「それで・・・、今度は俺に謝らせて欲しいんだ・・・」
「え、どうして?」
「俺、伊吹さんがそんな噂に悩んでるなんて、全然、知らなかった」
「そんな・・・。それって、日向君が謝る事じゃないわ」
「いや、やっぱり大事なパートナーなんだから、お互い戦ってる時以外でも助け合わなきゃいけないってのに・・・。俺って、どうも、無関心にもほどがあるからさ。反省したよ」
「日向君・・・」
「ごめんなさい、伊吹さん」
「・・・うん・・・」
EVANGELION MM
「俺、エヴァで戦ってる時もそうだけど、普段から、伊吹さんにはずいぶん助けてもらってるよね」
「そんな事ないわ・・・」
「ううん、そんな事あるよ。訓練じゃあ、いつも励ましてくれるし、さっきだって、背中の事、気付いてくれて・・・」
「そんな・・・」
「俺って、1度に2つの事が考えられないから、1つに夢中になると、他がないがしろになっちゃって・・・。それで、伊吹さんの気遣いに甘えてばっかりで。その上、伊吹さんが困ってるのにも気付かないで・・・。駄目だよなぁ、ホント・・・。このままじゃ駄目だって思うんだ」
マコトの心を占めているただ1つ。
マコトの戦う力となり、同時に、マコトに涙を流させている別離。
その事に思いを馳せた時、マヤはなにかが引っかかった。
なにかを忘れている。
それは大事な事のはずだった。
だが、思い出そうとする思考は、マコトの言葉にかき消されてしまう。
「それでさ、お願いがあるんだけど・・・」
「なに?」
「あのさ・・・、もし、よければ、これからは伊吹さんと色んな話をしていきたい。もちろん、仕事の事以外で。そのための時間を伊吹さんと持ちたいんだ」
その瞬間、マヤは自分に湧き上がった感情の、あまりの大きさに驚きを感じていた。
たったこれだけの事が、こんなにも嬉しい。
「うん! 私も、そうしたい!」
「本当? だと、嬉しいんだけど」
「本当よ、もちろん。あの・・・、正直言うとね、私、日向君と知り合ってからずっと、もっと色々とお話ししたいって、日向君の事を色々知りたいって思ってたの・・・」
高ぶる気持ちのせいなのか、マヤにしては大胆なセリフだった。
「え? そ、そう?」
「うん!」
マコトは少し頬が熱くなったが、それにも気付かず、考えていた。
(やっぱり、涙より、ずっといい。笑った方が・・・)
「よかった、嬉しいよ。・・・楽しかったしね・・・。今日、話してて、楽しかったんだ、俺」
「うん、私も・・・、楽しかった・・・」
「ありがとう、伊吹さん」
「それは私のセリフよ。いつも、ありがとう・・・、日向君」
「うん、ありがとう、こちらこそ」
マコトが昨日の言葉を繰り返す。
その時、マヤは思い出した。第4使徒との戦いが終わったあと、マヤはマコトに言いたい事があったのだ。しかし、マコトの傷を見て、ショックで忘れてしまっていた。それを思い出したのだ。そして、海で起こった感情も、この事に起因するのだと思い至った。
「あの、私からも、お願い・・・、いい?」
「いいよ、もちろん」
「昨日の事・・・」
「うん」
「私・・・、本当は、あなたの事、殴ってやりたかったのよ・・・」
「え?」
マコトは思わずマヤを見た。
マコトの目を、マヤは真っ直ぐに見返す。
「もう、あんな無茶はしないで・・・」
その瞳は強い怒りと、それ以上に大きな悲しみで揺れていた。
「あの時・・・、日向君が落ちて来るのを見た時・・・、私、怖かった・・・。死んじゃうんじゃないかって・・・、すごく、怖かった・・・」
「・・・・・・」
「あんな状況だもの、仕方がなかったとも思うけど・・・、なんだか日向君、自分の命よりも使徒を倒す事の方が大事なんじゃないかって・・・、そう思えて・・・」
「・・・・・・」
「エヴァを降りたあとで、話したわね? 日向君、私が泣くところは見たくないって・・・。私も、そう・・・。日向君が自分を犠牲にしてまで戦おうとするのを見ると、すごく、胸が苦しくなるの・・・」
「う、うん、わかったよ」
マヤは困惑した。マコトの事だと、こうも気持ちを抑えられずに・・・。
「だから! もう、無茶はしないで! なによりも生きる事を・・・。私も頑張るから・・・、お願い・・・」
「伊吹さん・・・」
「もう・・・、知ってる人がいなくなるのは、嫌・・・」
家族の事を思い出したのだ、とマコトは気が付いた。
マヤは両親と姉を一度に失っている。
その悲しみが尋常ではなかっただろう事は、マコトにも容易に想像が付いた。
「うん、わかった! わかったよ、伊吹さん! だから、もう・・・」
「・・・・・・」
マコトは、また困った事になってしまった。慌てて、ハンカチを探して、マヤに手渡す。
以前に、マヤの涙をきれいだと感じた気持ちは今も変わりがなかった。しかし、マヤの輝く笑顔を見た後では、美しさなど、まるで無意味に思えた。
マコトは、なにか気の効いた事を言おうとしたのだが、今度も、かなり大きくはずしてしまった。
「泣いたりしないで・・・。大人になれない・・・」
第9話
MOON AWAY
夕陽が沈もうとしている。
その反対側には、まだ薄い、膜のような月が、出番を待ち切れずに浮かんでいた。
空はまだ十分な明るさを保っていた。しかし、もうすぐ1日が終わる、そんな寂しさが辺りに漂い始めていた。
マヤとマコトは沈む夕陽をぼんやりと眺めていた。もう長い時間こうしていた。
「なんだか・・・、こういう景色を見てると、がんばってる甲斐があるなって思うわ・・・」
マヤが海を眺めながら、ポツリと言う。
「ん?」
「前に、日向君、言ってたわよね? なにか守りたいものを見付ければ、それが戦う力になるんじゃないかって・・・」
「うん」
「それって、そんなに特別なものじゃなくてもいいのよね? 一緒に住んでいる猫とか、今、目の前にある風景とか、そんなものでもいいんだわ」
「そうだね、守りたいものとか大切にしたいものっていうのは、どこにでもあって、探せば色々と見付かるもんなんだろうね」
「ええ。色々なものを見て、聞いて、触って・・・、そうして、守りたいものや、大切にしたいものをいくつも見付けて・・・、そのために生きていたいと思う。そういう気持ちを持つ事が『生きる』って事なのかもしれない・・・」
つまり『幸せは歩いて来ない、だから歩いて行くんだよ』である。
「ずっと前にさ、人間ってセミに似てるなぁって思った事があったんだ」
「セミ?」
「うん、セミって人生のほとんどを土の中で暮らして、成虫になってからは1週間しか生きられないんだけど、それって、セミが『生きる』ためには、『生きる』意味を見付けるためには、それだけ、土の中で考える時間が必要なんじゃないかって・・・」
「ええ・・・」
「で、人間も同じでさ、人間が『生きる』ためにも、その準備に長い長い時間が必要で、だから、こんなに長生きなんじゃないかって・・・」
「・・・」
「だから・・・、正直言って、馬鹿げてるって思った。人生の半分以上の時間を使って、『生きる』意味を探して、残ったわずかな時間でそれを実践する・・・。なんて無駄が多いんだって思ったんだ」
「でも・・・、今は違う?」
「うん・・・、違うのかもしれないって思いだしてる」
「・・・」
「時間は掛かるかもしれないけど、でも、探せばちゃんと見付かるんだ。それも、1つだけじゃない、いくらでも。ちょっと辺りを見渡すだけで、色々なものが隠れてるんだから・・・。なにも探そうとしないで『生きるのがつまらない』なんて言うのは『そんなの、当たり前だろ?』って事なんだろうね」
「・・・」
「土の中にいるセミと違って、人間は動いて、見て、聞いて、触って、色々な事が出来るんだから・・・。だったら、出来るだけたくさん見付けた方がいい。最近、そう考える・・・、考えられるようになったんだ・・・」
もちろん、ミサトへの想いが薄れたわけではなかった。守りたいものが増えたとしても、それらをはるかに凌駕して、最上にあるのは、やはり、ミサトへの想いだった。しかし、それに並ぶほどの気持ちが、マコトの中に徐々に育ちつつあるのも、また確かだった。
ふとマコトはマヤを見る。そして、とても嬉しそうに自分を見つめるマヤの表情に、どぎまぎしてしまい、慌てて方向転換をはかった。
「な、なんか、かなり照れくさい事、言ってるね、俺。夜中に書いたラブレターみたいだ。明日の朝になったら、今の事思い出してジタバタしそう」
「ふふっ、夜中にラブレター書いた事あるの?」
「思い出したくない」
「それって、ラブレターの内容について? それとも、それを出した結果について?」
「両方。伊吹さん、いじわるだよ?」
「ふふっ、ごめんなさい」
「もう、こんな照れる話はやめ! それよりさ・・・」
「なに?」
「ちなみに、伊吹さんって、ラブレター書いた事あるの?」
いたずらっ子のような目で、マコトがマヤに詰め寄った。
そんなマコトに、マヤの胸は、わずかに高鳴る。
「な、なあに、それ!? 私はないわよ。ラブレターなんて、出した事ないもの」
「出さないまでも、書いた事はあるんじゃない? それで『嗚呼。昨夜はあれほど、溢れる想いを紙上に綴ったこの指なのに、今朝は別物のよう・・・。綴じた想いをポストへ渡す事を、こんなにも拒んで・・・』なぁんつって!」
マコトの芝居がかった口調に、マヤはつい吹き出してしまう。
「もう・・・、ないったら、ないの! 書くっていっても、せいぜい日記くらいよ」
「へぇ、伊吹さん日記なんて書いてたの? いつから、いつまで?」
「書き始めたのは小学校に入ってから。それで、今でも書いてるわ」
「えっ! 今でも続けてるの!?」
「さすがに毎日は書けないけど、書きたい事がある時に、簡単に・・・。ネルフに入る前は、毎日書いてたんだけど、今はもう駄目。忙しいとつい、ね」
「それでもすごいよ。俺、日記なんて1週間以上続いたためしがないよ。小学校の夏休みの絵日記だって、後半、嘘書いて出したくらいだもの」
「・・・嘘?」
「3年の時、夏休み最後の日にさ、2週間分の日記をまとめて書いたんだけど、もう、あせっちゃって、ある事ない事、適当に書いて出したんだ。って言っても、そこはバレないように、書いたんだけどね。天気と矛盾しないように、内容も考えて」
「そっちの方が大変じゃない?」
「うん、実際そうだった。しかも、先生にはすぐバレちゃって」
「どうして?」
「まず、いつの日かに書いた日記にさ、『今日、僕はどこそこ球場で、なんとかズ対かんとかズの野球の試合を見ました。とても面白かったです』って書いたんだ」
「ええ」
「それで、バレちゃった」
「え、どうして?」
「それがさ・・・」
途中で言い掛けて、マコトは少し考えた。そして、ニヤリと笑って、マヤに言った。
「それはあと。まずは、続きを聞いて?」
「え? ええ・・・」
「それで、先生は“僕”の日記をチェックして、その前後にも、内容がおかしい日がいくつかあるのに気付いたんだ」
「ええ」
「さて、問題。どうして“僕”の嘘は、先生にバレてしまったのでしょう?」
「ええ? うーん・・・」
「ヒントその1。“僕”は日記を書くために、古新聞をさかのぼって読んでいったんだけど、その試合の事は、テレビ欄を見て知りました。球場が近かったので、書く事にしたのです。それと、“僕”はその試合の結果を知りません。なぜなら、もちろん、テレビでは見なかったし、新聞でも調べなかったからです。どうせ、日記にはただ『面白かったです』としか書かないからね」
「ええ」
「・・・どう?」
「うーん・・・」
「ヒントその2。さっき、その日の前後にも内容のおかしい日がいくつかあったって言ったけど、それも関係があります」
「・・・」
「わからない?」
「ちょっと、待って・・・」
真剣に考えるマヤ。
意外に食い付きがいいので、満足げなマコト。
間もなく、マヤの目が輝く。
「あ! うふふっ・・・、なんだ、そうか・・・」
「わかった?」
「ええ、多分、これが正解」
「なんでしょう?」
「天気ね?」
「うん?」
「その日は雨が降っていて、野球が中止になったんだわ」
「え〜? でも、天気はちゃんと調べたんだよ? 試合のあった日はお日様マークが書いてあったんだから」
「でも、その天気は別の日のものだったんでしょ?」
「・・・」
「・・・」
「あはは! そう、正解!」
「あは、やったぁ!」
「天気が間違ってたんだ。ちゃんと調べたんだけどね」
「ええ」
「あの時の日記の書き方は、最初に天気を一通り調べて、それをだーっと書いてしまってから、あとで各日の内容を書いていったんだ」
「それが、どこかでずれた」
「そう。あるところで、うっかり2日続けて同じ日の天気を書いちゃって、だから、そのあとの天気が、ずっと、1日分ずれちゃったんだ。急いでたんで、それに気付かなかったんだよ」
「うふふっ」
「だから、試合のあった日は、本当は雨だったのに、その前日の天気、晴れのマークが書いてあったってわけ」
「それで、他の日にも、実際の天気と日記の内容で、食い違うところが出て来たってわけね?」
「そういう事。先生だって、生徒全員の日記をじっくり読むわけにもいかないだろうし、本当なら、日付と天気の違いに気付くはずもなかったんだ。何人かの日記を同じ日付同士、並べて読めば別だけど」
「そうよね」
「だけど、試合のあった日が雨だった事を、先生はしっかり覚えていたんだ」
「先生は、野球ファンだったのね?」
「それが、そうでもないんだけど・・・」
マコトが意味ありげに笑う。
「その『独身』先生、その試合のチケットを持っていたんだよ。しかも、2枚」
「・・・その先生も残念だったわね」
「俺に向かってブツブツ言うんだもんねぇ。よっぽど楽しみだったんだろうけど」
「せっかくのデートが潰れてしまったのに『とても面白かった』ですものね・・・」
「まぁ、完全犯罪には緻密な計画と入念な下調べが必要なんだと、あの時、学んだわけだね」
「そして、やっぱり真面目に地道にやっていくのが一番っていう教訓もね」
「そういう事。でもそっちの方はその後の人生に生かされてないんだ。残念ながら」
「うふふっ」
「それで、日記はそれっきり・・・。それからは、全然書いた事はないよ・・・」
その年以降、日本と言わず、世界中の学校から、日記を書く宿題がなくなった。崩壊した世界で、子供達の思い出に残せるものなど、なに1つなかったからだ。
言ってから、マコトは一瞬、またマヤに家族の事を思い出させてしまったか、と心配したが、マヤは気にする素振りを見せず、マコトの話を聞いていた。マコトは安堵して続ける。
「でもさ! だから、伊吹さんはすごいと思うんだ! なにしろ、俺にしてみりゃ、もう、とてつもない大偉業を成し遂げてるんだもの。いやぁ、すごい! 尊敬に値するよ!」
「・・・本当に、そう思ってる?」
「悲しいなぁ・・・、伊吹さん。この真剣な顔を見てくれたまえよ!」
「目が笑ってるわよ?」
「本当だって! いやぁ、真に偉大と呼べる人が、こんな近くにいたなんて!!」
「ぷっ、くすくす・・・、わかったから、もう、いいわ」
「いいや! どれだけ俺が感動しているか、これからみっちり教えてあげよう!」
「あはは! 誰か、助けて」
笑い合う。マヤもマコトも胸の辺りがぽかぽかと温かかった。それは、真夏の気温の中にいても、とても心地よく感じられる温かさだった。
しかし、マヤはその温もりを胸に感じると同時に、ほんのかすかに、痛みも感じていた。
それがなんなのか、マヤにはわからなかった。いや、わかってはいたのだが・・・。
空には月と星があり、柔らかい光で2人を包んでいた。
・・・でも、なぜ月と星が?
「なんだと! どういう事だ!」
冬月が叫ぶ。
まさに信じられない事態が起きた、その驚愕を押さえる事が冬月には出来なかった。
午後4時51分。総司令官公務室。床と天井に神聖なる紋様を描いたこの部屋で、冬月、リツコ、そしてゲンドウは、アスカの乗っていた船からの報告を聞いていた。
オペレータが通信記録を読み上げる。
「オーバー・ザ・レインボーからの通信によりますと、15:00時に何者かの襲撃を受けた模様。犯人の数は不明で・・・」
「エヴァ弐号機と、パイロットは!?」
冬月の声が先を促す。
「エヴァ弐号機にはなんらの被害も認められません。しかし、パイロットと同伴者が現在行方不明。犯人グループに拉致されたものと思われます」
「犯人の手がかりは!?」
「それが・・・、よくわからないそうなんです」
「なんだ、それは!」
「いえ、いきなり大きな音がしたかと思ったら、催眠ガスのようなものが充満して船内の人間は皆、昏倒してしまったと言うのです。そして、気が付いてみると、船の駆動系統が破壊されており、エヴァパイロットと同伴者がいなくなっていたと言うのです」
「大至急、調査隊を派遣しろ!」
オペレータに指令を下したのち、冬月は寄りかかるように机に手を置いた。
「どういう事だ? これは・・・」
ネルフの行動を妨害しようとする組織に心当たりがないではなかったが、アスカの同伴者、加持リョウジはその道のエキスパートであり、その他にも備えは十分だったはずだ。そして、それほどの犯行にしては、あまりに手落ちがひどい。海の真中で襲撃しておいて、弐号機を置いて行くなどとは考えられない事だった。
「どういう事だ? これは・・・」
冬月は繰り返す。しかし、答えを返す者はいなかった。リツコも、そして、ゲンドウですら敵の意図が読めなかった。
たび重なる難局に、その場の一同は、もはや言葉もなく、ただ沈黙するのみだった。
「月がずいぶんと明るいね・・・」
「ええ。でも、とってもやさしいの・・・」
「うん・・・。なかなか、ロマンチックな会話をしているよね、俺達」
「ふふっ、そうね・・・」
上司の苦悩を露知らず、マヤとマコトはのんびりムードを満喫していた。
時間は午後8時。2人が事態の異常に気付くまで、さらに数十分を要した。
「副司令、保安部からの連絡です。伊吹ニ尉、日向ニ尉両名の周囲5キロメートル圏内に、不審な動きは、一切、確認出来ません」
「そうか・・・、わかった」
午後5時15分。リツコからの報告に、冬月はわずかに肩が軽くなった気がした。
「・・・呼び戻さなくてもよろしいのですか?」
個人としては望まぬ問いであった。せめて、今日だけは・・・、とリツコは思わずにいられない。
「敵も、この時間まで手を出さなかったところを見ると、あの2人には用がないらしい」
「ええ」
「ならば、もう少しくらい、のんびりしてもらってもよいだろう・・・。明日からは、また、2人で頑張ってもらわねばならんし・・・、今後のためにも、こういう時間は必要だしな・・・」
「・・・」
「くれぐれも、警護を怠らぬように、伝えておいてくれ」
「わかりました・・・」
リツコはかすかに吐息をついた。
午後8時42分。ようやく、おかしいと気付いたマヤが、ネルフに連絡を入れた。
「もしもし、先輩ですか? すみません、連絡が遅れてしまって。あの・・・、アスカちゃんが、まだ・・・、え? はい・・・、はい・・・、はい・・・、え、いいんですか!?」
「?」
「でも、どうして・・・?・・・はい・・・、わかりました。それでは、このまま・・・。はい・・・、ありがとうございます。・・・明日は、9時からですね? はい、わかりました。それでは、失礼します。おやすみなさい」
マヤが首をかしげながら、携帯を切る。
「赤木博士、なんだって?」
「それが・・・、「今日は、このまま上がっていい」って・・・。」
「え、どうして!?」
「それが、なにか特別な理由らしいんだけど、教えてくれないの・・・」
「なんだ、それ?」
「詳しい事は、明日の9時に、司令の公務室で話してくれるそうなんだけど・・・」
「ふ〜ん。それじゃあ、明日まで待つしかないか・・・」
「ええ・・・」
マヤはリツコの声が冷静を装っているように聞こえた。気のせいかもしれないが、妙に気になる。それも、明日にはわかるのだろう。
「とにかく、それじゃあ、今日はもう上がっていいんだね?」
「え!? ・・・ええ・・・」
もう、終わってしまう。
それが、マヤには無性に悲しい。
「帰りましょう」と、自分から言い出すのは嫌だったが、その言葉をマコトの口から耳にするのも嫌だった。
「・・・」
「・・・」
「日向君、あの・・・」
「ん?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「もう少し・・・」
切り出したのはマコトの方。
「え?」
「もう少し、ここに、いようか?」
「う、うん!」
第9話 MOON AWAY 終わり