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「“MIRAI”作戦。『巳へと落ちる雷』で“巳雷”か」

「・・・」

「『ラミエル』に対するに“雷”とは。赤木君も、皮肉な名前を付けたものだな」

「ああ」

「しかし、伊吹君はすでにフェイズ2に移行しているが、日向君の方は大丈夫だろうか」

「心配する事はない。この戦いでクリアするさ」

「だと、いいがな・・・」

 

EVANGELION MM

 

午前9時40分。

快晴の空の下、東富士演習場の滑走路では、エヴァ初号機を輸送する専用機が発進の準備を進めていた。

体全体を主翼とする大型の全翼機。その漆黒の胴体の中央部にはジェットエンジンが四基、そして、翼の両端には離陸時の推力不足を補うためのロケットブースタが装備されている。胴体の後部にはD型装備に身を包んだ初号機がロックボルトにより固定されており、背中には輸送機内の非常用電源バッテリーから延びているアンビリカルケーブルがつながっている。

マコトは初号機のコックピットで待機していた。

輸送機に固定された状態であれば、スクリーンに映るのは味気のない地面しかなく、あとは、通信回線からの、輸送機パイロット2名が行なう最終チェックの声が届くだけだった。

「燃料系統」

「異常なし」

「機関系統」

「異常なし」

「飛行制御」

「異常なし」

メイン、サブのパイロット両名は、淡々と、チェック項目を消化していく。若干、声がこもって聞こえるのは、電磁波の影響から体を守る防護服のせいだろう。

マコトは、ぼんやりと、流れる声を聞いていた。

同じ心理状態の故なのだろうか、パイロット達の声に僅かに混じる緊張と恐怖をはっきりと感じる。

彼等よりも自分が死に近い、とは思えない。

使徒と戦うのは自分。しかし、D型装備を施したエヴァの中であれば、彼等よりもずっと堅固に守られている事になる。

心の隅で、その事に安心を求めようとしている自分が、マコトには不快だった。

(みっともないよ、俺は・・・)

強く頭を振り、目を閉じる。

すると、頭の中で別の声がする。

「本作戦の最終確認を行ないます」

数時間前、ネルフ本部の作戦室で、パイロット達やマヤと共に確認した作戦内容を、マコトは頭の中で繰り返した。

「作戦行動開始は本日10:00時。東富士演習場を輸送機にて離陸後、北北西方面から富士山頂上を越えて高度20,000フィート(6km)上空まで上昇。最大加速で、使徒のいる第3新東京市へと向かいます」

リツコが、1人1人を見据えて、作戦手順を説明する。

すでに3度目の確認だったが、作戦が始まり、輸送機が使徒に接近すれば、使徒の発する強力な電磁波により、通信が出来なくなる恐れがある。であれば、念を入れるに越した事はない。

「使徒の警戒エリアは、使徒中心から半径5kmの範囲。しかし、エリア内にも死角は存在します」

リツコの脇のスクリーンに使徒のグラフィックが映し出される。使徒を表わす菱形の上には逆円錐形が表示され、そばに『BLIND SPOT』の文字が点滅している。

「敵加粒子砲の死角となるのは、使徒を頂点として、高さ5km、底面半径3kmの逆円錐部分です。この『BLIND SPOT』に入ってしまえば、攻撃は届きません」

逆円錐形の母線(頂点と円周を結ぶ斜めの線)のそばを添うように、エヴァ輸送機を表わす三角形が移動していく。

「輸送機は、使徒から4kmまで接近した所で降下を開始。パイロットは、使徒の攻撃可能エリアに近付き過ぎないよう、くれぐれも注意してください。そして、高度6,700フィート(2km)まで降下した時点で、エヴァ初号機を切り離します」

スクリーンの隅に別のウィンドウが開き、D型装備のエヴァ初号機が現われる。素早い反応を期すため、両手のマジックハンドは取り外され、エヴァの手が直にパレットライフルを操作出来るようになっている。そして、両肩・両足部には姿勢制御と落下速度緩和のためのバーニアが取り付けられている。

「輸送機は上昇しながら作戦ポイントを離脱。エヴァ初号機はバーニアを使用して使徒の直上300mまで降下、そして、パレットライフルで使徒中心部のコアを破壊します」

まるでサーカス。

その場にいる者全ての、一致した意見だった。

「降下中の初号機から使徒の目を逸らすために、地上には、使徒の周囲に12式自走臼砲を7門、そして、エヴァ零号機を配置します」

この時、マコトはマヤの顔を見た。

マヤは、マコトの視線に気付き、緊張に顔を強張らせながらも、かすかな笑顔を返した。

マコトは、そんなマヤの強さが不思議に思えてならなかった。

今も、あんなに儚げな笑顔が、強く心に焼き付いている。

「最終チェック完了。オールグリーン」

メインパイロットの声が耳に届く。

マコトは左手を見た。

その手は、最後の作戦確認の時にリツコから渡されたプラグスーツに包まれていた。

ふと、その時初めて気付いたように、マコトはつぶやいた。

「青紫か・・・」

マコトのスーツの色は、青紫が基調となっていた。

しかし、マコトの脳裏には緑のイメージが強く残っていた。

「ああ、そうか・・・」

マコトは納得がいった。

緑は、マヤのスーツの色だった。

マコトは、左手の甲のハンドモニタで時間を確認する。

午前9時54分。

作戦行動開始まで、あと6分。

マコトは、これまでの戦いを思い出そうとするように、コントロールレバーを握った。

慣れるほど戦っている訳ではない。

しかし、確かに、以前の自分とは変わってきている。

それは、ミサトへの想いからなのか。

「エンジン始動!」

ふと、マコトの脳裏に笑顔が浮かぶ。

その笑顔は・・・。

「ロケットブースタ点火!」

 

 

「エヴァ初号機、離陸しました!」

ネルフ本部中央作戦室発令所に、オペレータの声が響く。

リツコは、メインモニタに映るエヴァ輸送機の姿を沈痛な面持ちで見つめていた。

およそ成功率の低い作戦。

しかし、他に選択肢はない。

2人のシンクロ率を考えれば、使徒の攻撃に素早く対応出来るとは、到底、思えない。発射された加粒子砲から運良く逃れたとしても、僅か1分足らずで次弾が襲ってくる。

マヤの力が最大限に発揮されれば、使徒の加粒子砲にも対抗し得るA.T.フィールドが展開出来るだろう。しかし、それに期待を掛ける事は出来ない。

頼るには、未だ決定打に欠けていた。

2人共に。

そして、事の進展は、彼等自身に任せるしかない。

「頼むわよ、日向君・・・」

今、全てはマコトに懸かっている。

リツコは、祈る思いでつぶやいた。

 

 

第3新東京市に浮かぶ第5の使徒を遠くに眺めて、マヤは、苛立ちにせわしく動く手を、コントロールレバーを強く握る事で、戒めた。

時間は午前10時を回り、マコトの乗る初号機は、上空から使徒のいるこちらに向かっている。

相変わらず、使徒に動きは見られない。

「早く・・・」

マヤは、小さく声を発した。

今の内に、

使徒が動かずにいる内に、

早く時間が過ぎて欲しい。

早く作戦が終わって欲しい。

そして、一刻も早く、無事なマコトの姿を見たい。

「どうって事、なかったよ」

そう言って、自分に笑い掛けて欲しい。

早く・・・、早く・・・。

しかし、そんなマヤの願いもむなしく、時間は、いつも通りに進んでいく。

いつも通り。

なのに、こんなにも焦燥に駆られる。

手から伝わる感触が希薄なのは、単に気の迷いなのだろうか。

零号機の手が持つ、盾と新式のパレットライフル。

急造仕様の盾はもとより、パレットライフルも、たとえ新式とはいえ、これまでとはあまりに形状の違う敵にどれだけ有効なのか、わからない。

身を包む緑のプラグスーツも、まだ、寂しい思い出しか持たない。

スーツに着替えたのち、マヤに届いたマコトの言葉は僅かに過ぎない。

マコトが東富士演習場へと向かう直前の、慌ただしい、名残を残す会話。

「行ってくるよ」

「ええ・・・、気を付けてね・・・」

「うん、それじゃあ」

それだけを交わして、マコトは行ってしまった。

こんな状況でなければ、互いのスーツについて、色々と話す事があるはずだった。

しかし、マヤは、マコトの後ろ姿が視界から消えるまで、必死に口をつぐんでいるしかなかった。

マコトを引き止めてしまう、

その衝動を強く感じたから。

プラグスーツを見ても、マヤの不安はいや増すばかりだった。

『いつ消えるか、わからないのよ・・・』

浮かび掛けた言葉を消し去るべく、マヤは強く頭を振った。

そして、言葉を発する。

誰にともなく。

「守って・・・。日向君を守って・・・。お願い・・・」

 

第12話

MIRROR 前編

 

「初号機の状態は?」

「現在、高度11,500フィート(3.4km)、コックピット内気圧は998hpa(ヘクトパスカル)で安定。与圧、L.C.L濃度調整共に正常です」

「目標の様子は?」

「変化ありません」

「そう・・・」

リツコは眉をひそめながら、発令所のメインモニタを見つめていた。

ノイズ混じりのざらついた映像が、エヴァ専用輸送機と第5使徒の様子を伝えている。

嵐の前の静けさ。

そうとしか形容のしようがない時が過ぎる。

リツコは唇を噛んだ。

このまま無事に済んでくれる。

それを望むのは、この場に立つ者として、浅薄であろうか。

いつ、使徒が行動を起こすか、わからない。

いつ、電磁波の影響で、モニタの映像が途切れるとも限らない。

なにも映さないモニタ。

これほど恐ろしいものはない。

「初号機、富士山頂を通過します」

オペレータの声に緊張が走る。

いずれ、事は起こる。

晴れ渡る空に点在する雲のように、

触れる事は出来なくても、

それは、確かに、あるのだ。

「初号機、高度20,000フィートに到達。最大加速、カウントダウン入ります。5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・スタート!」

 

 

マコトの目の前を白い影が流れて行く。

輸送機に散らされる白い雲。

僅かな寂しさが、マコトの胸に迫った。

見上げる空に、あれほどの雄大さで浮かぶ雲。

しかし、近付くほどに、その存在は希薄になる。

マコト自身、パイロットの資格を有し、過去に何度も空に上がった経験がある。

しかし、その都度感じる淡い感傷には、いつまでも慣れる事がない。

それは、子供の頃の喪失を、確かだと思っていた様々がもろくも消え去ったあの忌まわしい過去を思い出させるからかもしれない。

ならば、この胸の痛みは薄れるはずもない、いや、薄れてはならないものだ。

大切なものを失う悲しみを、決して、忘れてはならない。

「葛城さん・・・」

そして、守るべきものがある事を、忘れてはならない。

「伊吹さん・・・」

「『BLIND SPOT』突入! 降下します!」

サブパイロットが叫ぶ。その声には、緊張の中にも僅かな安堵が含まれていた。

もちろん、気を抜いている訳ではない。敵の攻撃が届かない場所にいるとはいえ、予断が許されない事は、彼等も充分にわかっている。しかし、過度の集中は視野の狭窄(きょうさく)や思考の単一化を招き、戦いの場においては命取りとなる。

それよりも、次は自分の番。

マコトは、コントロールレバーを強く握った。

間もなく、使徒の頭上へと到達する。

今、確かに存在する、倒すべき敵がそこにいる。

そして、そこには、守るべき確かな人も。

もう、失いたくない。

絶対に。

「よし、いくぞ!」

 

 

「マヤ、初号機は『BLIND POINT』に突入したわ」

リツコの声に、マヤは、一瞬、息を止めた。

「マヤ、聞こえる?」

「は、はい」

ノイズに邪魔をされていても、リツコには、マヤの声の震えが聞き取れた。

「マヤ?」

「・・・」

「どうしたの、マヤ?」

「先輩・・・」

「・・・」

「先輩、私、怖いんです・・・」

「大丈夫よ、マヤ。これまでだって・・・」

「でも、日向君が!」

「・・・」

「もし、日向君になにかあったら・・・」

堪え切れずに、マヤの瞳から涙が溢れた。

不安に押し潰されそうになる。

初めての出撃でも、これほどではなかった。

しかし、それは、マコトからの励ましの言葉があったから。

そして、戦いで勝利を収めたのも、マコトと共に戦ったから。

マコトがそばにいてくれたから、自分は戦う事が出来た。

しかし、今、マコトの声は聞こえない。

近くにマコトの存在を感じない。

それがこんなにも苦しいとは、マヤ自身、不思議に思えるほどだった。

マコトの存在が消えてしまう。

それがこんなにも恐ろしいとは。

「しっかりしなさい、マヤ。あなたが、今、そこにいるのは、なんのためなの?」

「え?」

「日向君を守るためなんじゃないの?」

「・・・」

「日向君を守れるのは、あなただけなのよ」

リツコの静かな声が、マヤの胸に響く。

「私が・・・」

「そう、あなたが日向君を守るの」

「私が日向君を守る・・・」

その言葉は、マヤの中に確かな意志を芽生えさせた。

「思い出して、マヤ。あなたの力を・・・」

「私の力・・・」

「その力の源はなにかを、思い出して・・・」

「・・・私の気持ち」

結局、それしかないのだ。

誰かに願うのではない。

願うは、自らの中に。

そこには、答えるものが存在する。

確かに。

「・・・済みませんでした、先輩」

「もう、大丈夫ね、マヤ」

「はい!」

 

 

「日向ニ尉! 切り離しポイントまで、あと20秒!」

「了解!」

マコトは、己を奮い立たせようと、叫んだ。

輸送機は、減速しながら降下し、高度6,700フィートの切り離しポイントまで接近して行く。

使徒の姿が徐々に大きくなる。

やはり、頭上は死角だったのか、使徒は、かなり接近している初号機に対しても、なんら反応しようとしない。そして、この時点では、もう、使徒が移動を開始したとしても、初号機の攻撃を避ける事は出来ない。

「そのまま、観念しててくれよ・・・」

言い聞かせるように、マコトはつぶやく。

「ドッキング・アウト、カウントダウン入ります!」

サブパイロットが叫ぶ。

「よし!!」

マコトが答えて叫ぶ。

しかし、突然、その瞬間を待っていたかのように、使徒に動きが見られた。

「!!」

マコトは突然の使徒の反応に驚き、そして、戦慄した。

「なにを・・・?」

使徒の行動の意味が、マコトには理解出来なかった。

 

 

「目標、A.T.フィールドを展開! これまでに観測された事のない強力なものです!」

オペレータに言われるまでもなかった。

使徒が突然発生させたA.T.フィールド。

それは、相転移空間を肉眼で確認出来るほど強力なもので、そのエネルギーの余波は周囲の空間を歪ませていた。

「なぜ?」

リツコは、呆然とつぶやいた。

なぜ、A.T.フィールドを、それも、これほど強力なものを展開させるのか。

そして、なによりも、もう1つの疑問がリツコを困惑させた。

使徒がA.T.フィールドを展開した位置は、頭上の初号機はもとより、警戒エリアギリギリに立つ零号機に対しても有効ではなく、防御としては、まるで見当はずれだった。

それは、なぜ?

リツコは答えを見つけようと、メインモニタを凝視した。

「え?」

その時、リツコは奇妙な事に気が付いた。 

「まさか!?」

そして、その意味を理解した時、オペレータの声が響いた。

「目標に高エネルギー反応!」

「!!」

使徒の意図を確信したリツコは叫んだ。

「日向君、逃げて!!」

しかし、間に合うはずはなかった。

 

 

第12話  MIRROR 前編  終わり

 


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