかたちを作っていたのだ。

ひどくおぼろげで、まるで蜃気楼のような。

それでも、シンジが心に描いたかたちを、願いを、具現化していた。

そして、

願いのままに、シンジの心は飛ぶ。

 

 

 

 

 

そうだ・・・

「月」へ行くんじゃない

「二人がいる所」へ行くんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ −いわ、初めてな−だから− ”

“ それにし−遅過ぎよ!−ったい、どんだ− ”

“ −もう少し待ってて。おとなしくしてたら、きっと来るから ”

“ ムッ、私は子供か! クリスマスのサンタ待ちか! ”

“ アスカ、うるさい ”

“ ほらほら、あんただってジリジリしてるクセに! ”

 

懐かしい声が響いてきた。

その瞬間、シンジは様々な感慨に包まれる。

水星から1億キロの距離を経て、遂に二人がいる場所へ届いた。

レイとアスカ、二人に繋がった。

二人共、無事のようだ。

特に、アスカは元気そうだ。

“ 待たせてゴメンっ! 綾波! アスカ! ”

我知らず、強い声で呼びかけるシンジ。

“ 碇君!? 待ってたわ、碇君! ”

珍しく、力いっぱいな声を出すレイ。

“ シンジっ!? も、もうっ、遅かったじゃないっ♪ ”

とても怒っているようには聞こえない声で言うアスカ。

“ ゴメン。でも、水星からなんだよ? 許してよ ”

“ まあ、いいわ。初めてなのに成功したってだけでも、シンジにしちゃ上出来よね ”

“ うん、うまくいって良かったよ ”

“ 碇君、そっちは問題なかった? ”

“ こっちも、ちゃんと無事に着いたよ。今、母さんとは話せないんだけど ”

“ え、どうしたのよ、ユイさん? ”

“ ああ、大丈夫だよ、ただ繋がってないってだけだから。材料の採取は僕達三人だけでやらなきゃいけないからって ”

“ 碇君、今、弐号機の目と繋ぐから ”

レイが言う。

と、次の瞬間、シンジは奇妙な感覚に襲われた。

視覚に届くものが、ついさっきまで見ていた光景と重なる。

“ え、月、だよね、これ ”

“ どうしたの? ”

“ いや、一瞬、水星が見えてるのかって思っちゃって ”

尋ねるレイに、シンジは照れ笑いを含ませながら答える。 

“ でも、月と水星って、かなりそっくりなんだね。どっちも一面クレーターだらけで ”

“ ねえ、シンジ? ”

“ なに? ”

“ そっちの様子はこっちで見れないの? ”

“ あ、そうか、ちょっと待って ”

そう言って、シンジが「目を開け」ると、水星の様子がアスカとレイにも届いた。

三人の中で、2つの星が同時に現われる。

重なるでもなく、並ぶでもなく、同時に認識される。

“ うわ、な、なんか変な感じ・・・。でも、これが水星かぁ。ホント、月とそっくりよね ”

“ だろ? ”

今も無数のクレーターが残る、水星と月。

レイは静かに言う。

“ 大気に守られる事なく、飛来した天体によってえぐられて、内から湧き出す火山活動が、自身をえぐった。それが、この姿 ”

“ こうして見ると、なんか、似たもの同士って感じね ”

“ 似たもの同士、だね ”

アスカの言葉を、シンジは繰り返す。

似ている星達。

そのそれぞれに、彼らはいた。

星が宿すものから、力を得るために。

“ 碇君、アスカ、そろそろ始めましょう ”

“ そうね、さっさと終わらせて、さっさと帰りましょうよ ”

“ うん、そうだね ”

レイとアスカに促され、シンジはうなずいた。

そして、「硫黄」と「水銀」を採取する作業が始まる。

力を合わせ、三人で始める。

“ ・・・ ”

“ ・・・ ”

“ ・・・ ”

三つの意識が一つの意志へと収れんされていく。

連携により、使徒の力が引き出される。

水星の初号機、月の弐号機、どちらもが、全身から白い光を発し始める。

呼応するように、水星のスパイダーと月の永久影があるクレーター、そこで長き時を経て霊的に純化された、「硫黄」と「水銀」が光りだす。

使うのは、第7使徒の力。

イスラフェルの、分離・合体能力。

“ “ “ ・・・・・・ ” ” ”

光に包まれたエヴァの体が、それぞれ、2つに分離する。

初号機の1体が、カロリス盆地の対極の地へと瞬時に移動する。

弐号機の1体が、北極付近のクレーターへと瞬時に移動する。

それぞれの星の両極に立つ、初号機と弐号機。

巨大な4枚の羽が、両極から星全体を包むように広がっていく。

エヴァの立つ地面が、さらに強く光りだす。

霊的な純化に加え、物質的な純化が成される。

続いて、「力」として抽出される。

光は、やがて、エヴァの体へと集まっていく。

「硫黄」が、2体の初号機へ。

「水銀」が、2体の弐号機へ。

エヴァの身を包んでいた1万2千枚もの特殊装甲が、まるで卵の殻のように剥がれていく。

代わりにまとうは、光の衣。

激しく、力強い光。

太陽へと、己が姿を誇示するように輝く。

やがて、星の地面から光が消えていく。

「硫黄」も、「水銀」も、全てはエヴァの中へと。

そして、

エヴァを通して、「硫黄」の一部はシンジに、「水銀」の一部はアスカに。

“ ・・・ ”

“ ・・・ ”

“ ・・・ ”

星を包んでいた羽が、背中に戻る。

分離していた2体のエヴァが、1つに戻る。

そして、「硫黄」と「水銀」を得る作業は完了した。

“ ・・・ ”

“ ・・・ ”

“ ・・・ ”

“ えっと・・・、終わった、の? ”

“ 終わった、のかな・・・? ”

“ そうみたいね ”

静まる空気の中、アスカ、シンジ、レイの順で声を発する。

“ とにかく、成功って事でいいのよね? ”

“ ええ、成功よ ”

“ 良かった! やったね、アスカ、綾波 ”

“ うん、碇君 ”

“ おつかれ、シンジ。レイもね ”

“ うん、アスカも ”

緊張を解き、成果に高揚する三人。

エントリープラグ内に軽くなった空気が満ち、軽やかな声が響く。

“ なんか、目っていうか視覚がずっとチカチカしてて、よくわかんない内に終わっちゃったけど、エヴァが分離、してたのかな?あの時って、私達も分離してたの? ”

“ さあ、僕もよくわかんなかった ”

“ ふむ・・・、私達も分離出来るんなら、別に取り合いしなくっても・・・ ”

“ なにを言うのよ・・・ ”

“ え、どういうこ−あれ!? ”

“ どうしたのよ、シンジ? ”

“ なんか、エヴァが変わってる ”

“ え? ”

シンジに言われて、アスカは弐号機の腕や足を確かめた。

“ ホント、なんか光ってる。それに、前より大きくなってない? ”

“ 装甲が排除されたの、材料の全てを吸収するために ”

エヴァの身を使徒の攻撃から守るための特殊装甲は、本来、エヴァ本来の強大過ぎる力を制御するための拘束具であった。

しかし、今や解放され、まばゆい光に包まれる。

それは、内から発せられる光だった。

“ さてと、用も済んだ事だし、帰るとしましょうか。まだやる事が残ってるしね ”

“ ええ、地球へ ”

アスカの言葉にレイがうなずく。

“ うん ”

シンジは、一瞬、返事が遅れた。

“ あ、あのさ ”

これは採取した「硫黄」の作用なんだろうか、とシンジは思った。

実際がどうだろうと、とにかく、シンジはそう思う事にした。

思う事で、気持ちを後押しする。

“ 待っててくれないかな? ”

“ え? ”

“ 待つって、なにを? ”

“ うん、あの、なるべく急いで月まで行くから・・・、地球まで、一緒に帰ろう? ”

“ え・・・ ”

“ な、なによ、いきなり ”

“ いや、あのさ、アスカが出来るだけ早くお母さんと会いたいって、ちゃんとわかってるし、綾波も早く元の体に戻りたいだろうし・・・。それに、20分以上も待たせておいて、地球まではあっという間で、ホント、意味ないんだけど・・・ ”

量子状態だからなんとかなっているが、肉体のある状態だったら、顔は赤くなり、声は小さく途切れがちになっていただろう。

それでも、シンジは続けた。

“ あの、なんていうか、その・・・、そうしたいんだ、どうしても ”

伝えたかった言葉を、シンジは声にする。

そして、

レイとアスカも、欲していた。

シンジからの言葉を。

“ ええ、それはとても良い事だと思うわ ”

“ えっと、あんたがどうしてもって言う・・・、じゃなくて! とにかく、急いで帰って来なさいよ? ”

“ う、うん、行くよっ ”

明るく返事をするシンジ。

安堵と喜びが、共に満ちる。

共に、三人の心に。

“ さて、そろそろいいかしら? ”

突然、ユイの声がシンジに響いた。

“ 母さん!? ・・・あの、聞いてた・・・? ”

“ もちろん。お手伝いは出来ないけど、見守るくらいはさせてもらわないと ”

“ う・・・ ”

“ 今度は、ちゃんと言えたわね ”

優しくシンジに言うと、次にユイは三人へ向けて言った。

“ お邪魔してごめんなさいだけど、帰る準備を始めてもいいかしら? その方が、あなた達もいいでしょ? ”

“ う、うん ”

照れながらも、素直にうなずくシンジ。

“ あのさ、シンジ ”

“ え、なに? ”

“ は、早く来てよね。その・・・、待ってるから・・・ ”

伝えるアスカ。

続けて、レイも、

“ 碇君、私も待っ− ”

しかし、

言葉が途中で止まった。

“ どうしたのよ? ”

“ 綾波? ”

“ ・・・ ”

アスカやシンジの呼びかけにも、レイは答えようとしない。

代わりに、自分が感じたものを皆に伝える。

“ え・・・ ”

“ なに・・・? ”

繋がっているシンジとアスカ、そして、ユイにも伝わってきた。

レイが感じている異状。

地球から、異様な気配が。

“ ごめんなさい、碇君・・・ ”

レイが緊張した声でつぶやく。

“ 私達、先に地球へ戻るわ ”

アスカも状況を察し、

“ ごめん、シンジ・・・ ”

という言葉を残して、

弐号機との繋がりは切れた。

残されたシンジとユイ。

エントリープラグが静寂に包まれる。

“ 綾波・・・、アスカ・・・ ”

突然の事態にとまどうシンジ。

“ なにがあったのかしら・・・ ”

ユイの声にも緊張が混じる。

“ とにかく、早く地球に戻らなきゃ、母さん ”

“ ええ、急ぎましょう ”

 

 


 

 

「レイ・・・、まさか、これも予定の内ってわけなの・・・?」

呆然とするアスカの口から、声がもれた。

元の肉体に戻ってしまっている。

あまりの衝撃により、量子状態が維持出来ない。

地球に戻ると、弐号機は元いた砂浜へと降り立った。

出発から、わずか1時間ほどの間。

それなのに、周辺の様子は一変していた。

“ ・・・ ”

レイも言葉を失っていた。

わからない。

なぜ、元に戻ろうとしているのだろう。

なぜ、動いているのだろう。

穏やかな波を繰り返していた海が、今は激しく荒れている。

原因は、巨大物体の移動。

散らばっていたものが1ヵ所へと集まっていく。

再び、立ち上がるために。

「レイ!」

アスカがレイに叫ぶ。

「あれってリリスでしょ!? もう動かないんじゃなかったの!?」

“ ・・・いいえ・・・ ”

「だってバラバラになってたじゃない! もう、リリスは−」

“ いいえ、違うわ・・・ ”

アスカの言葉を、レイが遮る。

その声は、かすかに震えていた。

まさか、

まさか、こんな事になるとは。

バラバラになっていた体が、元のかたちへと戻っていく。

確かに、リリスはすでに活動を停止していた。

それなのに、あれは、まだ生きていた。

“ あれは、リリスじゃないわ・・・ ”

レイは恐れをにじませた声で言った。

“ あれは・・・、アダムよ・・・ ”

全てが復元される。

天を突くほどの、巨大な姿。

レイのものだった顔が、消えていく。

そして、目も鼻も口もない、なにもない顔になった。

 

 

「The Hermit」 第3話 終わり

 


 

後書き

 

さて、今年2013年は年です。

冒頭のシンジの瞑想?シーンは、ケン・ラッセル監督の映画「アルタード・ステーツ/未知への挑戦」で描かれた感覚遮断実験(by ジョン・C・リリー博士)からイメージ(+マインドマップっぽいの)しました。
余談ですが、ケン・ラッセル監督は1988年に「白
伝説(The Lair of the White Worm)」という映画を撮っていて、89年のローマ国際ファンタスティック映画祭に出品しているのですが、その年にグランプリを受賞したのが、塚本晋也監督の「鉄男」。でもって、塚本監督は2003年に「六月の」という作品を発表しています(足なのに長いよ)。

次に、
映画「THE END OF〜」のラストで、アスカは左目(と右腕)に包帯をしていて、つまり、右目だけが開いていました。
で、「古事記」においては、伊耶那岐命(イザナギノミコト)が黄泉の国より地上へと戻り、冥府の穢れを川の水で洗い流そうとした時、右目から生まれ出たのが月読命(ツクヨミノミコト=月の神)とされていて、月に行くってところから、まあ、そんな感じで(量子状態だけどね)。

最後に、
本編では水星の外核が流動体という話になっていますが、実際に無人探査機メッセンジャーが調べたところ、どうやら外核と内核の間に液体の核があるという構造らしいので、この話の世界では、という事で(他にも山ほどいい加減だけど)。

 


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