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その前身は、始まりを紀元前2世紀頃にまでさかのぼる。

ユダヤ教のエッセネ派より分派した、この宗教団体は、同時期に存在したパリサイ派などの保守派が広く民衆に向けて教えを説いていたのとは対照的に、審査によって入信を許された者だけの共同体として、世俗との接触を避け、結婚や財産の私有を禁ずるなど、徹底した禁欲生活の中に身を置いた。畑を耕し、育てた羊から羊毛を刈り、家や陶器さえも自らの手で作り、厳格な戒律のもと、自立した生活を送っていた。

そんな彼らであったが、紀元8世紀の初頭、ゼーレという名の秘密結社へと姿を変え、活動を本格化してからは、貿易や金融など様々な商業にも進出、表のみならず裏からも、世界規模で拡大を続け、資金の獲得に努める事となる。また、選出者のみの限定ではあるが、結婚も許容された。すなわち、財産家や権力者との結びつきを密にするためである。

これほどの変節を善しとしたのは、もちろん、相応の大儀があればこそだ。

人の歩みはあまりに遅く、時は待ってはくれない。

成就を確たるものとするためだ、なにふり構ってなどいられない。

彼らの胸にあった、成すべき事。

宗教団体の発生から長き時を経る内、それは教義に基づく神話の1つ、我等に自身のありようを説くための寓意的教訓であろうと、信徒達の多くが考えるようになっていた。しかし、探し続けてきた預言書、死海文書と、それに続く裏死海文書の実在が明らかとなった時、神との契約たる「計画」が確かなものとしての輪郭を強め、彼らに行動するを促したのである。

ちなみに、ゼーレの所有する「死海文書」とは、1947年にエルサレムの東方、死海北西付近のクムランで発見されたのとは全くの別物だ。一般に存在を知られていた、クムランのそれは、紀元前1世紀頃に書かれた写本であって、原本ではない。原本は、1947年よりもはるか以前、彼らがゼーレとなる数十年前に発掘し、秘密裏に解読を進めていた物こそが、そうなのである。

ゼーレは、この原本を死海付近の地で発見した訳ではない。にもかかわらず、彼らが「死海文書」と呼んでいたのは、2000年代に入り、碇ゲンドウによって計画を進めるための具体的かつ詳細な進行内容が立案されたのを受け、存在を霧に隠すべく、コードネームとして使用したに過ぎない(言うまでもないが、「ロンギヌスの槍」もまた、ゴルゴダの丘でイエス・キリストの脇腹を刺した槍とは違う物である)。

さて、これは単なる偶然に過ぎないのだろうか。

ゼーレの前身である宗教団体は、その拠点を死海付近に構えており、周辺にも長きに渡って預言書捜索の手を広げていた。ところが、すぐそばの地に眠っていた写本ではなく、遠方の地にあった原本を手中に収めたという事なのである。

近隣であるクムランで、とある羊飼いの少年により写本が発見されたのを知ると、ゼーレの幹部達は、世間とは異なる歓喜に沸いた。

我々は、誤った道を歩まぬよう、偉大なる神によって導かれている。

彼らはそう信じ、彼らの父を賛美すると共に、忠誠を新たにした。

写本は原本の写しであるが、写した者の思惑が介在する場合もある。ゆえに、原本に記された内容の多く、計画の核となる預言については、ゼーレのみが知るものとなった。

やがて、死海文書に存在が示されていた、第1使徒アダムを南極大陸で発見した事により、確信はゆるぎないものとなる。

これこそが、我等の成すべき使命であったのだ。

我等は、このために、この地で苦しみに耐えながら生きてきた。

ゼーレが長きに渡って受け継いできた思想、それはキリスト教からは異端とされたもの、「グノーシス主義」と呼ばれるものの系譜に連なる。

すなわち、

「この世界は出来損ないの神によって造られた」というものだ。

 

 


 

 

至高神は唯一の光であった。

見せる形を持たず、呼ばるる名を持たず、ただ、彼はあるべくしてあった。

彼より他なるものは存在せず、動くものも他にはない。

ゆえに、それがいつ始まったのか、答えはない。

なぜなら、それまでは動くものがなく、すなわち、時も流れていなかったからだ。

至高神は考える事を始め、かくして、時が動き始めた。

彼は、実体ある世界を造り、これを実体ある生命で満たそうと考えた。

その理由は、我等が測るに及ばず。

ただ、成されたを知るのみである。

世界は造られ、ある時、この地を、至高神によって使わされた者が降り立った。

それは、生命を生み出す者、原型たる人間である。

最初の人間なので、彼は「アダム」と名づけられた。

原型のアダムは、この地へと赴く際、己が生み出す生命の核として、生命の実と知恵の実の内、永遠の命をもたらす生命の実を選んだ。

アダムは、この地にて、命ぜられし作業を進めた。

しかし、それは失敗に終わった。

アダムはいくつかの生命を生み出したが、そのどれもが醜い姿をしており、振る舞いは愚かであった。

様々な姿でありながら、皆が皆、同様にして粗暴であり、永遠の命を持ちながらも、長きに渡って知る事をせず、荒ぶる力持て、ひたすら争いに明け暮れた。

アダムの失敗を知ると、至高神は改めて別の原型を地に送った。

2番目の原型は、アダムの失敗作たる醜き生命達を地上から払う者として、「リリス」と名づけられた。

リリスはアダムと対を成す者であり、アダムの妻であった。

彼女は、生命の実と知恵の実の内、思考を紡ぐ知恵の実を、己が生み出す生命の核に選び、この地へ降りた。

そして、アダムと、アダムの生み出した生命達を、激しい風で吹き払い、地の中に眠らせた。

殺しはせず、眠らせただけである。

至高神からは、滅せよとは命じられなかった。

また、滅するにも、リリスにとってアダムは己が半身であったがためである。

アダム達を眠らせた彼女は、与えられた使命を果たすために動き、男と女、二つの生命を造った。

リリスは、男を「アダム」と名づけた。

これは、彼女の夫の名である。

そして、人間アダムの対を成す者として、女を「リリス」と名づけた。

これは、原型リリスの写しである。

彼女は、人間のアダムとリリスにこの地を生命で満たすよう命じた。

しかし、二人は動こうとはしなかった。

身の内に知恵を持ちながら、行動へと移す事が出来なかった。

これは、知恵を行動へと進めるための衝動、心魂の力が足りなかったがためであった。

すなわち、原型のリリスもまた、夫であるアダムに続き、失敗したのである。

しかし、彼女は知恵を持っており、その知恵を浅ましき行為に用いた。

彼女は自分の失敗を至高神に悟られぬよう、この地に偽りの楽園「エデン」を造り、生み出した生命をその中に隠したのである。

人間のアダムとリリスが暮らすための、実のなる木や清涼なる水を置き、二人にここで暮らすよう命じた。

原型リリスは時を稼ごうとしたのである。

自分の知恵によって、至高神が気づく前に事を収めようと、収められると考えた。

このように、浅ましきは総じて傲慢となるのである。

 

 


 

 

“ シンジ? ”

「え?」

“ どうしたの? なにか気になる事があるみたいね ”

「え、う、うん・・・」

ほの暗いエントリープラグで、自分の中へと響いてくる母の声に、あいまいにうなずく。

月において、アダムとの戦いを終えたシンジ達。

激しく消耗した四人は、地球への帰還を前に、シンジとユイは初号機、アスカとレイは弐号機にて、回復のための作業に入っていた。

シンジとアスカは、量子状態へと移行するため、まずは肉体の疲労をある程度まで回復させる。それから、エヴァのコアに入り、霊的エネルギーの補給へと段階を進ませる。

ユイは、量子状態化の作業に移ろうとしたところで、シンジに問いかけた。

コアからエネルギーを受け取りやすくするためには、平静な心の状態である事が望まれる。

しかし、シンジに気がかりがあるのを、ユイはその表情から読み取っていた。

「あの、さ・・・」

“ ええ、話して、シンジ ”

シンジは遠慮がちに言葉を始め、背中を押すようなユイの声に、先へと続ける。

「さっきの戦いで、奪われたコアとS2機関を取り返そうとして、半分のアダムの中に入った時・・・」

左アダムへと初号機の右手を侵入させ、シンジは目指す位置を探るべく、コアにいるレイの存在へと感覚を伸ばした。

そして、自分を呼ぶ声に導かれ、レイの元へとたどり着く事が出来た。

その時、彼女の声とは別に、

「なんていうか、その・・・、感じたんだ・・・」

アダムの体内を進む中で感じ取った、感覚。

「あの時は戦うのに精一杯で、はっきりとはわからなかった。考えてる余裕だって全然なかったし。でも・・・」

今にして振り返れば、やはりそうだと思える。

あとに聞いたあの声からも、どことなく同じような感覚を受けたのだから。

 

 

--- 行け、シンジ!---

 

 

「母さん、あのアダム・・・、もしかして、父さんだったのかな・・・?」

“ ・・・ ”

ユイは、わずかの間、沈黙した。

“ そうね、なんて言ったらいいのかしら・・・ ”

余計な動揺を与えぬよう、地球に戻ってから話そうと思っていたのだが、シンジはすでに気づいていた。

ユイ自身も感じ取っていた、あの感覚。

初号機の背中から生やした両腕で組み合い、右アダムからの侵蝕を防いでいる間、相手から伝わってきた、かすかな意識。

ゲンドウは、残っていたエネルギーのほとんどを戦いで消耗し、今は深い眠りについている。

それでも、父のいるコアへ疑念を抱いたまま入る事に、シンジはためらいがあった。

“ あなたが感じた通り、あれは、半分はゲンドウ、お父さんであったものよ ”

「半分は、って?」

“ ええ・・・、私もそれほどはっきり感じ取った訳じゃないから、これから話す事にも確証はないんだけど ”

「うん」

シンジがうなずくのを確かめると、ユイは話を続けた。

“ シンジ、あのアダムは魂がない状態だったわね。なのに、なぜあんなにも動けたのかしら? ”

「え・・・? あっ、そうか・・・」

言われてみればと、シンジは不思議に思う。

融合していたアダムとリリス。

しかし、どちらの魂も、あの体には存在していなかった。

アダムの魂は、セカンドインパクト時に肉体から分離し、第17使徒、渚カヲルの中にあった。

そして、リリスの魂は、綾波レイの中に。

にもかかわらず、あのアダムは、地球から月までの距離を飛び、「生命の種」からエネルギーを獲得すると、2体のエヴァと激戦を繰り広げた。

明らかに、意図をもっての行動。

“ アダムの遺伝子に刻まれた「本能」からの行動にしては、あまりにも知略が巡らされていて、最初は、融合したリリスの「知恵の実」が反応したのかと思ったんだけど、違った ”

「だったら、どうして?」

“ それはね、魂の代わりとなるものが存在して、それがアダムを動かしていたんだわ ”

「魂の代わりって、まさか、それが」

“ ええ・・・、それが、お父さんの「意志」だったのよ ”

ユイが宿る初号機との融合を図るべく、碇ゲンドウは禁忌を破らんとする。

禁忌と言えど、ゼーレが自分達の目的のために設けたに過ぎず、ゲンドウに躊躇などあろうはずもない。

アダムとリリスの融合。

右手に埋め込んだ胎児のアダムと、リリスの魂を持つレイを仲立ちとして、自身がリリスと融合、その身をもって、初号機と融合する。

使徒を全て倒した事で主となった、人の成す行為であれば、ロンギヌスの槍はセキュリティを働かせる事はなく、ゲンドウの目的も妨げられはしない。

しかし、レイがこれを拒絶、ゲンドウを残し、単体でリリスと融合した。

腹部に埋まっていたゲンドウの右手を、胎児のアダムと共に取り込んだままで。

“ 魂のない、ましてや胎児の状態であれば、自ら考えて動くはずもなかった。けれど、アダムとお父さんが一体となっていた間、きっと、お父さんの計画に対する強い意志、執着が、右手を通して伝わっていたのよ。それが残留思念となって、アダムの中で「仮の魂」とでも呼ぶべきものになっていった ”

「それって、ダミープラグみたいなもの?」

“ そうね、それが近いと思うわ。あくまで残留思念に過ぎないのだから、「人格」と呼べるまでのものが存在していたかは疑問だけど。もしかしたら、それこそ「知恵の実」が、なんらかの影響を及ぼしたのかもしれないわね ”

「じゃあ・・・、あの戦いは、父さんが、父さんの意志がやったものだっていうの?」

薄い闇が満ちるプラグの中、シンジは悲痛な表情を浮かべ、母に尋ねた。

ユイは、息子の心情を察しつつも、静かに答える。

“ そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えるわ ”

シンジの脳裏に浮かぶ、ユイが言った言葉。

「父さんが半分、って事・・・?」

“ あのアダムの中では、アダムの「本能」とお父さんの「意志」が融合していた。いえ、混濁していたという方が正しいかしら。だから、私もあなたも、あやふやにしか感じられなかったんだと思うの ”

アダムの「本能」は、人の魂を利用し、新たに使徒を生み出そうとしていた。

対して、ゲンドウの「意志」は、初号機と融合し、ユイとの再会を果たそうと、そして、神に等しい力を手に入れ、自分とユイの二人で人類を補完、進化へと導こうとしていた。

“ アダムにはアダムの、お父さんにはお父さんの成すべき事があった。そのために、「本能」と「意志」、この2つの間にせめぎ合いが生じた ”

「・・・」

“ 結果、あの戦いの時点において、アダムは初号機との融合を果たそうとしていたのよ。お父さんの「意志」が、かろうじて勝った状態だったのね。でも、もしも融合が達成されていたら、そのあとはどうなっていたのか・・・。今度はアダムの「本能」が勝って、「ヒト」に代わる、19番目の使徒が新たに生まれたのか、それとも、あのままお父さんの「意志」が勝って、人類の進化が行なわれたのか、それとも・・・。これはもう、今となっては誰にもわからない事ね ”

「でも・・・、もし、母さんの考える通りだとしたら・・・、あの時・・・」

シンジの中に残る、重いしこり。

弐号機からコアとS2機関を奪った左アダムは、それらを右アダムの体内に埋め込んだ。

右アダムの中に「生命の実」と「知恵の実」、そして、リリスの魂が存在した事で、ロンギヌスの槍はセキュリティを発動、「生命の種」であるアダムが神に等しい力を持たないよう、卵への還元を始めた。

それは、初号機の動きを封じるために、アダムが仕掛けた罠。

あの時、もしも、間に合わなかったら。

もしも、魂のリセットが行なわれたとしたら。

「あの行動が父さんの意志だったとしたら・・・、父さんは、綾波が、アスカのお母さんが、他の大勢の人達が・・・、消えてしまっても良かったんだろうか・・・」

半分に分かれたアダム、そのどちらにも、L.C.L.が、数億にも及ぶ人々の魂が捕らわれていた。

シンジは不安に駆られ、両手を強く握りしめる。

父さんは、魂がリセットされても構わなかったのか。

父さんの計画。

人の進化を促し、「ヒト」という種を存続させる。

それは、人々を救うためのものだったはず。

だけど・・・、

父さんが救いたかったのは、人類という「種」だったのか。

人間の核となる魂さえ救えれば、それで良かったのか。

そのために、大勢の人達の、心が、犠牲になったとしても・・・。

“ いいえ、そんな事はないわ ”

「え?」

“ って、これは私の中にある答えだけどね ”

「な、なんなのさ、それ?」

“ 覚えてる? あなたがコアを救い出した直後、アダムが初号機に侵蝕する出力を急激に上昇させたの ”

「うん、でも、それが?」

“ つまり、コアが救出されるまで、アダムは出力を抑えていたのよ ”

「それって、僕が助けられるように、待ってたって事?」

“ さあ、どうかしらね。そう考える事も出来るけど、私も最初は、初号機の消耗を待って、力を温存してたのかって思ったし、どっちが正解かはわからないわ ”

「え、あの、母さん?」

“ ね、シンジ・・・ ”

ユイは、口調を重く静かなものへと変えて言った。

“ 言った通り、これはあくまで私の中にある答えなの。様々な可能性がある中、あなたが同じ答えにたどり着くかどうかは、わからない ”

「・・・」

“ でもね、私の答えは決まってるの ”

ユイの言葉が、深く、シンジへと響く。

” 私の中には、私が見てきたあの人がいるから ”

 

 

 

 

その生い立ちを、ユイは知らされていない。

六分儀ゲンドウは、自分について話したがらない男だった。

大学時代に出会った当初も、話す内容といえば、二人が専攻する生物工学に関するものばかり。

他愛のない世間話すらも嫌っているような、愛想のない男。

友人と呼ぶのも過ぎる、そんな感じさえする。

しかし、不思議と、ユイには惹かれるものがあった。

ゲンドウと交流があるのを知ると、友人の多くはユイに繰り返し忠告した。

「あの男には近づかない方がいいわ」

「なんであなたみたいな人が、あんな男と」

「あの男、こんな事してたって噂よ」

等々、枚挙にいとまがない。

もちろん、友人達から告げられる話の数々に、心中穏やかとは言いがたかった。

しかし、ユイは、忠告に振り回される事も、無視を決め込む事もしなかった。

研究者にとって最も重要なのは、先入観や固定観念にとらわれないという自制だろう。

科学の世界では、これまでの常識や正誤があっさりと逆転する場合が多々存在する。

ゆえに、盲目的な、「これは正しい、これは間違っている」という思い込みは、思考や判断を歪ませ、誤った結論へと向かわせる危険性をはらんでいる。

大切なのは、どちらにも偏りを持たず、どちらをも受け止めた上で、最終的には自分自身の目で確かめる事。

そして、碇ユイは優れた研究者であった。

彼女の客観性の高さは、こと人間関係においても有効に働き、ゲンドウに向ける目を濁らせはしなかった。

だが、一方で、客観性を過信する事にも戒めを置く。

「客」観といえども、しょせんは「自分」という意識の産物なのだ。

結局のところ、最後は自分の心に従うしかない。

思考を重ね、けれど、思考に埋没せず、心の中心に残ったものを素直に感じ取る。

ユイは、ゲンドウをしっかりと見つめた。

彼の言葉や行動を、そこに隠れている本質を、目をそらさずに見つめようと努めた。

本人にとっても意外な事であるのだが、ユイがゲンドウという男の姿を見出したのは、彼の闇を知ってからであった。

確かに、この男が、ゼーレとの接点を得るため、関わりを持つ自分に近づいたのだと気づいた時は、少なからず衝撃に襲われたものだ。

普通であれば、即座に縁を断ち切っても良さそうなもの。

しかし、ユイには思うところがあった。

これは、抱き始めた淡い想いに対する未練なのではないか。

いや、そうではない。

それだけではなく、それよりももっと、なにか、とても大切な事だ。

そう、もう少しで、なにかが・・・。

もう、あと少しで・・・。

彼の思惑に気づいたのちも、それまでと変わらずに彼と接しながら、ユイはゲンドウを見つめ続けた。

すると、以前とは変化があらわれ始めたのである。

それは、暗闇の中にいて、次第に目が慣れていくようなものだろうか。

闇の存在を認識した事で、ユイには、かえってよく見えるようになった。

彼の目の奥に潜んでいたもの。

深い闇の中に、小さく、しかし、力強く灯る光。

彼の中にある光を、言葉から、行動から、かすかな片鱗ではあるものの、感じ取れるようになっていった。

結果として、ユイは、いっそうにゲンドウへの思慕を深める事となる。

偽りの中にも、真実がある。

その真実こそが、ユイにとってなににも勝るものであった。

 

 

「君があの男と並んで歩くとは」

「あら、冬月先生、あの人はとてもかわいい人なんですよ。みんな知らないだけです」

 

 

結婚の意志を告げた時、家族や友人からの反対は相当なものであった。

しかし、ユイの決心が揺らぐ事はなく、二人は結ばれる。

そして、2001年6月6日、二人は息子、シンジを授かった。

ユイは幸福だった。

息子であるシンジを愛し、夫であるゲンドウを愛した。

ゲンドウは変わらず愛想のない男であったが、戸惑いながらもシンジに接触を試みようとする様子は、ユイにとって微笑ましいものであった。

ユイは幸福だった。

この幸福が紡ぎだす未来を信じて、2004年6月18日、自身のエヴァ初号機接触実験を見せるべく、シンジを実験場に連れて来る。

 

 

 

 

そして、

11年の時を経て、ユイは知る。

“ サードインパクトで再会した時に、あの人は私に打ち明けてくれたの、これまでの事を、全て ”

 

 


 

 

至高神は光である。

世界の全てに届き、全てを照らした。

原型のリリスは、人間のアダムとリリスをエデンに隠しておけば、自分の失敗が至高神に悟られる事はないと考えた。

しかし、至高神は全てに届き、全てを照らすものである。

この地で起きた諸々においても、知らざるものはひとつとしてなかった。

ところが、至高神は原型リリスの愚行を暴く事をせず、さらには、彼女が気づかぬ内に、エデンへと我が身の光を伸ばし、その地にひと粒の種を植えた。

種はまたたく間に芽吹き、木となり、実をならせた。

原型のリリスは、自分が造った覚えのない木があるのを知り、不審に思った。

しかし、気づかれるはずはないという過信は、至高神に全てを打ち明け、許しを請うという決断を彼女にさせなかった。

彼女は、人間のアダムとリリスを呼ぶと、新しく生えた木の実を指差して言った。

「この実は私が作ったものとは違う。だから、お前達が食べれば死んでしまう。決して、食べてはならない」

二人は、造物主の言葉にただ従った。

しかし、知恵持つ身であるがゆえに、時が経つに連れ、彼らは気づき始めた。

「この実は私が作ったものとは違う」

この言葉。

この世界には、原型のリリスだけではない。

他にも、別の造物主が存在する。

始めは、そこまでを気づき、それより先の思考へとは進まなかった。

別の神があるのを知った、それだけあった。

認知がより明確な形となるには、まだ少しの時間を要した。

それでも、二人の中に芽生えたものは次第に形を作っていき、やがて、それは体の外へと出た。

ある時、二人のそばに、これまで見た事のない生き物が現われた。

手も足もなく、細長い紐のような体で、時折、口からは赤く鋭い舌を出している。

生き物は、禁じられた実を舌で指し示してから言った。

「なぜ、この実を食べないのだ?」

その言葉を聞いた二人は驚いた。

この世に生み出されて以来、命じられるのみであった彼らは、この時、初めて問われる事をされたのだ。

人間のアダムとリリスは、しばし戸惑っていたが、やがて、考え始めた。

どうして、食べないのか?

それは、造物主リリスが食べてはいけないと言ったから

どうして、食べてはいけないのか?

それは、食べると死んでしまうから

食べると死ぬ

死ぬ

死ぬ

それは、本当にそうなのか?

重ねて、細長い生き物は身をくねらせながら言った。

「お前達は、食べたいと思わないのか?」

二人は、再び考えた。

食べたい?

食べたい?

食べるものなら、他にも沢山ある

食べても死なないものが、食べる事を許されたものが、いくらでも

なのに

食べたい?

なぜだろう

食べたい

私は

この実が、食べたい

とたんに、細長い生き物の姿は消え、それが合図であるかのように、人間のアダムとリリスは歩き出した。

食べてはいけないと、食べれば死ぬと神に言われた実がなっている木に、二人は近づいて行った。

おそるおそる触れても、なにも起こらなかった。

木の実は、指に押されてかすかに揺れるのみ。

天からは、造物主の声も響いてこない。

つかんで、力を入れて引き寄せると、それまでの逡巡をあざ笑うかの如く、実はあっけないほどたやすく枝から離れた。

手の中にある実は、薄く光を発していた。

彼らは、突き動かされるように、それを口に入れた。

この実こそが、至高神が自身から分け与えし「光」である。

実がのどを通った瞬間、光は彼らの胸に宿った。

それはわずかな光であったが、二人の目を、耳を、鼻を、口を、開かせた。

開かれた彼らには、楽園の様子がこれまでになくはっきりとわかった。

空の色、地に生える草や木の葉の色は、そのどれもがくすんでいる。

木の実を食べ、水を飲んでも、今となっては味気なく感じる。

くすんだエデン。

実体のない、偽りの楽園。

そんな中にあって、人間のアダムとリリスは、互いの中でほのかに輝く光を認識していた。

小さくも、明るく確かな、白き光。

この時、二人は自分が裸である事に気づき、様々で複雑な感情を覚え、いちじくの葉を腰に巻いた。

すなわち、自分と自分以外とがあるのを、二人は初めて明確に認識したのである。

二人は、己が目で、相手をよく見ようとし、

己が耳で、相手の声をよく聞こうとし、

己が鼻で、相手の匂いを嗅ごうとし、

己が口で、相手に語りかける言葉を発しようとした。

やがて、原型のリリスは、人間のアダムとリリスの変化に気づいた。

彼らの目に、エデン、そして、造物主である自分に向ける、かすかな闇を見たのである。

彼女は全てを察し、激しい失望と嫉妬に支配された。

人間達が、言いつけを破り、禁断の実を食べた。

至高神の光が、自分にはないものが、これら人間達に与えられた。

自分の創造物が、今や自分を超え得る者となってしまった。

しょせん、自分は至高神の使い、しもべに過ぎないと思い知らされる。

失望と嫉妬は、理不尽な怒り、そして、恐れとなり、被造物へと向けられた。

人間のアダムとリリスは、原型リリスからの庇護を失い、エデンから追放された。

そして、怒りからの行為は、恐れからの呪いでもあった

原型のリリスは、二人が自分を超え、さらには地に眠る夫、アダムを見つけ出し、生命の実までも我がものとする事のないよう、彼らの中にある知恵の実を奪おうとした。

人間のアダムとリリスは、身の内にある光の力をもってすれば、強奪の手を振り払えもしただろう。

だが、心魂の力が足りなかったため、二人は至高神が与えし力の偉大さを信じきるに至らなかった。

ゆえに、守りは不充分となり、知恵の実のいくらかを、原型リリスに奪われてしまった。

光を授かりながらも、知恵薄き者となった彼らは、外の世界で自ら食料を得る事も、子を産み育てる事も、苦難の中で行なうを強いられた。

原型のリリスもまた、不遜の代償は支払うを免れず、至高神によって地の底での眠りがもたらされる。

人間は、低劣な神による支配から脱した。

されど、身の内にある光を増やす術に盲目となり、外の世界で子を産み、子が孫を産み、孫がまた子を産み、このように増えるに連れて、光はその数だけ分散し、小さきものとなってしまった。

すなわち、原型リリスの呪いは、なかば成就したのである。

 

 


 

 

ユイは見誤っていたのだろうか。

彼女がゲンドウの中に感じた光は、ただの幻影に過ぎなかったのか。

その答えを、出会いから十数年の時を経て、ユイは得る事となる。

“ お父さんは私に見せてくれたの、自分の心の中を ”

サードインパクトによる再会において、初号機の中へと入る前に、ゲンドウは自身の心を開き、ユイへと示した。

招き入れられたユイは、彼の心の中を、嘘偽りのない、彼自身を見た。

ゲンドウにとって、それは懺悔であったのだろう。

とはいえ、許しを得るためにではない。

許されるものではないと、彼自身、痛いほど承知していた。

ただ、隠してはおけない。

罪を心に置いたまま彼女のそばにいるなど、それこそ許されはしない。

“ あの人、ゲンドウは、二つの思いに迷う人だった。人を憎み続けて、それでも、憎みきれずに・・・ ”

若い頃より、彼の胸を占めていたのは、失望と怒りだった。

この世界の醜さに。

このような世界を甘んじて受け入れている、愚かな者どもに。

激しい失望は怒りに転じ、しばしば周囲とのいさかいを生んだ。

しかし、人を殴り、地にひれ伏させようとも、かえって苛立ちは増すばかりだった。

こんなのは、くだらないうさ晴らしでしかない。

俺が本当にしたいのは、こんな事じゃない。

欲しい。

力が欲しい。

全てをひっくり返すほどの、大きな力が。

夢想にも似た切望が、胸を焼く。

そんなある日、ゲンドウはふとしたきっかけで、主要国の政府や名だたる大企業の多くが、ある組織と係わりを持っているらしいとの情報を入手する。

その組織とは、名前も明らかではいない。

情報にしても出自があいまいで、馬鹿げた都市伝説の1つに過ぎないのかもしれない。

しかし、なにかが胸に引っかかる。

知りたいという欲求を捨てきる事が、どうしても出来ない。

ゲンドウは様々な方法を駆使し、謎の組織について調べ上げた。

その結果、組織の名が「ゼーレ」である事、莫大な資金を元に社会を裏から牛耳っている事、そして、ある巨大な計画を遂行しようとしている事を突き止めた。

計画。

詳細は不明だが、世界を変えるほどのものであるらしい。

世界を変える。

変えられるほどの、力が。

“ ゼーレの一員となり、下部組織だったゲヒルンの所長を務める中で、お父さんはゼーレが秘密裏に遂行しようとしている「計画」がなんなのか、その真の目的を探ろうとしてた。そして、ある時、遂に全容を知る事になったの ”

その科学的知識と部下職員に対する統率の手腕、そして、戦略的思考力の高さによって、ゼーレの中で着実に地位を高めていったゲンドウは、やがて、最高幹部達から、ある仕事を任される。

ゼーレの悲願、「人類補完計画」。

その具体的かつ詳細な進行内容の立案にあたって、ゲンドウは、最高機密である2つの預言書の閲覧を許される。

死海文書の中には、「生命の種」たるアダムとリリスの存在、アダムが生み出した14の生命体「使徒」、「ヒト」がリリスの生み出した生命体であるという事実、ロンギヌスの槍の役割、地球に生命を作り出すための手順等が記されていた。

そして、続く裏死海文書には、生命の創造になんらかのイレギュラーが生じた場合の対処法が記されていた。

これら2つは、いわゆる「書物」ではなかった。現代のような紙はもちろん、羊皮紙、パピルスの類ですらなく、文字も、表面に古代文字がいくつか刻まれているだけであった。

「月」によって「生命の種」と共に地球へ運ばれて来た預言書は、地球には存在しない物質で作られた石板であり、古代文字の指示に従って操作し、その表面に触れた者の脳に、石板が地球で記録したこれまでの経緯や、あらかじめインプットされていた情報等が、直接イメージとして伝わる仕組みになっていた。

これでは、ゼーレが発見と解析に長い年月を要したのも無理からぬ事。

そして、ゼーレの前身が、この預言書に「神の奇跡」を見たのも道理であろう。

“ 宗教団体から始まったゼーレは、預言書が伝えるイメージを自分達が長年信じてきた教義や神話に当てはめながら、「計画」として進めようとしていたの ”

ユイは哀切の思いに沈んだ。

ゼーレは、人の苦しみを目にし過ぎたのか。

過酷な生に疲れ果て、未来に絶望し、ゆえに、盲目的にすがってしまったのか。

“ 下位の神によって生み出された不完全な生命体である私達、人類が苦しみと滅びの呪縛から逃れるために、ゼーレは完全なる最高位の神に庇護を求めた ”

「・・・」

シンジは、固唾を呑んで、母の話を聞いていた。

声を発するのもためらわれるほど、ユイの言葉には苦渋が絡みついていた。

“ 彼らはあくまで敬虔な神の子であらんとした。自分達の運命の全てを、真なる父である、至高神にゆだねようとしたのよ・・・ ”

「・・・」

“ ゼーレにとっての原罪とは、彼らの神話にあるように、至高神が与えてくれた光の力を信じきれず、下位の神であるリリスの呪いを受けてしまった事。だから、至高神より救いを得るには、原罪を償うべく、至高神に対する絶対の信奉を示す必要があった ”

「・・・」

“ 下位神の生み出した使徒を全て倒し、「生命の実」を手に入れたのち、「生命の実」と「知恵の実」の両方を返上し、至高神の手によるゼロからの新生を授かる。全ての魂をリセットし、けがれも苦しみも、喜びや愛さえも捨てて、至高神が本来望んだ存在として、不足を補った完全なる魂の状態でやり直す。これが、彼ら、ゼーレの補完計画の中身だったのよ・・・ ”

「・・・そんな・・・」

本来、彼らは徹底した禁欲主義者であった。

世俗に惑わされぬよう、町より離れ、自らの手で生活を営み、財産は全て共有のものとして管理した。

それは、選ばれし者として、人々を導く決意の表われ。

結婚を禁じていたのは、たとえわずかな抵抗に過ぎなくとも、至高神より授かった光が人間の増加によって分散するのを抑えるためでもあった。

のちに商業へ進出、さらに、限定ではあれ結婚が許されたのは、あくまで組織を動かす資金や地位を得るという目的のためであり、無論、私欲によるものではない。

ただひたすら、神との契約に向けて動くを旨とする。

今の世界に望むものなどない。

この世界の愛など、呪いに過ぎない。

正しきは、神の愛が照らす道のみ。

全ては、我等が真なる父の導きのままに。

これこそが、人々を救うただ1つの道なのだ。

そして、

ゲンドウは、それでも良いと思った。

全ては消え、また新たに始まる。

それは死と同じ。

自分も、他の人間も、消える。

だが、それならそれでもいい。

死を恐れてなどいない。

自分が死んだのちも、この醜い世界が漫然と存在し続ける事の方が、我慢ならない。

苦しみや悲しみを垂れ流し続ける世界。

こぼれ落ちる涙を、平気で踏みにじる世界。

こんなものが存在していいはずがない。

ならば、いっそ。

全てを、白紙に。

そして、新たに始まるのなら。

今度こそ、誰も苦しまない世界に・・・。

・・・

・・・・・・

なのに、

いったい、なにが引っかかるというのだ?

“ お父さんは、ゼーレとは違う道を模索するようになった。人々の心を残したままで補完が出来ないだろうかと。そして至った結論は、2つの「実」を返上する事なく、初号機に神に等しい力を持たせ、人々の魂を群体として宿らせるというものだった。永遠の命を持った初号機の中で、個々の魂はそのままにひとつとして、いつの日か、欠けた心の補完が完了したのちに、進化した「ヒト」として再生出来るように ”

「・・・」

“ あの人はゼーレのやり方に反発を覚え、そして、拒絶した。人の心を残す道を、お父さんは選んだのよ ”

ユイは、ここまでをシンジに伝えた。

これ以上は、父と息子、二人の間で交わされるべきだと考えたからだ。

ユイには、もうずっと前から見えていた。

ゲンドウを迷わせたもの。

感じてきた失望も、怒りも、苛立ちも、全ての正体がこれであった。

ゲンドウの中にある、小さくも力強い光。

ゲンドウ自身、気づいていなかったもの。

しかし、ある存在によって、光は主張を始め、無視出来ないほどに強くなっていった。

ゼーレに近づくため、利用したに過ぎない。

愛してなどいない。

俺に、人を愛する資格などない。

なのに・・・。

彼女の、俺を見つめ、微笑みを浮かべる瞳。

俺の名を、静かに呼ぶ声。

そして、彼女の腕の中で安らいだ息を吐く、小さな子供。

俺の指をつかんだ、小さな手。

馬鹿な。

こんなもので、俺が・・・。

だが、ゲンドウは思い知る。

彼女の喪失が、どれほどのものを自分から奪っていったのかを。

2004年6月18日、エヴァ初号機の接触実験において、碇ユイがエントリープラグ内から消失する。

さらに、その光景を目撃した、当時まだ3歳になったばかりの息子シンジは、ショックのあまり、眼前で起こった事故の記憶を心の奥底に封じ込めると共に、感情を素直に表に出せなくなってしまった。

 

ほんのすこしまえまで、とってもたのしかった。

おかあさんが、「スゴイものをみせてあげる」って、いってたのに・・・。

ワクワクして、たのしくて、うれしかった。

なのに、いまは・・・、どうして、こんなにかなしいの・・・?

 

ゲンドウには、シンジを救う事が出来なかった。

どうすれば救えるのか、自分になにが出来るのか、全くわからなかった。

支えようと、伸ばす手に力が入らない。

抱きしめようとする、腕が前に上がらない。

自分自身の苦しみの、悲しみの大きさに押しつぶされ、ただ翻弄されるばかりで。

なんという間抜けだ。

醜い世界。

愚かな者達。

では、お前はどうなのだ?

お前こそ、苦しみや悲しみを救えない。

こぼれ落ちる涙を、受け止めてやる事さえ出来ないではないか。

俺も、弱い、ちっぽけな人間に過ぎなかった。

他の奴等と、なにも変わらない。

どうすればいい。

どうすればいいんだ。

お前のいない世界で、俺は・・・、ユイ・・・。

ゲンドウは思い知る。

自分がどれほどユイを愛しているのか、ゲンドウは、この時初めて気づいたのだ。

俺になにが出来る。

ユイは人の未来を信じていた。

この世界は存在する意味がある。

この世界に存在する人々は、存在する価値がある。

そうユイは信じ、そのために歩み続けていた。

ユイは、まだ死んではいない。

ユイの進んでいた道も、まだ消えてはいない。

ならば、俺がすべき事は・・・。

そして、

初号機の事故から数日ののち、ゲンドウの手により「人類補完計画」の進行案が立てられ、ゼーレへと提唱される。

表向きはゼーレの望みに従いながら、実際は、自身の望みと、ユイの願いを実現するために。

“ シンジ ”

エントリープラグに、光をまとった人の姿が浮かび上がる。

その顔は優しくも凛とした表情を浮かべ、正面からシンジを見据えていた。

“ お父さんを信じてとは言わない。あなたにも、他の人達にも、許されない事を数多くしてきた人だから ”

シンジは、我知らず目を伏せる。

“ でも、一度でいい、あの人の奥にあるものを、見てあげて・・・ ”

伝えながら、ユイの胸には再会時のゲンドウが浮かんでいた。

 

 

「済まなかったな、シンジ」

 

 

この一言を口にするまでに、どれほどのものを費やしてきたのだろう。

ゼーレに裏切りを悟られぬよう、自身の計画を着実に推進させるべく、あの人はなにもかもを投げうってきた。

本当に、不器用な人。

あの人は、自分自身を犠牲に差し出したのだ。

計画を成就させるためなら、どんな事でもしよう。

罪にまみれ、憎しみにまみれようとも、構わない。

許しを得られず、たとえ地獄に落ちようとも、構いはしない。

ただ、もう一度だけでいい、会えさえすれば。

自分は、それでいい。

 

 

「この時を・・・、ただひたすら待ち続けていた・・・。ようやく会えたな、ユイ

 

 

ゲンドウ・・・。

あの人は、そんな思いを抱きながら・・・。

そして、

自分の全てを捨て去りながら、それでも、残っていたものがあった。

謝罪の言葉。

思いは、あの人の中に、確かにあった。

あの頃から、変わらぬままに。

 

 

「子供の名前、考えてくれた?」

「ああ、男ならシンジ、女ならレイと名づける」

 

 

シンジにそっと顔を寄せて、ユイは告げる。

“ あなたには、お父さんにとってのあなたを、あなたにとってのお父さんを、しっかりと見て、そして、確かめて欲しい。あなた自身の答えを見つけるために ”

「・・・」

母の言葉に、シンジはゆっくりと顔を上げた。

第3新東京市で再会した父。

アダムの中にあった父。

初号機の中にいた父。

これまで自分が見てきた父の、真実はどこにあるのか。

いや、自分はまだ、なにも見ていないのではないか。

「僕には、まだよくわからない、父さんの事・・・。でも・・・」

シンジの目に、母の顔が映る。

「母さんには、ちゃんとわかってるんだね・・・」

“ ええ、ちゃんとね ”

シンジに向けて、力強く答えるユイ。

その、まっすぐな瞳が伝える。

真実を知るための術を。

「うん、それなら・・・」

霧が晴れたような笑みを浮かべ、シンジは母に言った。

「僕にだって、わかるはずだよね」

 

 

紡ぐよ 2015年!記念SS

「The Hermit」 第6話

 

 

月から地球へと帰還した四人は、「カプセル」を海より離れた砂浜に置いた。

人々の魂であるL.C.L.を取り込んだ、2体のアダム。

その2体をロンギヌスの槍で活動停止にし、A.T.フィールドで包んだ「カプセル」。

このままの状態で保管するのには理由がある。

まず、L.C.L.を海に戻す事は出来ない。なぜなら、賢者の石を作るための材料として、海水の「塩」が必要となるからだ。

塩の主成分である塩素とナトリウム(塩化ナトリウム)の内、ナトリウムの元となる花崗岩(かこうがん)が、太陽系においては地球以外にほとんど存在しない。これは、花崗岩の形成に水が必要なためであり、海のような大量の水を持つ地球だからこそ、塩も存在するのである。

そして、生命の源である海から生まれた塩は、地球上のほとんどの生物が生きていく上で欠かせない。

賢者の石の生成に「塩」が必要となるのは、まさにこれが理由であった。

純化された「硫黄」と「水銀」を「塩」によって結合させても、ただそれだけでは石の力が人の心へ作用する事はない。

なぜなら、石自体に生命が宿っていないからだ。

命あらばこそ、命あるものへと共振し、働きかける。

ゆえに、「硫黄」と「水銀」の力を統合したのち、「塩」が宿す生命の力を吹き込まなければならない。

また、石生成においては、2つを結合させる作業を行なうべく、初号機と弐号機も必要となる。

ゆえに、作業に携わる者以外の、人の魂をエヴァの中に入れてはおけない。

生成に関わるは、選ばれし者。

「硫黄」のシンジ、「水銀」のアスカ、そして、「塩」のレイのみ。

「これでOKっと! あ〜っ、おなかすいた!」

「カプセル」を安定させるように地面へ置くと、選ばれし者の1人が大きい声で言った。

「そういえば、僕も」

アスカの声に、シンジは自分も空腹なのに気づく。

最後に食事をしたのはいつだったろうか。

星空の下、この海岸で目覚めてから、ユイと再会し、明け方になって材料採取のために宇宙へ飛び、月でアダムと戦って、長い休息ののちに元いた場所へと戻った頃には、すでに太陽は沈んでいた。

量子状態でエヴァの中にいれば空腹にもならないのだが、まだまだ不慣れであり、状態を長時間維持するのが困難なため、アスカもシンジも、今は元の肉体に戻っていた。

コアの中で霊的エネルギーは補充出来たものの、肉体のエネルギーを得るには、やはり、食べなければならない。

“ あら、ゴメンなさい。すっかりウッカリしてたわ ”

食事を取る必要のないユイが、すまなそうに言う。

“ こっちは私達で見てるから、弐号機で街まで行って、なにか食べてくるといいわ。レイ、お願いね ”

“ はい ”

「あ、じゃあ、そうさせてもらいます♪」

「なるべくすぐ戻るから」

“ あら、ごゆっくりどうぞ。これからの作業もある事だし、しっかり栄養補給してきて ”

「うん」

シンジがエントリープラグから出ると、そばには初号機の大きな右手があった。

(大丈夫、だよね・・・)

おそるおそる触れてみるが、多少の熱さはあるものの、特に問題はなかった。エヴァを包んでいる「光の衣」は、今はわずかな光を発するに留まっている。

手のひらに乗って初号機を降りると、シンジは弐号機へと歩きながら考えていた。

(かなりゆっくりした方がイイかな・・・)

今、母さんは「私達」と言った。

「達」とは、もちろん、自分と父さんの事だ。

眠ってはいるけれど、父さんと共にする、二人だけの時間。

シンジの顔に、思わず笑みが浮かぶ。

そして、ふと思った。

僕はどうだろうか。

母さんと父さんのような強い繋がりを、作り出す事が出来るのだろうか。

弐号機の胸部、アスカとレイ、二人がいるエントリープラグのあたりを見上げながら、シンジは砂浜を進んだ。

「アスカ」

「ちょっと待ってて」

弐号機の足元で手を振るシンジに、アスカが答える。

まもなく、膝を突いた弐号機の、目の前に下ろされた右手に乗ると、シンジは挿入口のそばまで運ばれる。

プラグがイジェクトされ、さっそく乗り込もうとするジンジなのだが、アスカは重ねて、

「待って待って」

と言う。

「ちょっと指につかまってて」

「?」

指示に従い、両手で弐号機の指につかまりながら、シンジが首をかしげていると、

ブシューーーーッ!

という大きな音と共に、プラグ側面からL.C.L.が勢い良く噴き出した。

「わっ、え、なに!?」

思わず、全身で指にしがみつくシンジ。

すると、排出を終え、プラグのハッチが開いた。

「ハイ、お待たせ」

「う、うん」

こうして、シンジはようやく中へと入った。

「ねえ、今のなに?」

「だって、これから食事しようってのに、L.C.L.の匂いなんてしてたら台無しじゃない」

プラグ内では匂いを消し去るべく、換気が行なわれていた。

「ああ、なるほどね」

すでに鼻が慣れて感じなくなっていたので、自分は気にしていなかったのだが、こういうところはやはり女の子なのだと、シンジは柄にもなく感心していた。

エントリープラグを満たすL.C.L.は、エヴァとの神経接続を媒介するものであり、他には物理的衝撃を緩和する役割も担っている。

しかし、今となっては、L.C.L.もインターフェイス・ヘッドセットも、パイロットとコアの間に入るものなど必要ではない。

そして、宇宙の移動や月での戦いのように、衝撃緩和を必要とする状況でもない。

であれば、L.C.L.は血の匂い、確かに食事には向かない。

「じゃ、行こっか」

“ 碇君は、どこへ行きたい? ”

アスカとレイの声に、シンジは答える。

「そうだね、じゃあ」

行きたい場所は、もう決まっている。

アスカとも、希望は一致していた。

ユイに見送られ、三人を乗せた弐号機は空に舞うと、街へと向かって飛んだ。

海岸の砂がほとんど舞い上がらないほど、静かな飛行。

急ぐ必要などない、のんびりいけばいい。

「アスカ、お母さんはまだ?」

「うん、眠ってる。でも、いいの、もうすぐ会えるんだし、ゆっくり休んでてくれればね・・・。ところで、シンジ?」

「ん?」

「後ろ、座ったら?」

「えっ、ああ、うん、大丈夫、こっちの方がよく見えるから」

なにやらアタフタした様子で答えると、シートの脇に立ったまま、モニター越しに上空からの景色を眺めているシンジ。

「あ、そ」

不満そうにボソッと言うアスカだが、一方ではホッとしてもいた。

1つのシートに並んで座れるかと期待したものの、もしもシンジが真後ろに座ったら、ちゃんとエヴァを動かせたか自信がない。

今の態度から、シンジも意識しているのだとわかる。

思い返せば、来日した日、第6使徒ガギエルとの戦いでは、二人でコントロールレバーを握って、かなり密着した状態で弐号機を操縦した。

とはいえ、あの時は戦いに夢中だったし、出会ったばかりでシンジへの想いもなかった。

その後、勢いに任せてキスした事もあった。

振り返ると、なぜあんな事が出来たのか、自分でも信じられない。

もちろん、なんとも思っていなければ、キスなんかしない。

けれど、あれは、自分の中で揺れ動いてる気持ちを、苛立ちに任せて、ただぶつけただけ。

今はもう、あの頃とは違っている。

あの頃よりも、ずっと確かに。

(そういえば・・・)

月でアダムと戦った時、弱っていた自分を、量子状態のシンジが包んでくれた。

精神攻撃を受け、朦朧とした意識の中にあっても、その温かさは感じられた。

とても、気持ちが良かった。

それに、右手を握った両手の、力強さ。

(またあんな事されたら、もう、私・・・)

“ アスカ? ”

「ハイ!?」

“ 大丈夫? 弐号機がフラフラしてるけど ”

「だ、だいじょうぶだいじょうぶ」

アスカは赤くなった顔を落ち着かせようと、小さく深呼吸する。

とにかく、気を引きしめよう。

妄想にふけって、弐号機が落ちたりしたらいけない。

なにより、すぐそばにレイもいるのだから。

アスカはそう考えて、モヤモヤを胸の奥へしまい込む事にした。

「あ、あそこ」

やがて、シンジが指差すモニターの向こうに、街らしきものが見えてきた。

陽がすっかりと落ちた中、明かりは自動点灯する街灯や看板くらいのものであったが、それでも充分に確認出来た。

「本当だ・・・、元通りになってる」

シンジは感嘆の声でつぶやいた。

第3新東京市は、本来、地上から完全に消滅しているはずであった。

第16使徒アルミサエル戦の際、都市の大半はエヴァ零号機の自爆によって壊滅状態となり、まもなく市民の全てが他都市へと疎開して行った。

さらに、ゼーレとの戦いにおいて、ネルフ本部のあったジオフロント、その真の姿である「黒き月」を地上に現出させるべく、戦略自衛隊の投下したN2弾道弾の爆発、そして、量産機のS2機関解放により発生したアンチA.T.フィールドが、地面を深く、広範囲にわたってえぐった。

しかし、シンジとアスカが目覚めた海岸も、上空から見下ろしている街の景観も、部分的にではあるが、以前の姿を取り戻していた。

“ 碇君とアスカがこの世界を望んだから、復元されたの ”

レイが二人に伝える。

“ ただ、復元っていっても全てじゃない。今はまだ、二人の記憶に残ってた場所に限られてるけど ”

「じゃあ、これって僕達の記憶が元になってるの?」

「なるほど、「ソラリスの海」ってわけね」

シンジとアスカがさらに見てみると、元の姿を取り戻した建造物もあれば、崩壊したままのものもある。

復元されていたのは、二人にとって馴染みのあるものであった。

通学のための道路。

学校帰りに立ち寄ったコンビニや本屋、ゲームセンター、ハンバーガーショップ。

友人達と、一緒に遊び、食事をし、語り合い、笑い合った。

二人の思い出が宿る場所。

だが、すぐそばには瓦礫のままの場所が広がっており、復元した建物が存在する事で、かえって荒涼とした印象を強く抱かせる。

さらに、二人の記憶から遠ざかるに連れて、瓦礫すらなくなり、ただの砂漠のような地面が広がっている。

闇にポツンと浮かぶ。

これは、街の幻だ。

住む人が誰もいない、抜け殻の街。

「みんなが帰ってくれば、元の世界に戻るよ」

「元の世界じゃなくて、もっといい世界に、でしょ?」

“ そのために、賢者の石があるんだもの ”

「そうだよね、うん」

心の力による、世界の構築。

思いの強さによる、より良き世界への進展。

心の力が強くなれば、

皆が強き思いで願えば、

この街は、この世界は、新たなものへと甦る。

“ 見えてきたわ ”

「ああ、ちゃんと元通りだ」

「帰って来たね」

弐号機から見下ろす先に、彼らの目指す建物はあった。

コンフォート17マンション。

葛城ミサトが住み、共に暮らした場所。

マンション前の道路で弐号機から降りると、三人はエントランスへと向かった。

入口のドアを、シンジが制服のポケットから取り出したカードキーで開け、そのままエレベーターへと乗り込む。

着いた部屋は、11階のA−2号室。

玄関のドアが、いつもと変わらずに開く。

「・・・ただいま」

一歩を踏み出し、部屋の中へ入ると、シンジは小さくつぶやいた。

 

 

おかえりなさい

 

 

ミサトの事を思い出す。

今聞こえた声は、あの頃の記憶が呼び起こされたものなのだろうか。

それとも、「硫黄」の力によるものか。

シンジが後ろを振り返ってみると、アスカも寂しげな笑みを浮かべながら、シンジを見ている。

アスカも感じていた。

迎える声が、ちゃんと聞こえていた。

だが、これはミサト本人が発したものではない。

ネルフ本部での爆発によって肉体は消失したものの、彼女の魂は、死の寸前にレイによって救い出された。

そして、他の人々と同様、今はL.C.L.となって「カプセル」で眠っている。

この声は、ミサトが部屋に残していった「思い」。

家族のぬくもりを求めていた者へ、ぬくもりを求めていた自分自身へ、必要だった、言葉。

廊下を進み、キッチンの明かりをつける。

「でも、ここまで戻す事もなかったわよね・・・」

そう言って苦笑しながらも、アスカの表情には懐かしさがにじんでいた。

部屋の隅に置かれた、ビールの空き缶でいっぱいのゴミ袋。

「そうだね」

シンジも、アスカの言葉に笑ってうなずいた。

「さてと、じゃあ早速ご飯を、っと、その前にシャワー浴びないと」

シンジは制服の胸あたりを引っ張ったり、腕を鼻に近づけたりして確かめてみた。

やはり、まだL.C.L.の匂いが残っている。

シンジは先にシャワーを浴びると、制服から私服へと着替えた。

キッチンに戻って来た姿は、シンプルな白の半袖ワイシャツに紺のチノパンで、制服とあまり代わり映えしない感じが、シンジらしいと言えなくもない。

「よし、大丈夫みたいだ」

水道やガスが使えるのを確認する。

そして、料理を始める前に、シンジは言った。

「綾波」

“ え? ”

「元の体に戻った時に、今度は綾波の食べたいものを作るからね」

“ うん・・・、楽しみにしてる ”

レイはにっこりと微笑み、シンジに答えた。

「・・・」

そんな二人を見ながら、なにやら考えているアスカ。

「アスカ、なにが食べたい?」

「う〜ん、そうね・・・」

アスカは少しの間考えると、シンジにリクエストを伝えた。

「ん、わかった」

「じゃあ、頼んだからね」

そう言って、シンジの肩をポンと叩くと、アスカはキッチンに続くリビングへと歩き、テーブル付近を簡単に片付けてから、シャワーと着替えをしに風呂場へ向かった。

シンジは冷蔵庫から材料を取り出すと、料理を開始する。

レイは、シンジのそばに寄り添って、目の前で行なわれる作業に見入っている。

“ 上手ね ”

玉ねぎやニンジンがみじん切りになっていくのを、感心した様子で見ているレイに、シンジは照れ笑いを浮かべながら言った。

「たいした事ないよ。必要に迫られて、繰り返しやってる内に出来るようになったってだけでさ」

“ でも、上手よ ”

レイは、重ねてシンジに言う。

人が料理を作っているのを見たのは、これが初めてだ。

これまで食事といえば、近所のコンビニでパンや弁当を買い、不足する栄養素はサプリメントで補うという、すでに形になったものを口に運ぶだけ。

以前、落下する第10使徒サハクィエルを受け止めたあと、ミサトに「ご褒美」として屋台のラーメンをおごってもらった事があるが、あれは出来合いの材料をどんぶりに入れるというもので、レイには、料理というより「組み立てている」といった印象だった。

シンジも、もちろんプロ級の腕前というわけではない。

ぎこちない動作が、時折混ざる。

しかし、だからこそ、人の手が作り出しているという実感を強く抱いた。

レイは、そっと、自分の手を見る。

私は、今まで、なにかを作り出した事があるだろうか。

私にも、なにかを生み出す事が出来るのだろうか。

「まあ、好きでやってたわけじゃないけど、出来るようになると、なんか楽しくなってきたかな。1つの事が出来るようになると、色んな料理が作れるようになるしね」

刻んだ材料をボウルに入れて混ぜながら、シンジはレイの方を向いて言った。

「やっぱり、どうせやるんなら、楽しんだ方がいいよね」

シンジの言葉に、レイはうなずいた。

“ うん、そうね ”

言葉が伝える思い。

自分の、自分達の、これから。

そうだ。

どうせ生きるのなら。

「それでさ」

“ え? ”

「綾波、料理に興味あるみたいだけど、僕で良ければ教えてあげるよ。きっと楽しいから」

わずかに緊張した様子でシンジが言う。

顔はボウルに向いたままだが、それでも、しっかりと伝わっていた。

“ うん、私も料理してみたい ”

レイは笑顔で答えた。

期待に胸が躍る。

かつては見えなかったものが、今は見える。

明日が、見える。

「ふ〜っ、サッパリした!」

しばらくすると、風呂上りのアスカがリビングに戻って来た。

着替えを済ませ、それまで身に着けていたプラグスーツから、ピンクのTシャツとレモンイエローのクロップドパンツ(七分丈)に変わっている。

「もうちょっとで出来るから」

シンジはリビングの方を向いて言うと、料理を続けた。

目に入った物に、胸が鈍く痛む。

アスカの左眼と右腕に巻かれていた包帯。

新しいものに交換されたそれは、際立つ白さで存在を主張していた。

アスカは痛がる様子を見せてはいない。

けれど、やはり、まだ痛みはあるのだろう。

だから、がんばって料理を作ろう。

おいしいと、喜んでもらえるように。

それで、少しでも忘れさせる事が出来たなら。

「お待たせ」

やがて、料理が出来上がり、シンジとアスカはリビングのテーブルにそれらを並べていった。

メニューは、アスカがリクエストしたもの。

豆腐ハンバーグのマッシュルーム入りホワイトソースがけ、グリーンアスパラとトマトのサラダ+オニオンドレッシング、ナスとわかめの味噌汁、それと、ご飯。

シンジがテーブルに座ると、反対側にアスカとレイが座る。

「さてと、レイ」

“ え? ”

「ほら、繋がって」

そう言うと、アスカは自分を指差した。

「さ、綾波」

同じく、レイを促すシンジ。

食べたいものを尋ね、アスカに肩を叩かれた時、「圧縮」で伝わってきた意図。

なるほど、だから野菜だけのメニューなのか。

シンジは理解し、いつも以上に張り切って作った。

アスカも、そして、レイも一緒に、味を楽しんでもらえるように。

「水星のシンジと繋がった時、視覚を共有したでしょ? 水星と月が同時に見えてたあれ。で、視覚が共有出来るなら、味覚なんかもイケるんじゃないかと思ってね。これなら肉嫌いなあんたでも大丈夫でしょ?」

繋がって、アスカとレイが状態を確かめる。

まずはメインの豆腐ハンバーグ、ホワイトソースをたっぷりつけて。

一度深呼吸をしてから、右手に持った箸で、自分の口にハンバーグを運ぶアスカ。

目を閉じて、味覚に意識を集中させるレイ。

すると、

“ ・・・ ”

「綾波、どう?」

緊張した表情で尋ねるシンジ。

味覚はちゃんと届いているだろうか。

料理の味は気に入ってくれるだろうか。

“ ・・・おいしい・・・ ”

目を大きく開き、レイがうなづく。

「やった!」

思わず手を叩くシンジ。

アスカは、左手でガッツポーズをしながら、満足げな表情を浮かべた。

「よし、成功ね!」

“ うん、ありがとう、アスカ ”

「いいのよ、まあ、仲間外れにしちゃったら、こっちもなんか気まずいしね」

レイの言葉に、照れ隠しで返すアスカ。

“ 碇君も、ありがとう ”

「良かったね、綾波。さ、食べよう」

シンジに促され、三人で食事を始める。

「それじゃあ、いただきます」

「いただきま〜すっ」

“ いただきます ”

アスカが、改めてハンバーグを口に運ぶ。

アスカとレイの味覚で、ふんわり淡白な豆腐の味と濃厚なホワイトソースの味が絡み合って共有される。

次に、サラダ。

トマトの酸味とオニオンドレッシングの甘み、アスパラガスの歯切れの良い食感も伝わる。

ご飯を食べ、それから、味噌汁を飲む。

ナスが味噌のまろやかな塩加減に包まれているのを感じる。

優しい味がする。

料理を通して、アスカとレイに、作った人の気持ちが届く。

自分も料理を食べながら、シンジは二人の様子を眺めていた。

レイがアスカと同じように口を動かしているので、思わず噴き出しそうになる。

「綾波、おいしい?」

“ うん、おいしい、とっても ”

シンジに伝え、そして、アスカにも伝える。

レイは初めての感覚を心ゆくまで味わっていた。

食事をおいしいと感じる事。

おいしい食事を、楽しいと感じる事を。

「そう、良かった。アスカはどう?」

「まあ、ね」

「ん?」

「まあ、なんていうか、すっごくおいしい」

アスカは、箸を運ぶ手を止めずに答える。

「うん、たくさん食べて」

二人が味わっている様子を見て、シンジは充足感に満たされていた。

やっぱり、楽しい。

色々な料理が作れるようになる。

自分が作った料理を、おいしいと言ってくれる人がいる。

好きで始めたのではなくても、楽しくする事は出来るのだ。

「あっ、もう」

と突然、アスカの箸が動きを止めた。

左手が押さえる右腕は、新しく巻いた包帯がほどけてしまっていた。

自分ひとりで、利き手とは違う手だけでやったため、巻き方が雑になってしまった。そのせいで、食事で腕を動かしている内に、少しずつ包帯がずれてきたのだ。

「僕がやるよ」

そう申し出たシンジに対して、

「い、いいわよ、自分でするから」

と、少し強めに遠慮すると、アスカは自分の部屋へ戻ろうと腰を浮かせる。

「いいから」

しかし、シンジはそんなアスカを引き止めた。

素早く左の肘をつかむと、そのまま軽く引いて座らせる。

「ちょっ!?」

「大丈夫」

顔が赤くなるアスカに対して、シンジは右腕を引き寄せ、包帯と、当てていた被覆材(ひふくざい。傷口を保護するために覆うもの)をゆっくりと外した。

(・・・やっぱり・・・)

シンジの胸は痛んだが、顔には出さないよう努めた。

手から二の腕にかけて大きく残る傷跡。

エヴァ量産機に母キョウコと二人だけで戦いを挑んだ結果、弐号機は9体が投げるロンギヌスの槍を全身に受けた。

(僕が助けに行かなかったせいで・・・)

苦渋を浮かべそうになるのを懸命にこらえるシンジ。

傷跡を見せようとしなかったのは、自分に苦しい思いをさせたくなかったからだと、不思議とアスカの気持ちがわかる。

だから、「ごめん」という言葉は、決して口にしてはならない。

それは、彼女が一番聞きたくない言葉だろうから。

「別にたいして痛いわけでもないのよ。戦ってる時なんか、すっかり忘れてたくらいだし」

早めの口調で言うアスカだが、シンジは、包帯を巻こうともせず、黙って傷跡を見つめている。

「シンジ?」

「・・・このまま・・・」

アスカの呼びかけにそれだけを言い、シンジはまた黙り込んだ。

そして、自分の右手をアスカの右腕にそっと置く。

シンジの手が、優しくアスカに触れる。

「え、シン、あの・・・」

赤い顔で所在なげにしているアスカ。

そして、アスカの腕を、そこに残る傷跡を、じっと見つめているシンジ。

“ 碇君、私も ”

シンジの手へと重ねるように、レイも自分の右手をかざす。

「二人共、なにして・・・、あ・・・」

やがて、変化が訪れた。

アスカの右腕が徐々に温かくなっていく。

腕だけでなく、ぬくもりが、全身へと行き渡っていく。

「・・・」

“ ・・・ ”

出来るかどうか、シンジに確信はなかった。

ただ、感覚が伝えられるのなら、同様に回復のイメージを伝える事で、もしかしたら、アスカの身体上に再現出来るのでは、と。

初めはうまくいかず、なかなか変化があらわれなかった。

しかし、レイの助けを得て、傷跡を見つめ続ける内に、シンジはわかった。

体の傷を直せば良いと思っていたが、そうではない。

この傷跡は、「幻影」だ。

量産機の槍を受けた時、アスカは自分の右腕が縦に裂けていくのを見た。

それは、高いシンクロ率で弐号機と一体化したがゆえに感じた偽りの感覚であった。

それでも、強烈な思い込みは身体に影響を与え、実際に「傷跡」として現われたのだ。

今も消えないのは、まだ心の傷が残っているから。

アスカの、腕の傷跡を隠そうとした気持ちが感じ取れた時、シンジは彼女が自分と繋がるのを無意識の内に拒んでいるのにも気づいていた。

今なら理由がわかる。

アスカが見せたくなかったのは、体の傷だけではなかった。

もしも、心に残っている傷を知られたらと、その事を無意識の内に恐れたのだ。

しかし、今のシンジには、アスカの心の奥底にまで潜れるほどの力はない。

賢者の石になる前の、材料の1つである「硫黄」の力を、ほんの少し使えているに過ぎない。

なにより、彼女が望まないのであれば、むやみに踏み入るような真似など出来るはずがない。

だから、シンジは自分の願いをただ伝えた。

アスカの全身に向けて、アスカから痛みを取り除きたいという願いを、ただひたすらに。

同じ願いである、レイと力を合わせながら。

「・・・」

アスカは、全身を満たすぬくもりに浸っていた。

頑なだった自分が、少しずつ解けていく。

シンジを、レイを、他者を拒み、攻撃してきた。

自分の弱さを隠すために。

その結果が、この傷、この痛みだ。

この世界で生きていくと決めた。

大切なものをあきらめないと決めた。

そう母と約束したから。

けれど、まだ奥底に残っている。

ふとした瞬間に、意識にのぼる。

私は、生きていてもいいのだろうか。

私は、そばにいてもいいのだろうか。

 

 

いいよ

 

 

と、シンジの意識が、レイの意識が、言ってくれているように感じる。

ただの思い込み、そう思っていたいだけなのかもしれない。

・・・いや、そうじゃない。

あたたかいと、私は確かに感じている。

信じてみよう。

このぬくもりが真実であると。

自分から手放すような真似は、もう、したくない。

「・・・どう、アスカ?」

“ 痛みは和らいでる? ”

シンジとレイの問いかけに、アスカは、ほっと息を吐きながら答えた。

「うん・・・、なんだか、痛みがずいぶんと減ったみたい」

右腕を見ると、傷跡はほとんど目立たないまでに消え失せていた。

2、3度、手を開いたり閉じたりしてみる。

「なんか・・・、血が通ってるって感じがする」

体が自分のもとへと戻ってきたような感覚。

「こっちも取るよ」

そう言って、シンジは、ゆっくりとアスカの左眼を覆っていた包帯を外す。

「・・・うん、こっちもきれいになってる。目は大丈夫? ちゃんと見える?」

「うん、よく見える」

「ああ・・・、やった!」

“ 良かった、アスカ! ”

心から安堵した様子のシンジとレイが、喜びの笑みを浮かべる。

「・・・」

両の目で、アスカはそっとシンジを見つめた。

シンジが触れていた右腕に、そっと触れる。

まだ痛い、その理由はわかっている。

胸に残る、切ない痛み。

けれど、これは大切な痛みだ。

だから、今は、これで。

「ありがとう・・・、シンジ」

嬉しくて、

素直に言えた。

素直に笑えた。

それが、とても嬉しかった。

「・・・え、う、うん、どういたしまして」

一瞬返事が遅れ、落ち着かない様子でシンジは答える。

「でも、綾波が手伝ってくれたおかげだよ。僕だけだったら、出来たかどうかわからなかった」

「うん、レイもありがとう」

“ うん・・・ ”

嬉しそうに微笑みを返すレイ。

アスカの、心からの笑顔。

それは、アスカが望んでいたもの。

 

 

「私にも、あんたみたいな笑顔、出来るのかな・・・」

 

 

レイは自分の右手を見る。

胸が熱くなる。

シンジと力を合わせ、この手で、生み出せたものに。

「さ、ご飯食べよ。せっかくの料理が冷めちゃうもん」

“ うん、食べよう ”

「そうだね、食べよう」

そして、三人が食事を再開する。

いつにも増して、味わい深い食事が進む。

それは、アスカやレイはもちろん、シンジにとっても同じであった。

アスカと一緒に、レイに味を伝えられた。

レイと一緒に、アスカから傷を取り除けた。

力を合わせて、喜びをもたらすために。

そして得られた、大きな実り。

会話が弾む間にも、ふと心に浮かび、シンジの鼓動は強くなる。

アスカが初めて見せた笑顔。

まっすぐで、柔らかくて、キラキラとして。

その飾らない輝きに、思わず見入ってしまった。

レイの笑顔もそうだ。

楽しそうで、嬉しそうで。

これまでのような、儚げなものとは違う。

明るく、晴れやかな空気に包まれて。

どちらの笑顔も、シンジの胸を温かくする光。

自分が誰かのために出来た事が、嬉しい。

彼女達のために出来たという事が、こんなにも嬉しい。

喜びと共に、さらなる思いが、シンジの胸に沸き起こる。

二人の笑顔を、もっと見たい。

そのために、僕はなにが出来るだろう。

知りたい。

もっと二人の気持ちがわかるように。

二人を、もっと知りたい。

「あれ、もうこんな時間なの? なんかずいぶんおしゃべりしちゃった」

“ 帰らなくて大丈夫かしら? ”

「うん、いいんだ。その方が母さんも嬉しいと思うし」

“ それって? ”

「あのさ、さっき、母さんが街で食べて来てって言った時に・・・」

“ そう、それで「達」だったのね ”

「てことは、ユイさん、碇指令と夫婦水入らずってわけね」

「うん、だからさ、もう少しここにいてもいいと思うんだ」

“ うん、そうね。なら、もう少し ”

「じゃあ、遠慮なく話の続きしましょ。それでね・・・」

食事を終えてしばらく経っても、三人はミサトのマンションで会話を続けていた。

中身は、他愛もないおしゃべり。

しかし、これまでの彼らにはなかった時間。

「だから、二人共、もっとオシャレとかしたらって話よ」

“ 私、制服しか持ってない ”

「う、まあ、レイはしょうがないとして、シンジ、あんたのその服」

「え、なんかおかしい?」

「おかしくないのが問題、っていうか、制服とちっとも代わり映えしなくて、面白みってもんがないのよね」

「別に面白くなくても・・・。あんまりよくわかんないんだよ、ファッションとかって」

“ 私も、よくわからない ”

「っていうか、アスカだって、そんなに詳しかったっけ?」

「しょうがないわね、じゃあ、レイには私がみっちりと教えてあげるわ。このドイツ仕込みのファッションセンスでね!」

「ドイツにファッションのイメージってないんだけど」

「そこ、静かに。いいわね、レイ?」

“ うん、お願い ”

「色々と忙しくなるね、綾波」

“ ええ、そうね ”

「アラ、なんか引っかかるわね。なによ、そのアイコンタクトは? なによ、その「色々」ってのは?」

「ああ、僕の方は、綾波に料理を教える事になってるんだ」

“ うん、碇君に教えてもらうの ”

「なっ、いつの間に!? ちょっと、なんで私は誘わないのよ!」

「誘ったよ。いつだったか誘ったけど、アスカ、「あんたバカぁ?」って」

「どんだけ昔の話してんのよ、あん時と今とじゃ状況が違うのよ」

「違うって、なにが?」

時計の針が進んでいく。

テーブルを囲んで、三人。

これほど話した事は、今までなかった。

なのに、まだ尽きない。

もう少し、まだ少し、ここにいよう。

「ユイやゲンドウのため」という、恩恵にあずかって。

この時を続けたいと望む、自分自身のために。

 

 

「The Hermit」 第6話 終わり

 


 

後書き

 

さて、今年2015年は年です。
本編に「
」が出てるから、もうそれでいいか、と思わなくもないですが、もうちょっとこじつけてみたりして(もはや誰のためでもない)。

TV版脚本の段階で、ゼーレはエッセネ派の一支流に連なるという設定だったのが、放送コードの関係で無し!て事になったらしいです。で、その後、中世暗黒時代に発生したとある宗教団体が秘密結社化して、という話になりました。でも、ヨーロッパの中世って1000年位(5〜15世紀)もあって、えらい範囲が広過ぎじゃないですか(「暗黒時代」というのは、中世のあと、ルネサンス初期の人が「昔の古代ギリシア・ローマ文化の方が良かったよね」って考えてそう呼んだだけで、実際に中世が暗い時代だったわけではありません)。
で、こちらでは紀元8世紀をゼーレとしての始まりって事にしたんですが、これは「
」が十二支の8番目だから、じゃあって、そんだけ。

ちなみに、ゼーレの元となる宗教団体の神話において、最初の人間として「アダム」、アダムの作った生命を払う者として「リリス」と名づけられたというのは、アダムがヘブライ語の「人」、リリスがシュメール語の「風」を語源としている(らしい)というところから。

ゼーレの基盤を成すグノーシス主義とは、この世界を「不完全(悪)なもの」として捉える思想です。このグノーシス的世界観を描いた作家というと、第1話の後書きでも書いた、怪奇作家H・P・ラヴクラフトが有名ですが、もう1人、SF作家のフィリップ・K・ディックがいます。彼も、後期に発表した「ヴァリス3部作(「ヴァリス」、「聖なる侵入」、「ティモシー・アーチャーの転生」)」でグノーシス的世界を色濃く展開しています。
で、彼の作品で最も有名なものの1つといえば、映画「ブレードランナー」の原作、「アンドロイドは電気
の夢を見るか?」ですよね。

SF作家繋がりで。
復元された街を見てアスカが言った「ソラリスの海」というのは、これも映画「惑星ソラリス」で有名な、スタニスワフ・レムの小説「ソラリスの陽のもとに」より。
この小説は「ファーストコンタクト3部作」と呼ばれるものの2作目で、1作目は「エデン」、3作目は「砂漠の惑星」というタイトルです。
それはともかく、レムとラム(子
)って似てるよね。

さて、この話では、ゲンドウが自らを犠牲にして計画を遂行させた、みたいな感じになっていますが、キリスト教で「神の子」といえば、人々のために犠牲となったイエス・キリストを指します。
つまり、ゲンドウ=イエスの「意志」で動いていたアダムがロンギヌスの槍に刺されたというのは、ある意味必然であったのだな、というわけで。

もうないかな?
じゃあ、次。

ここからは、創作秘話的なものをちょろっと。
話を書く上で念頭に置いていたキーワードについて。
もちろん、読まなくたって生きていけます。
長々書いてますが、正確かどうかもわかりません。

 

■認知バイアス
これは心理学の用語で、「過去に得た知識や経験、あるいは個人の都合からくる思い込みによって、無意識の内に思考や判断が歪められる傾向」の事。要は「人って自分が思いたいように思うよね」です。
認知バイアスは色々な種類があるのですが、その中から2つほど。

=確証バイアス=
これは、「正しいと思っている事柄に対して、それを支持する情報だけを認知しようとする傾向」の事です。
典型的な例と言われているものだと、血液型による性格診断がそうです。たとえば「A型は几帳面だ」と思っている人は、几帳面じゃないA型の人を見ても無意識の内に「見なかった事」にしてしまい、「几帳面なA型」を見た時だけ記憶に留めようとするのです。

=錯誤相関=
こちらは、「なんら関連性のない複数の物事を、関連があるように思い込む傾向」の事。
単なる偶然の出来事に「運命」を感じたり(クリスマスの夜に、街中で偶然好きな人とばったり)、ジンクスやゲン担ぎ(大事な仕事の時には、この靴下)のように、冷静に考えれば「んなの関係ないジャン」というような事を成功の拠り所にしたりするというものですが、これらは往々にして強い不安やストレス下にあると起こりやすいようです。

本編では、ゼーレの行動がまさにこの認知バイアスの影響下にある、という感じで書いています。預言書の内容が自分達の教義や神話と関連性を持っていると信じ込む⇒いくら内容に共通する部分があっても無関係の可能性はあるのに、それについては考えない、とか、写本じゃなくて原本を発掘した事で「神に導かれている」と思い込む⇒単なる偶然かもしれないのに、「神の意思」を確信する、とか。

これらは誰にでも起こり得るもので、認知バイアスに陥らないようにするのは非常に難しいのですが、それでも、相反する情報にも目を向けるなど、第三者的視点、客観性の維持を心がける事で、いくらかは回避出来るようです。

ユイはそれでうまくいきましたが、さて、アスカが感じた「ぬくもり」の方はどうなん?
まあ、「思い込みかも・・・」って思ってるから、大丈夫かな。

 

■反抗期
今回のストーリーを人の成長に当てはめたらどうか、と考えてみたのですが、そこで浮かんだのが「反抗期」です。

アダムとリリスのエデン追放は、第一次反抗期。
これは、2〜4歳の、自我が芽生え始める時期で、「反抗したい」というよりは「(親に命令されず)自分の思い通りに行動したい」という気持ちが生まれます。
そして、同じ頃から、家を出て、外の世界(幼稚園とか)に触れるようになります。

これに対して、第二次反抗期は、ゲンドウのゼーレに対する謀反がそれ。
第一次は親や年長者が対象となるのに対し、第二次は自分を取り巻く社会や権威が対象になると言われています。自分という存在について悩んだり、自己主張が常識やルールといった既存の概念への反発という形で表われたりします。
そして、この時期、13〜15歳というのは、異性を強く意識したり、恋愛の感情を抱くという、思春期と重なります。

さらに考えると、シンジとアスカ(3〜4歳で母を亡くし、14歳で使徒との戦いに駆り出される)というのは、反抗期を迎える機会を逸した(自我が育たず、親から自立出来ない)子供という事になるのでは、なんて思ったりして。
なにより、親から自立出来ていないというのは、ゼーレがまさにそれなわけで。
まあ、これ以上追求するとヤバそうなので、このくらいで(「君子、宗教に近寄らず」って言うし)。

 

最後は、ちょっとイイ話。
■シンクロニー現象
これは、仲の良い者同士が、無意識の内に同じしぐさやしゃべり方をするようになるというものです。
アスカが食べるのに合わせてレイも同じように口を動かしていたのは、単なるお笑い狙いではないという事で。

 


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