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「The Hermit」 第1話に戻る  第2話に戻る  第3話に戻る  


 

L.C.L.へと還った人の魂が眠る、赤い海。

ほんの1時間ほど前まで、そこかしこには、十字架の形で石化した9体のエヴァ量産機、そして、いくつにも分かれた巨大なリリスの体が散らばっていた。

ゼーレによって起こされたサードインパクト。

強いられた選択者、碇シンジが下した決断により、リリスは体内に取り込んでいたエヴァ初号機を解放し、「黒き月」とともに、保てなくなったかたちを崩壊させながら地へと落ちた。

安らぎの死を拒絶し、苦しみの生を選択した、シンジ。

導いたのは、自らの意志でシンジのもとへ行くと選択した、綾波レイ。

レイの導きがなければ、シンジは取り憑かれた死にそのまま飲み込まれてしまっただろう。

それは、デストルドー。

死の欲望、すなわち、始原回帰の願い。

これこそが、ゼーレの望んだ、新生の儀式を成すための核であった。

死の恐怖に耐えながらの戦いに傷つき、触れ合いを求めていた者に拒絶され、心通うと信じていた者に裏切られ、そして、殺した。

生に絶望し、死を恐れるのにも疲れ、その果てに初号機のエントリープラグから目にしたのは、量産機によって無残に食いちぎられたエヴァ弐号機の残骸。

胸に沸き起こった驚愕、嫌悪、悲観、自責、無力に、絶叫を嘔吐する。

時は来た。

ゼーレは儀式を開始する。

従者たる量産機に初号機は捕らえられ、「生命の樹」へと姿を変える。

材料は揃った。

「生命の樹」を作るのは、「知恵の実」を宿すリリスの体と「生命の実」たるS2機関、その両方を持つエヴァンゲリオン初号機。

増大するデストルドーに支配された人間、碇シンジ。

そして、シンジのデストルドーに反応し、儀式を進める祭器として発動した、ロンギヌスの槍であった。

 

 


 

 

“ 綾波・・・、アスカ・・・ ”

“ なにがあったのかしら・・・ ”

“ とにかく、早く地球に戻らなきゃ、母さん ”

はるか水星の暗い空から、シンジは地球にいるであろう二人へと思いをはせた。

レイを通して伝わってきた、地球からの異様な気配。

そして、レイが感じていた不安、アスカが感じていた不安。

繋がりが途切れた今でも、量子となった全身に、生々しく残っている。

“ ・・・ ”

二人の不安と、自身の不安に、シンジは焦燥へと駆られそうになる。

しかし、二人への決意に辛くもしがみつく。

(あの時は、アスカを救えなかった、綾波に救ってもらった・・・)

自分の心の弱さが招いた悔い。

なにも出来なかった自分への怒り。

もう、繰り返したりはしない。

(今度は僕がアスカを、綾波を、守ってみせる!)

迷うためにではない。

「思う」とは、そのためにあるのだ。

 

 


 

 

ロンギヌスの槍とは、なにか?

それは、人類へと渡されたものである。

儀式を成すための、そして、儀式を制御するための。

槍はアダムやリリス、「生命の種」に対する保安装置としての機能を有していた。

魂に作用すれば、卵への還元を行なう。

魂なき肉体においては、生命活動の抑制を行なう。

アダムやリリスは使徒、つまりは、神のしもべである。

アダムは使徒を生み出すために、リリスは人類を生み出すためにあった。

それこそが、与えられた使命。

しもべたる存在であれば、神に等しい力を持つ事など許されはしない。

許されているのは、神と、神より選ばれし者のみである。

ロンギヌスの槍は、なんらかのイレギュラーあるいは本来の意図から外れた思惑によって、アダムやリリスが「生命の実」と「知恵の実」の両方を手にし、許されざる力を持つに至った場合、それを解消せしむるものである。

そして、この機能が働いた結果として、あの日、セカンドインパクトは起こった。

西暦2000年9月13日。

すでに生み出されながら、リリスの「黒き月」を運んだ隕石が地球へと衝突した事により、活動を停止していた使徒14体。

その覚醒を遅らせるべく、南極大陸に眠る第1使徒アダムを卵の状態にまで還元しようと、葛城ミサトの父率いる調査隊は作戦を開始した。

「生命の実」を持つ、アダム。

神に等しい力を与えるには、「知恵の実」を持つ第2使徒リリスの子、人間の遺伝子を融合させる必要があった。

そこで、葛城調査隊はロンギヌスの槍に人間の遺伝子を乗せ、アダムへと突き刺した。

槍の発するアンチA.T.フィールドにより、アダムのA.T.フィールドは中和され、肉体に穴が穿たれる。

槍はアダムの内部にまで侵入し、人間の遺伝子がアダムの遺伝子との物理的融合を果たす。

この時、アダムは神に等しい力を得た。

そして、次の瞬間、許されざるものが力を得たのに反応した槍は、保安装置としての機能を発動させたのである。

対象者の魂にデストルドー、すなわち、始原回帰へと至るための死の欲望を抱かせ、増大させる。

槍の発する力によって、アダムは激しいデストルドーに駆られていった。

第1使徒が卵へと還元を始めたのを受け、使徒の魂が生まれて帰る場所である、「白き月」のガフの部屋が開く。

調査隊は、脅威となる新たな使徒の発生を断つべく、ガフの部屋を熱焼却処理し、魂を生み出す機能を破壊した。

その間にも、融合したアダムと人間の遺伝子が分離を始め、アダムは還元を進めていく。

肉体の逆行を促すための、強大なアンチA.T.フィールドの発生。

ここに、調査隊の誤算があった。

卵へと還っていく中で、フィールドのエネルギーはほどなく縮小していくであろうと考えられていたのだ。

しかし、神に等しい力を得たアダム、その身を還元するために発せられるエネルギーは、予想をはるかに上回っていた。

このままではフィールドの余波が大きく広がり、やがて、地球全体が覆われてしまうだろう。

そうなれば、全ての生物がかたちを保てなくなり、L.C.L.と化してしまう。

今はまだ、その時期ではない。

神との契約は、そのための準備すら、まだ済んではいないのだ。

調査隊は作戦を中断すべく、急遽、アダムから槍を引き抜いた。

が、時わずかに遅かった。

結果として、アンチA.T.フィールドの拡大は南極大陸が覆われるまでにとどまり、最悪の事態だけは回避する事が出来た。

しかし、その代償は、決して小さくなかった。

アダム内に生まれていた力が、槍が抜かれたために吸収される事なく周囲へと解放され、甚大な被害をもたらすに及んだ。

地軸は大きくずれ、南極大陸の消滅で海面は急激に上昇し、あらゆる天変地異が世界を襲う。

地の災いは人の争いを生み、わずか数年の内に、人口は半分にまで減少した。

そして、アダム。

あわよくば、使徒迎撃ならびに来るべき契約への備えを磐石とするためS2機関の確保を、と目論んでいたゼーレであったのだが、その期待は裏切られる事となる。

エネルギー解放の衝撃によって、アダムの肉体は欠片となって飛び散り、S2機関もまた、破壊されてしまった。

セカンドインパクトの同年、碇ゲンドウを所長とする、調査機関ゲヒルンによるアダム計画(通称E計画)が始動。

事前に採取、保存しておいた生体サンプルをもとに、失ったアダムをクローンとして再生、迎撃の要となる汎用人型決戦兵器「エヴァンゲリオン」の製造を目的とする。

様々な試行錯誤が重ねられ、その末に、アダムを素にしたエヴァ零号機が完成。

しかし、肉体はコピー出来たのだが、魂、そして、S2機関のコピーは成功しなかった。

この結果を受けて、ゼーレは次なる計画への着手を迫られる事となる。

西暦2004年、新たなアダム計画が始動。

今度は、クローン再生ではなく、残る生体サンプルそのものからオリジナルアダムを復元し、S2機関を得る事を目的とする。

長き時を経て、ゲヒルンは特務機関ネルフと名を変え、ドイツ支部においてようやく胎児の状態まで復元させるに至る。

しかし、またもや、アダムの中にS2機関らしきものは確認出来なかった。

導き出された結論。

単体で生きる使徒に対し、「生命の実」は、ただ1つのみが与えられる。

エヴァのようなコピーにはもちろん発生せず、たとえオリジナルの体においても、失えば二度と戻りはしない。

持たざるものが得るためには、S2機関を持っている、他のものから奪い取るか、あるいは、科学の力で構造を解析し、自ら作り出すしかない。

これは、人類が容易には「生命の実」を得られぬよう、第一始祖民族が仕組んだものなのだろうか。

「もっともな事である。これは神の与えたもうた試練なのだ。ほむべきかな、我らが父」

敬虔なる信徒として、ゼーレの最高幹部達は、そう結論づけた。

 

 


 

 

水星から地球へと向かう初号機において、シンジの母、碇ユイは驚きの中にいた。

移動の最中に試みるも、相手がよほど混乱しているのだろう、アスカはもちろん、レイの意識とも繋がる気配がない。

それでも、水星を飛び立つ前に届いたものから、地球でなにが起こっているのか、おぼろげながら読み取る事が出来た。

海に、なにかがいた。

なにか、巨大なものが。

(まさか、リリスが?)

考えられるとすれば、それしかない。

しかし、ユイにはわからなかった。

いったい、なんなのだろうか、これは。

第一始祖民族からは、このような事が起こるなど、知らされてはいなかった。

まったくのイレギュラーなのか、それとも・・・。

思わず、ユイは初号機の中にあるものの存在を確かめた。

体内に持っている、ロンギヌスの槍。

サードインパクト時、儀式の終焉を締めくくるべく、量産機に刺さったコピーの槍を消滅させ、量産機の体を石化させた。

これを使う事になるのだろうか。

そして、もう1つの驚き、こちらは感嘆として。

水星を飛び立って、まだ間がない。

だが、地球へは、あと10分程で到達出来るだろう。

行きは、光速の30%。

それが、今は45%を越えていた。

これは「硫黄」の力によるのだろうか。

いや、それもあるが、それだけではない。

力は、人の心に反応する。

思いの強さで、力も強く発揮される。

動かす者の、心。

(親の欲目、なんて、思う資格もないけど・・・)

つい考えて、自嘲してしまう。

(そうね、悔やむのは、あとにしなくちゃ・・・)

なんであれ、惑うのは無意味だ。

もうすでに、始まっているのだから。

 

 


 

 

では、これも試練の1つなのだろうか。

リリスには「生命の実」がない。

「生命の実」は、アダムが持つ。

リリスが持つのは、「知恵の実」。

つまり、S2機関という永遠を持たない、リリスの命には限りがあるという事である。

リリスが地球で活動を始めて、40億年あまり。

しかし、これを悠久の時であるとするのは、しょせん人間の感覚に過ぎず、永遠には到底及ぶものではない。

アダムの「白き月」、そのガフの部屋が破壊された事で、新たな使徒は生み出されなくなった。

同様に、リリスが活動を停止すれば、新たな生物を生み出す存在はいなくなる。

「生命の実」を持っていながら、エヴァに戦いを挑んだ使徒は、全て死んだ。

つまり、人類が永遠の生命を持ったとしても、それは決して死なないという事ではない。

「生命の実」を得ようとも、そのままでは、様々な要因によって、人は死に、数を減らしていく。

人間を、魂を持つ人間を新たに生み出せなければ、はるかな時の果てとはいえ、いずれ人類は滅ぶだろう。

魂の担い手を絶やさぬためには、オリジナルのリリス、あるいは、リリスのコピーである初号機に「生命の実」を与え、神に等しい力を持たせる必要がある。

オリジナルのリリスが力を得たとしても、問題は生じない。

死海文書・裏死海文書の預言に従い、向かい来る使徒を全て倒せば、人間がロンギヌスの槍の正当な主となる。

すなわち、卵への還元が行なわれないよう、槍の機能をコントロールする事が出来るのだ。

サードインパクトがもたらした結果として、リリスはその役目を終えたが、代わりに、「生命の実」を持ったエヴァ初号機が残った。

そして、リリスとともに失われた、魂を生み出す「黒き月」は、賢者の石の力があれば復元が可能だ。

よって、初号機と「黒き月」による加護は永遠のものとなり、人類はいつまでも存在し続ける。

しかし、

それは違う。

果たすべき真なる契約とは、そうではない。

自分達の命だ、他のものにゆだねるのではない、自らの手の上に置かなければ。

選ばれし者として、リリスに代わり、生命を生み、育み、守れる存在とならなければ。

我々自身が、神とならなければ。

 

 

駆けるよ 2014年!記念SS

「The Hermit」 第4話

 

 

荒れた海の、波打ち際に立つ弐号機。

アスカとレイは、重い沈黙に包まれ、眼前にあるものを見つめていた。

遠く海原にそびえる、巨大な人の姿。

戦いの傷跡としてある、周辺に残されたビルは皆、まるでひれ伏すかのように倒壊している。

依然立つものは、二人が乗る弐号機と、石と化した9体の量産機、そして、

「アダム・・・」

アスカの口から名がこぼれる。

“ ・・・ ”

レイは自身の落ち度を激しく悔いた。

ゲンドウとの決別の際、レイを介してリリスとの融合を果たそうとする、その右手を切断した。

体内に残る右手には、埋め込まれていたアダムが。

しかし、胎児の状態であったため、その存在を軽んじてしまった。

なにより、一刻も早くシンジのもとへ、との思いに心が支配されていた。

それが今や、大いなる脅威として眼前に立つ。

リリスの意識が消えるのをひそかに待ち、そして、障害となるであろうエヴァ2体が宇宙へ立った機を逃さず、体を乗っ取ったアダム。

サードインパクト時よりはるかに縮小化しているのだが、それでもエヴァのゆうに5倍は超える。

弐号機が見上げる、その先には顔があった。

果たして顔と言えるのだろうか、あれは。

巨大な姿は威風を顕示しながら、しかし、目も鼻も口もない表面には、流れゆく雲にさえあるものがない。

表情、というものが。

考えなど、読み取れようはずもない。

「なにをしようっての・・・?」

アスカが誰に尋ねるでもなく、つぶやく。

“ わからない、だけど・・・ ”

誰にともなく、レイは答える。

だけど、と言い、しかし、次の言葉が出てこない。

浮かんだ考えが、容易には形を明確にしてくれない。

また始めようというのだろうか。

まだ続けるつもりなのだろうか。

でも、いったい、なんのために。

“ ! ”

「はっ!?」

風が動きだし、レイとアスカは身構えた。

アダムが、ゆっくりと体を動かしている。

周囲へと顔を巡らせ、やがて、止まる。

「・・・こっちを見てる・・・」

アスカはかすれる声で言い、次にレイへと言葉を投げた。

「ねえ、なんなの!? なにをしようってのよ、あいつは!?」

“ わからない・・・。だけど、もしかしたら・・・ ”

「もしかしたら!?」

アスカの激しさに促され、レイは曖昧なままの危惧を口にする。

“ アダムは、本来の目的を果たそうとしてるのかもしれない・・・ ”

本能につき動かされての、盲目的な行動。

あるとしたら、それぐらいしか。

「だから!その目的って・・・、え、なんで・・・」

この時、アスカは重大な事に気づいた。

迂闊だった。

アダムにばかり気を取られていたせいで、今まで目に入っていながら、見えずにいた。

「海が、青くなってる・・・」

徐々にだが確実に、海は以前の色を取り戻つつあった。

これも目的のためなのだとしたら。

アダムの体内へと吸い寄せられていく、赤い、L.C.L.が。

「レイ・・・、アダムの本来の目的って、まさか・・・」

驚愕に震えるアスカへと向けて、レイは努めて静かに言葉を返した。

“ ・・・新たに、使徒を生み出す事・・・ ”

アダムの「白き月」、魂を生み出すガフの部屋は、セカンドインパクト時に破壊された。

しかし、アダムの中には、すでにある。

新たな使徒を生み出すための、材料。

集団として生きるべく、長き時をかけて増えてきた、数十億もの魂が。

「冗談じゃないわよ!!」

アスカはこぶしを強く握りしめた。

「そんなのって・・・」

囚われた人達。

あの中には、日本で出来た、生まれ初めて出来た、親友がいる。

(ヒカリ・・・)

(ヒカリは、私を特別な目で見なかった・・・)

(本当の私を見ようとしてくれた・・・)

(私は、まだ・・・、なにも返せてないのに・・・)

彼女が見つめていた、想い人。

彼の友人。

連なるように、アスカの脳裏に懐かしい顔が浮かぶ。

再び会いたいと願う顔が、次々と。

そして、それだけにとどまらなかった。

「え・・・、あ・・・」

もちろん、人類などと、全ての人を身近に感じられるわけもない。

そのはずなのだが、これは。

「う・・・」

友人達。

友人達の、まだ会った事のない家族、さらに・・・。

人に繋がる、人々。

アスカの中で、数え切れないほどの繋がりが、光の瞬きとして感じられた。

寄り添い合う光、ぶつかり合う光。

数限りない、命の光が。

こんなにも震える。

自分でも戸惑うくらい、煮えたぎるほどの怒りが全身を駆け巡る。

“ アスカ、まだそうと決まったわけじゃないわ ”

「だからって!!」

“ ええ、だからといって、このままアダムの好きにさせるつもりなんてない。そのために、私達にはしなくちゃならない事がある ”

レイがアスカを懸命になだめる。

落ち着けといっても無理な話だ。

だが、出来るだけゆっくり、静かに語りかけようと、レイは努めた。

そうして、まずは自分こそが冷静にならなければ、と。

“ 心を落ち着かせて、アスカ。今すべきはなんなのか、それを心に思い描いて。でないと、力を合わせる事が出来ない、アダムとは戦えない ”

「くっ・・・」

“ 私の力をあなたにあげる。だから、あなたの力を私に頂戴 ”

「・・・」

“ 二人で戦うのよ。そして、みんなを救わなくちゃ、アスカ・・・ ”

「・・・わかってる・・・、うん・・・、大丈夫よ、もう」

言葉を吐き出すのと同時に、アスカは全身の力を抜いた。

すべき事を考えろ。

心の弱さに振り回されるな。

本当に大切なものを失うようなまねは、もう二度とごめんだ。

「ふぅ・・・、なんにせよ・・・、ヤツがどう動くかが問題よね?」

弐号機からアダムを見据え、アスカはレイに問いかけた。

“ うん、だけど、今のアダムには、もうあまりエネルギーが残ってないはず ”

アスカの呼吸が穏やかなのを確かめてから、レイは答えた。

“ オリジナルのアダムとリリスが融合してるとはいえ、アダムは胎児の状態で、S2機関も失われてる。リリスは活動を停止してるし、元々S2機関を持ってない。仮に使徒を生み出すのが目的だとしても、そのためのエネルギーなんて、あるはずが ”

「弐号機のS2機関を狙ってるんじゃないの?」

“ いいえ、装甲を外して、「水銀」の力が加わった、今のエヴァの体に、エネルギーの不足した状態で侵入出来るとは思えない。アダムもそれがわかってるから襲ってこないのよ。それに、たとえS2機関を取り込んだとしても、アダムが神に等しい力を持つ事は許されて− ”

突然浮かんだ考えに支配され、レイの言葉は途中で止まった。

アダムは第1使徒。

その役割は、使徒を生み出す事。

「光の衣」に包まれている弐号機。

特殊装甲という拘束具から解放され、今や身の内にある力を封じ込めるものはない。

弐号機の内にある、エヴァ本来が持つ力。

それに加えて、月で得た、「水銀」の力。

“ っ、まさか!? ”

愕然とするレイ。

「え、なに?」

推測は、次の瞬間、現実味を帯びる。

アダムの顔が、弐号機から向きを変えた。

今見ているのは、別の方向、その先にあるもの。

“ 月・・・ ”

「月・・・? あっ、ひょっとして!」

かの地の底には、月を生み出し、「水銀」を霊的純化するための力を発し続けてきた、もう1つの「生命の種」が存在する。

「つまり、それを利用しようってわけなの・・・?」

“ かもしれない。とにかく ”

アダムがなにをしようとしているのか、いまだ確信には至らない。

だが、最悪の状況が実現されうるとわかった以上、なにをすべきか、なによりも明確である。

“ アダムを止めないと ”

「うん、もちろん。でも、どうすれば?」

気概はあるものの、対すべき相手を前にして、弐号機は立ち往生する。

二人にとって、状況はあまりにも不利。

敵は強大に過ぎ、動きを止めようにも、弐号機だけでは困難を極めるのが目に見えていた。

問題は、体格差にあるのではなく、弐号機の力が及んでいない事に尽きる。

初号機から「生命の実」たるS2機関と「知恵の実」を受け取り、神に等しい力を持つに至った。

しかし、ユイとシンジに比べ、レイとアスカでは、いまだ親和性が充分ではない。

なにより、全てをコントロール出来るほど、心の力が足りてはいない。

弱っているとはいえ、当然、アダムも相応の抵抗をしてくるに違いない。

そして、のしかかる、なによりのハンデ。

アダムの中にはL.C.L.が、人の魂が取り込まれている。

つまり、アダムを傷つけるような、直接的な攻撃は出来ないという事。

第3使徒サキエルや第5使徒ラミエル、第14使徒ゼルエルが持つ光線系、第9使徒マトリエルの溶解液などは、万が一にも使えない。

あまりにも制約が多く、そして、策を講じている時間はすでにない。

敵は、もう動き始めていた。

「え!?」

海へと向けて、レイが弐号機の両手を伸ばした。

広げた両の手のひらが強く発光しだし、光は中央へと収束していく。

「ちょ、ちょっと、なにすんのよ!?」

“ ・・・ ”

事情を説明する余裕などなく、レイは無言のままイメージを続ける。

両腕が向けられた先に見えるのは、アダム。

「ねえ、わかってる!? わかってるわよねっ!?」

“ ! ”

次の瞬間、手から放たれた破壊光線が、目標に向かって直進した。

強大な熱量により、通過した海面の水が急激に気化し、水蒸気爆発が起こる。

“ やった? いや ”

水煙で前方がかすんでいたが、レイは察知する。

アダムの脇を通過した光線は、しかし、当たる間際で目標によけられた。

「あっ、あそこ!」

動くものがあるのを確認したアスカが、弐号機の顔を上に向けた。

“ くっ! ”

レイは短くも強く声を発した。

やはり危惧した通りだった。

アダムに残っているエネルギーはそう多くはない。

月へ飛び立つためにも、こちらとの戦闘による消耗は極力避けたいはず。

であれば、代わりのものに戦わせるだろう、と。

逃した目標の1体だけでなく、他の数体も急上昇したのち、弐号機の周辺に次々と降下してくる。

「また邪魔しようっての!?」

さすがに心を抑えきれず、アスカが叫んだ。

苛立ちと、なによりも憎しみから。

弐号機を取り囲んでいる奴ら。

弐号機を、弐号機に宿る母を、自分を、蹂躙した奴ら。

9体のエヴァ量産機。

初号機によって石化されたはずの体は、元の白さを取り戻し、弐号機へと接近している。

先の戦いで腕を失ったもの、頭部が潰れたもの、胴がえぐれたもの。

かつて、アダムの魂を持つ渚カヲルが弐号機と同化したように、アダムの体より生み出されし、魂を持たない存在は、アダムによって肉体を操られていた。

その動きは糸の絡まったマリオネットのようにギクシャクとしており、滑稽とすら言えた。

しかし、同時に、狡猾な動きでもあった。

「こいつら!」

量産機は盾としてあった。

アダムが月へと飛び立つ邪魔をさせないための。

そして、アダムを守る量産機を守っているのは、アダムであった。

弐号機に光線系の攻撃をさせまいと、海に3体、上空に3体の量産機がアダムを背にしている。

「くっ、神の使いのくせして、人質なんてせこいマネをっ!」

6体がジリジリと間合いをつめていく。

そして、弐号機の背後からも、近づく機体が3つ。

3体を撃つべく海側に背を向ければ、もちろん、たちまち後ろから6体がかりで襲ってくる。

「ふん、それでこっちの手を封じたつもり!?」

吐き捨てるように、アスカは言った。

“ 来るわよ、アスカ ”

「わかってる!」

強い口調であったが、レイは懸念していなかった。

大丈夫。

すべき事を、アスカはちゃんとわかっている。

「いくわよ、レイ!」

“ ええ! ”

海側から2体、後方から1体の量産機が飛びかかる。

が、次の瞬間、

「シュッ、と!」

弐号機の右手が一閃。

わずかな間のあと、3体の量産機は、肩辺りから上が、横へとずれて地面に落ちる。

アスカがイメージし、ゼルエルの腕状に鋭角化させた手は、障害物を、まるで紙のように、いともたやすく切り裂いた。

「すごい! オオヤマ・マスタツみたい!」

“ ・・・オオヤママスタツ? ”

「あとで教えたげる! さ、次いくわよ!」

残る量産機へと、弐号機は向かった。

「だああああっ!」

手のみならず足をも駆使し、横に切り、縦に切り、斜めに切る。

「バラバラにしてくれたお礼よっ! ママを傷つけた報いを受けろっ!!」

弐号機が手足を振るうたび、人の形を崩壊させていく量産機。

またたく間に、砂浜や海のいたる所で頭や腕や足、胴体などのパーツが散乱していった。

「ふんっ! たいした時間稼ぎにもならなかったじゃない!」

と、勝利の叫びを上げるアスカであったが、

“ まだよ ”

レイは警戒を解いていない。

「くっ、ほんっとしつっこいわね!!」

うんざりしたように、アスカは声を荒げた。

量産機の驚異的な再生能力。

先の戦闘においても、途中までは弐号機が優勢であったのだが、倒しても再び起き上がる敵を相手に、遂には屈服させられてしまった。

だからこそ、今度は動けなくなるようにと、アスカは細かなパーツにまで切断したのだ。

ところが、

「うわ、なによこれ!?」

さすがのアスカも、思わず顔をしかめた。

神聖なる儀式に携わる尊厳も不要となり、もはや足止めさえ出来ればそれで良く、であれば、人の姿をとどめる理由もない。

解体された状態にもかかわらず、量産機は動き続けていた。

それも、グロテスクとしか言いようのない姿で。

あるものは、上半身がなく、腰の切断面についた腕が、その先に2つの頭をぶら下げ、伸びた首の様相を呈す。

またあるものは、縦に真っ二つとなった体に数本の手足がつき、ムカデのように這いずっている。

他にも、幾多の、いびつな肉のモザイクが、弐号機の足や体にまとわりついてきた。

「ええいっ、うっとうしい!」

右手でつかんで投げると、左手からマトリエルの溶解液を噴射し、地面に落ちたモザイクを次々と消滅させていく弐号機。

しかし、切り刻んだのがかえって仇となった。

個々のパーツが独立して動き、四方から弐号機を止めようとする。

取り除こうにも、除いた端から別のモザイクが次々にへばりついてくる。

「キリがないわ! こっちも分離するってのはダメなの!?」

“ だめよ、パワーが落ちてしまうし、今の私達では、2体を別々に動かせるほどコントロール出来ない ”

「ああもうっ、どうしたら・・・」

切迫した状況に苛立ちながらも、アスカはなんとか心を制して思案に努める。

「よしっ、なら、これでどうっ?!」

サキエルの、手のひらから撃ち出される光の槍をイメージする。

あれを、全身から。

「くらえっ、人呼んで、ヘッジホッグ・アタック!!」

ネーミングはともかく、攻撃は有効であった。

体から伸びた無数のトゲが、へばりついていたモザイクやパーツを串刺しにし、剥ぎ取った。

そこへ、すかさずレイが反応する。

“ アスカ、ちょっと我慢して ”

「え、うわわわわっ!?」

アスカは急激に外側へと引っ張られそうになり、慌ててパイロットシートにしがみついた。

弐号機が超高速で回転する。

トゲに刺さったままもがいていた量産機の断片が、抵抗もかなわず、遠心力で遠くへと飛ばされていく。

そのまま回転しながら、弐号機は海の方へと移動し、砂浜で待ち構えるモザイクを蹴散らした。

「レ、レ、レ、レ、う、う、う、う」

“ わかってる、舌噛むわよ ”

すでに、アダムの体は上昇を始め、足が海面から離れようとしている。

空には、まだ3体の人型量産機が待ち構えている。

レイは迅速に行動し、弐号機は、邪魔するもののない、海の中へと飛び込んだ。

“ アスカ、大丈夫? ”

「うぇ、洗濯物にでもなった気分・・・。でも、なんとかね」

“ そう、じゃあ、協力して ”

「OK」

詳細を尋ねる事なく、アスカはレイとともにイメージを始める。

水中となれば、言われるまでもない。

第6使徒ガギエルの力。

「魚」を司る天使の名のもとに、弐号機は姿を水棲型へと変化させた。

体はなめらかな流線型を成し、全身をウロコが覆い、手足がヒレ状に広がる。

水中を最速で移動する生物はバショウカジキであり、その速度は54ノット(時速100キロ)を超える。

しかし、今やその地位は2位へと転落し、1位に大きく水をあけられる事となった。

空から降りて妨害しようとする人型の足元をすり抜け、海中からアダムへと高速で接近する。

「届いた!」

アダムが落とす影を突き破り、勢い良く海面から飛び出した弐号機。

そのあとを、人型3体といくつかのモザイクが追う。

モザイクの1体を見ると、片羽を生やした頭が、片羽を生やした腰から伸びる左足につかまれていた。

「あんな格好でよく飛べるわね、でも」

元の形態に戻りながら、攻撃の体勢に入る。

すでに脅威ではない。

アダムを背にしていないのであれば、遠慮などしない。

「なぎ払え!」

今度は弐号機がアダムを背にした状態で、両手と目から破壊光線を発射した。

人型の2体が4つの炎と化し、海へと落ちる。

続いて、モザイクも、再生の機会を二度と与えられる事なく、蒸発していく。

勢いの衰えない弐号機は、妨げの手が触れるを許さず、上昇を続ける。

アダムの全身が発光を始めた。

月への移動がいよいよ始まる。

“ 間に合って! ”

「間に合わせる!」

アダムの顔に並んだ所で、弐号機はA.T.フィールドを展開した。

発生したフィールドは、アダムの頭上で球状に広がっていき、全身を包もうとする。

しかし、アダムもアンチA.T.フィールドで対抗する。

ぶつかり合う、力と力。

火花のように、光が散る。

「ぐううっ」

“ く・・・う・・・ ”

負けまいと、アスカとレイは懸命にフィールドを展開する。

しかし、かろうじて減速したのも、つかの間。

バチッ!

A.T.フィールドはあっけなく破られ、弐号機も弾き飛ばされた。

「まだまだっ!」

空中で回転する体を立て直し、すんでの所でアダムの足首をつかむ。

「ぐうっ! くっ・・・」

腕から伝わる衝撃に、アスカは歯を食いしばる。

“ そのままつかんでて ”

そう言うと、レイはすぐさまイメージを始めた。

第13使徒バルディエル。

鈴原トウジの乗るエヴァ参号機に侵蝕し、意のままに動かした力を使う。

(碇君が見てなくて、良かった)

かすかに心のすみで思いつつ、レイは弐号機の腕を伸ばした。

ただし、アダムの体をのっとろうというのではない。

アダムに侵蝕するためには、こちらも防御であるA.T.フィールドを解かなければならない。

それは、反対に弐号機が侵蝕される危険をはらんでいる。

腕は異様な長さにまで伸び、弐号機の足元を越え、直下の海へと到達した。

そして、力は海水に対して発揮される。

バルディエルには、対象である物の性質を変える力がある。

かつて参号機の腕を装甲ごと伸縮可能に変質させた力をもって、レイは海水を液体から固体へと変化させた。

“ 変われ、変われ、変われ、変われ・・・ ”

弐号機の腕を中心として、みるみるうちに海水が凍っていく。

氷は、塊から島となり、島から大陸となり、地球にアダムを固定する。

身動きが取れない状態の弐号機に、残る人型1体とモザイクが再び襲いかかる。

「このっ!」

目から発した光線は狙いが充分に定まらず、かろうじて人型の左腕を切断するも、戦いを放棄させるには至らなかった。

今は相手をしている余裕などない。

下手に動けば、つかんでいる手が外れてしまう。

弐号機はA.T.フィールドを展開し、せめてもの防御に徹する。

しかし、すでにギリギリの状態。

「ううう・・・!」

“ うぅ・・・くっ・・・ ”

力の限り、こらえる二人。

たとえほんの少しの間でも、あと少しだけでも、引きとめて。

「あっ!」

けれど、やはり、力の差はいかんともしがたかった。

弐号機の手が、遂にアダムから離れる。

反動により、海へ向かって機体が急速に引っ張られる。

“ っ! ”

レイは急いで海を水へと戻した。

このまま氷に激突したなら、アスカが無事ではすまない。

“ 早く! ”

かろうじて体のサイズほどに広がった水の穴に向かって、レイが姿勢を制御し、弐号機は足から突っ込んだ。

「ぐうっ!」

水柱が高く上がる。

液体とはいえ、高速で激突すれば衝撃も尋常ではなく、アスカの体が大きく揺れる。

“ アスカ、大丈夫!? ”

「う、うん・・・、大丈夫じゃない・・・」

“ そう・・・ ”

L.C.L.の緩衝作用に守られ、体の方に大きな問題はない。

だが、アダムを止められなかった無念さの方が、アスカには重くのしかかっていた。

 

キンッッ!!

 

頭上で鋭い音が響く。

巨大な物体が一瞬で移動した事により、激しい風が巻き起こる。

見上げて確かめるまでもない、アダムの姿は、もう、この地から消え失せていた。

止められなかった。

守れなかった。

それでも、落ち込んでいる暇などない。

海から、空から、量産機はなおも襲ってくる。

「もう・・・、本当に・・・」

落下の衝撃でめまいがしているアスカだったが、眼前にうごめくものは、それ以上に不快だった。

「いい加減、邪魔すんなああっ!!」

氷の地面となった海を駆け、量産機に飛びかかっていく弐号機。

「だああああっ!!」

鋭利化はせず、元の形の手と足で、力任せに殴り、蹴る。

切り裂くのでは、手ごたえがない。

もっと怒りをダイレクトにぶつけなければ、気が済まない。

“ ・・・ ”

無言ながら、レイもアスカに同調する。

「このおおおっ!!」

風を切る勢いで手足を振るい、殴り、蹴り、つかんで、引きちぎる。

空から降りようとうする人型やモザイクも、ジャンプした弐号機に捕らえられ、そのまま氷へと叩きつけられる。

「これでとどめっ! レイ!」

“ ええ! ”

ケリをつけようと飛び上がり、上空から見下ろしながら、ラミエルの加粒子砲をイメージするアスカとレイ。

弐号機の胸の前で、ひときわまばゆい光が収束していく。

収束しながらも、強大な力は、なお周囲を照らす。

「消え失せろっ!!」

ところが、いざ発射という間際になって、全ての量産機の動きがぴたりと止まった。

「え・・・?」

拍子抜けの声を漏らすアスカが見下ろす中、次々と倒れていく。

「ど、どうしたってのよ・・・?」

弐号機が氷上に降りても、動く気配すら見せない。

“ 役目が終わったのよ ”

重い口調で、レイがつぶやく。

“ 今、アダムが月に着いたわ ”

「えっ!? じゃ、じゃあ、早く月に!」

急いでアダムを追おうとするアスカだったが、

“ いいえ、月には行かない ”

レイはそれを制した。

「なっ、なんでよ!?」

“ 今から移動を始めても間に合わない。それに、弐号機ではアダムに対抗出来ないって、戦ってみてわかったでしょ? ”

「そ、それは・・・」

冷静に考えれば、アスカも認めざるを得ない。

月まで超高速で移動するには、体を量子状態にしなければならない。

それに、アダムとの力量差。

仮に量産機の妨害がなかったとして、自分達にアダムの移動を阻止出来たかどうか。

いとも簡単に破られてしまったA.T.フィールド。

ましてや、「生命の種」のエネルギーを得られてしまったなら、さらなる苦戦を強いられるのは火を見るより明らか。

「光の衣」をまとったエヴァでも、今度こそは侵蝕されてしまうかもしれない。

なにより、アダムの体内には大勢の人達の魂がある。

大気がほとんどなく、放射線が直接降り注いでいる月面において、下手な攻撃をすれば、地球よりもはるかに危険度は高い。

“ それに、無茶して戦って、弐号機にもしもの事があったら、アスカのお母さんだって ”

「う・・・」

そこを突かれると、ぐうの音も出ない。

「で、でも、じゃあ、どうすんのよ? ここにいたって、どうにかなるわけでもないでしょ?」

“ いいえ、私達には、まだここでやる事があるわ ”

「あるって、いったいなにが?」

“ ・・・ ”

「レイ?」

“ アダムの動きが、止まった ”

「えっ!? そ、それって」

“ 「生命の種」がある場所を見つけたんだと思う ”

「くっ、ちくしょう・・・」

“ アスカ、心を落ち着かせて ”

「・・・」

“ あまり長々と話している時間がないから、ここからはイメージで伝えるわ。だから、落ち着いて、こちらに心を開いて ”

「・・・うん・・・」

時間がない、それは確かにそうだ。

しかし、理由はそれだけではないと、アスカは感じていた。

レイの声も、かすかに震えていた。

なんとなくではあるが、以前よりも感情をあらわにするようになった気がする。

彼女にも自覚があるのか、声では動揺が伝わってしまうと思ったのだろう。

(ほんと、優等生なんだから・・・)

ふと、自ら発した「優等生」という言葉が引き出す連想。

「委員長」と呼ばれた彼女の姿が脳裏に浮かび、思わず、こみ上げてくるものがあった。

そう、だからこそ、

「・・・いいわよ・・・」

アスカは息を整え、レイから届くものを待つ。

“ いくわよ ”

「うん」

“ 頭が少し痛むかも ”

「え? あ、まあ、うん・・・、たっ!?」

次の瞬間、矢継ぎ早にアスカの頭へと流れ込んできた。

「うわ、あ・・・、え・・・」

“ ・・・ ”

「・・・」

わずかの間戸惑ったものの、なんとか要領をつかみ、アスカも同様にしてレイへと返す。

複数同時に届けられる、様々なイメージ。

言葉ではなく、抽象的に簡略化された図形でのやり取り。

その結果、不慣れさゆえ、伝える情報に未整理な部分があったにもかかわらず、以下の内容をわずか数秒の内に済ませる事が出来た。

 

 

--- 私達だけではアダムに対抗出来ない。だから、まずは初号機と連絡を取る必要があるわ。みんなの魂を無事に救い出すためにも、エヴァ2体が連携しないと ---

--- そりゃあわかるけど、初号機が到着するまでにアダムが行動を起こしたら? アダムが月で使徒を生み出したり、どこか他の惑星に行って、なんて事もあるかもしれないじゃない ---

--- いいえ、アダムが地球を遠く離れる事はないわ。第一始祖民族は「生命の種」が管理の外へと飛び出していかないよう処置を施したの。アダムやリリスには「地球で生命を生み出すべし」という命令が、本能という形で刻まれてるのよ ---

--- そうなの? --

--- アダムが宇宙に飛び出しても、行けるのはせいぜい月までで、それを超えての移動は出来ないようになってる。しもべたる存在に、自由は与えられてないの ---

--- ふ〜ん、それはまた、なんていうかだわね。でも、初号機は実際に水星まで行けてるんだから問題ないんでしょうけど、弐号機とか、あんたは大丈夫なの? ---

---  そうね、弐号機の肉体はアダムのコピー、私の魂はリリスの魂で、プロテクトは同じようにかけられてた。でも、今は大丈夫、初号機のコアであるユイさんが、解除してくれたから ---

--- なるほどね、じゃあそれはOKと ---

--- アダムの行動目的に確信が持てない以上、様々な状況に備えないといけない。アダムが本当に使徒を新生しようとしてるのなら、月でエネルギーを得たあと、地球に戻って来るはず。その時に、ここを守る者がいなければ、それこそ最悪の状況になってしまう ---

--- で、肝心なのは、初号機が来るまでの間、私達だけでどうするかって事なのよね ---

--- ええ、そのために、ここからは役割を分担して行動するわ ---

--- 別々に? ---

--- まず、私は初号機と連絡をとる。今、初号機は地球に向かってるはずだから、アダムが月にいる事、それから、誤って攻撃しないよう、人の魂がアダムの中にある事を伝えないと。そのあとは、アダムの動向を見張って、なんらかの動きがあればすぐに伝える ---

--- うん、で、私は? まず、移動や戦闘に備えて、量子状態になっといた方がいいわよね。それと? ---

--- 人の魂を傷つけずにアダムの活動を止めるため、アスカには、ロンギヌスの槍を探して欲しいの ---

--- ロンギヌスの槍!? だって、それって初号機が持ってるんでしょ? ---

--- サードインパクトを起こすための儀式に使われた槍は、確かに、今は初号機の中にある。でも、それは、アダムの「白き月」に入ってた方 ---

--- あっ、そうか! リリスの「黒き月」にも槍があったのね!? ---

--- ええ、その槍は、「生命の種」に対する保安装置として、今もこの地球のどこかに眠ってるはず。でも、ゼーレもネルフも見つけられなかった ---

--- それを私が見つけるのか・・・。でも、なんで見つけられなかったんだろう? 槍って、本当に地球にあるの? ---

--- わからないわ。ただ単に見つけられなかったのか、あるいは− ---

--- 地球じゃなくて、月にあるのかもね ---

--- そうね・・・、「黒き月」を運んだ隕石にまぎれて、月の一部になってるのかもしれない ---

--- だとしたら、先にアダムが月で槍を見つけてしまうかも ---

--- それも大丈夫。アダムに槍のある場所を探知する事は出来ないわ。槍は「生命の種」が神に等しい力を得ないためのセキュリティとしてある。「生命の種」が好き勝手に出来ないよう、様々な制約が設けられているし、使用が許されているのは、あくまで第一始祖民族の認める範囲でしかない ---

--- なるほど、「第一」も色々考えてるってわけね ---

--- それに、使徒を全て倒し、人間が正当な主になった今、槍は人の管理下に置かれている。だから、その存在を探知し、呼び寄せる事が出来るのも、人の魂を持つものだけ。私には無理なの ---

--- そっか、うん・・・。じゃあ、私がやるしかないわよね ---

--- 大丈夫、今のアスカなら出来るわ ---

--- おだてなくたって、やるわよ。よしっ、さっさと見つけちゃうか! ---

 

 

やり取りを終え、早速行動を開始する。

移動すべく、アスカはエントリープラグから前方を見やった。

「・・・」

広がる海氷に点在するのは、先ほどまでが嘘のように沈黙する、幾多の量産機。

役目を終え、今度こそ本当に死の眠りへとついた。

「ちっ!」

累々と散らばる体を見渡し、アスカは思わず舌打ちをする。

自らの手でとどめをさせなかったくやしさと同時に、アスカは別の思いを様々に感じていた。

その内の1つは、馬鹿馬鹿しさ。

目の前に落ちるは、糸の切れた人形。

ただ、操られるために存在していただけの。

馬鹿馬鹿しい。

そんな存在に、恨みを抱いた自分。

なにより、そんな存在に、我が身を重ねてしまった自分に。

こいつらは、なにも思いはしない、なにも感じやしないのに。

それでも・・・、

(・・・委員ども打ち連れて

 神の畑をめぐる

 きよめられたシャベルで

 死んだ兵隊を掘る・・・)

とある詩人の言葉が、アスカの心に浮かんでいた。

(・・・星だっていつもありはしない

 あかつきが来る

 でも習ったとおり、兵隊、

 死地へ行進する・・・)

やっぱり、自分はこいつらとは違う。

ほら、こんなにも痛むじゃないか。

“ アスカ? ”

“ うん・・・、行こう ”

心のすみで、この光景がレイにはどのように映ったのか気になったのだが、知るための時間はない。

そうだ、戦いに勝ってから、聞く事にしよう。

アスカはそう思いながら、弐号機の歩を進めた。

 

 

「The Hermit」 第4話 終わり

 


 

後書き

 

さて、今年2014年は年です。

本編の最後にアスカが思い浮かべた詩ですが、これはドイツの劇作家にして詩人、ベルトルト・ブレヒトの「死んだ兵隊の伝説」より抜粋しました(訳は野村修氏)。
この詩は、第1次世界大戦時、陸軍病院に衛生兵として配属されていたブレヒトが、兵士達の間で当時流れていた噂をもとに書いたものです。
内容は、長引く戦いで戦力が不足したため、墓から死んだ兵士を掘り起こして戦わせようとしている、というもので、数百万もの犠牲者が出ているにもかかわらず、いつまでも終結しない戦争を
揶揄したものだそうです

次に、
レイとアスカが数秒の内に済ませた、「抽象的に簡略化された図形でのやり取り」というのは、筒井康隆先生の小説「七瀬ふたたび」より。
で、筒井先生がブレヒトの戯曲「肝っ玉おっ母とその子供たち」をもとに書いたのが、「
の首風雲録」です(なんとか出せた〜)。

 


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