「くそっ、攻撃が読めない!」
「きゃあっ!」
「! 伊吹さん!?」
「だ、大丈夫! でも、このままじゃ、いつまでたっても・・・」
「近付けもしないなんて・・・、一体どうしたらいいんだ!?」
EVANGELION MM
第2の敵にして、第4の使徒。それは、西洋凧に似たユーモラスな形態と、いかにもそれらしい、悠々と空に浮かぶ様子、そして、それら柔和な印象を一気に覆す、凶悪な腕を持っていた。
零号機と初号機が立つ第3新東京市。使徒はその上空、立ち並ぶビルのさらに上に浮かんでいた。その腹部にはコアが見える。そして、そのコアを守るように、怪しく動き回る両腕の鞭。それらは、本体を遥か上空に置きながらも、直線の突き、曲線の払い、様々な攻撃を縦横に繰り出し、2機のエヴァを翻弄する。時間だけが過ぎる中、マヤとマコトは反撃どころか、敵に近付く事さえ出来ずにいた。
「あの鞭の動きさえ封じられれば、こっちのもんなのに!」
マコトが叫ぶ。
しかし、それこそが最大の難問なのだ。動きを見切って手でつかむなどという芸当は不可能だ。鞭の先端は音速を超えている。
周辺のビルは切り刻まれ、上空の敵から身を隠す場所もなかった。パレットガンも使徒の本体に届かないまま弾が尽き、あとは使徒が攻撃を仕掛けてくるのを待つしかない、そんな状況だった。
「くそっ、なにも出来ないなんて!」
「日向君! 来るわ!」
敵の手が尽きたのを知ったのか、使徒はゆっくりと地上に降り、蛇が鎌首をもたげるような姿勢で、第3新東京市に立った。
とどめを刺すために。
第6話
MARKS OF WOUNDS
使徒は地上に降り、コアは手の届く所にあった。しかし、それがなんら事態を好転させるわけではなかった。使徒の鞭は、変わらず、鉄壁の防御力と強大な攻撃力を誇示していた。
零号機と初号機は、なんとか使徒の懐に入ろうとするのだが、やはり、動きの鈍さから、使徒の攻撃に、ただ翻弄されるしかない。
やがて、使徒は狩るべき獲物を定めるべく、首を左右に振り、そして、決する。
「はっ!」
マヤは、戦慄した。
確かに、今、使徒と目が合った。
(来るっ!)
マヤは使徒から離れようとするが、零号機が、やはり、機敏に反応してくれない。反して、使徒の鞭が、瞬速で零号機に伸びる。
「あぁっ!」
零号機は避ける間もなく、鞭に右足を取られ、放り投げられた。かなり高い位置からの落下により、マヤは意識を失いかけ、その隙を逃さず、もう1本の鞭が零号機を襲った。
「うぅっ!」
マヤは、来るべき攻撃に身構えた。この近距離では、かなりの衝撃はまぬがれない。
「・・・!?」
しかし、使徒の鞭は零号機には届かず、その手前で止まっていた。
「えっ? あっ!」
マヤは胸が締め付けられた。
マヤの目の前。そこには、初号機の顔があった。
「日向君!」
初号機は使徒に背を向け、零号機を守る壁となっていた。使徒の鞭は、容赦なく初号機の背中を打つ。
エヴァの神経接続は、パイロットの生命に影響を及ぼすほどの刺激に対しては、ブレーカーが作動し、自動的に接続が切れるようになっている。ただし、あまり多くの接続が切れてしまうと、当然、シンクロ率が下がり、エヴァは起動しなくなってしまう。そのため、よほどの事がない限り、接続が切れる事はない。たとえ、それが、どんな激痛をもたらしても。
「がああぁっ!!」
「日向君!!」
初号機は、ただ打たれるままだった。A.T.フィールドを張ろうにも、激痛により、意識が乱れて思うようにいかない。
「くっ・・・」
リツコも、ただ見ているしかなかった。
発令所からでも遠隔で神経接続を切る事は出来た。しかし、ただでさえシンクロ率が低い初号機の、これ以上、接続を切る事は、活動停止を引き起こす可能性があった。マコトには、ただ耐えてもらうしかない。
「ぐあぁ!」
「日向君! お願い、どいて!!」
「ダメだ! これってすごい、痛い!」
「だから!」
「ダメだ!!」
「っ!」
マコトの、あまりに激しい勢いに、マヤの息が止まる。
「俺が食い止めてるから、早く逃げて!」
初号機の背中はすでに無数の傷で覆われていた。そして、アンビリカルケーブルも断線している。活動限界まで、あと4分30秒を切っていた。
(早くしないと、日向君が!!)
その場から離れるため、急いで立ち上がろうとする零号機。しかし、なにかが邪魔をしていた。マヤが右の足元を見ると、そこには、動きを封じるためか、使徒の鞭がまだ巻き付いていた。
「!!」
マヤはとっさに、足元の鞭をつかんだ。
鞭から発せられた衝撃波が零号機の手を焼き、激しい痛みがマヤの両手を貫く。
「あああぁっ!!」
「伊吹さん!? なにしてるんだ、早く逃げろ!!」
「聞いて!」
「えっ!?」
「今が・・・、今が、チャンスよ! ううっ!!」
「伊吹さん!!」
「私が使徒を引き寄せるわ! だから、日向君は使徒の背後に回って!」
「そうか! ・・・わかった! 頼む!!」
「はい!!」
零号機は、鞭の動きに大きく揺さぶられながらも、必死に踏ん張り、さらに使徒の頭を下げるべく、鞭を手繰り寄せた。
使徒は零号機から逃れようと、もう片方の鞭を振るうが、その攻撃は全て初号機が受け止めるため、零号機には届かなかった。マコトはマヤを守るべく、必死に、朦朧とする意識と戦った。
「伊吹さん、頼む! 頑張ってくれ!!」
「ううっ!!」
(離すもんか!! 日向君はこの何倍もの痛みに耐えてるんだもの。絶対に離さない!!)
マヤは、歯を食いしばり、激痛に耐えた。
使徒の抵抗は激しく、少しでも気を抜くと、飛ばされそうになる。それでも、零号機はじりじりと、しかし、確実に使徒の鞭を手繰り寄せていった。
そして、引かれた使徒は、徐々にその頭が下がり、ついに、背中を初号機の眼前に現した。
「日向君!!」
かろうじての声で、マヤが叫ぶ。
「よし!」
機を逃さず、初号機は使徒の背中に回り、飛び掛かった。
「痛かったぞ!! この野郎っ!!」
初号機は使徒の背中につかまりながら、プラグナイフで使徒の目を潰した。
使徒は、敵の位置を確認出来ず、ただ闇雲に鞭を振り回すだけとなった。
「次!」
次に初号機が狙ったのは、使徒の鞭の付け根だった。どんなに速く動く鞭も、その付け根はほとんど動かない。2本の鞭は、それまでの脅威が嘘のように、いとも簡単に切断された。
「やった!!」
初号機を背に乗せた使徒は思うように身動きが取れずにいた。
あとはコアを破壊するだけ。
そして、それを阻むものは、もう、ない。
「伊吹さん! 頼む!」
「はい!」
零号機は、ボロボロの両手で、プログナイフを握った。
「もう、これで終わり・・・。終わりにして・・・」
マヤは祈るようにつぶやいて、渾身の力で、ナイフを使徒のコアに突き刺した。
「!!」
勝利が決定的になる瞬間、しかし、プログナイフが、最後まで突き入れられる事はなかった。
「きゃあっ!」
零号機は、その場に倒れた。ほんの少し前まで存在していたものが消え失せたため、バランスを崩したのだ。
「なに?」
マヤは空を仰いだ。
そして、そこに、みるみる小さくなっていく、使徒と初号機を見た。
「うわあっ!! なんだぁ、こいつ!?」
初号機を背中に乗せているにもかかわらず、使徒は驚くべき速度で上昇していた。最後の力を振り絞っての反撃だった。
「日向君!」
「伊吹さん! コアはどうなってる!?」
「ナイフが刺さったままなの! それなのに!」
「中心にまで達していないのか? ・・・それなら!」
「先輩! 日向君はどうなっているんですか!?」
「落ち着いて! 今、映像を送るわ!」
数秒後、サーチ衛星から送られた映像に、マヤは息を呑んだ。
使徒がかなりの高度にいる事が、その下に見えるビルのサイズから確認出来た。そして、なによりマヤを驚かせたのが、初号機のいる位置だった。
「日向君、なにを・・・!?」
初号機は、使徒の首の辺りに手をかけ、その下にぶら下がっていた。
「まさか、飛び降りるつもり!?」
いくらエヴァに乗っているとはいえ、ビルよりもはるかに高い位置から落下すれば、無事では済まない。
「そんな・・・、やだ・・・、やめて! 日向君!」
しかし、それ以外に方法がないのも事実だった。そして、マコトには、もう1つ、どうしてもしなければならない事があった。そのために、ぶら下がったのだ。
「頼むぞ! 一発で決めろよ!」
マコトは、自分自身に、げきをとばす。
初号機は、鉄棒の要領で、振り子のように揺れた。つかまっている部分があまりに不安定で、いつ落ちても不思議ではなかったが、遂には、大きく勢いのついたその足で、使徒のコアに刺さるナイフの柄を蹴り上げた。
一蹴的中。
ナイフは見事、根元まで刺さり、コアの光は徐々に消えていった。
「よし!!」
マコトはガッツポーズと共に叫んだ。
そして、使徒と初号機は地上へと落ちていった。
「日向君!」
マヤの目に、落下してくる初号機が見えた。
アンビリカルケーブルの切れた初号機は、活動限界まで、あと20秒を切っていた。もし、地上に着くまでに、活動を停止してしまったら、衝撃を緩衝する機能も働かない。L.C.L.の中にいても、あれほどの高さからの落下では、死は、免れないだろう。
「!!」
次の瞬間、零号機は走り出していた。
初号機の落下予想地点へ、
初号機を受け止めるために。
「お願い、間に合って!!」
間に合うはずがなかった。
普段の零号機ならば、そのはずであった。
しかし、この時、零号機は理論値を遥かに超えた速度で移動していた。途中、限界まで伸び切ったアンビリカルケーブルは、走るごとに速度を増す零号機によって、そのジョイント部から引き千切られた。
マヤはなにも感じなかった。
景色がかすむほどの高速での移動も、
ケーブルを引き千切った衝撃も、
自分自身がそれを行なっているという事実も、
今のマヤになんの驚きも与えなかった。
ただ、今は、マコトを救う事、
それだけが、マヤの全てだった。
「日向君!!」
「これは!」
メインモニタに映る光景は、リツコを驚愕させるに十分過ぎた。
零号機の移動速度、そしてシンクロ率。それらはこれまでの記録を上回るものだった。いや、理論上ありえるはずのない数値だったのだ。
「これほどとは・・・」
リツコの予想を上回る現象だった。理論を超えた力、それ自体は予想していたものの、そのスペックが予想をはるかに越えていた。
「フェイズ2に移行・・・、かしらね?」
脅威なる力の発現。その当然の帰結として、零号機は、初号機を真上に見上げる位置に立った。
初号機着地まで、あと4秒。
「A.T.フィールド、全開!!」
展開するA.T.フィールドを受け皿にして、零号機は初号機を受け止める。
「!!」
マヤの全身に衝撃が掛かる。
「うああっ!!」
堪え切れずに膝を付く。地面は大きく沈み、周囲を砂煙で覆う。それでも、零号機の両手は高く掲げられたままだった。
(死なないで、日向君!! お願い! 死なないで!!)
轟音と砂煙が消え、やがて、A.T.フィールドも消えた。
その中心には、初号機を両手で抱きかかえる形で立つ零号機がいた。
「日向君! 日向君!? 大丈夫!? 返事して、日向君!!」
「・・・・・・」
「日向君!!」
全身の痛みも感じぬまま、マヤは叫んでいた。
「・・・・・・」
しかし、マコトからの返事はなかった。
マヤは痛みを感じた。
胸の鋭い痛みだけを感じていた。
「そんな・・・、嫌・・・、そんな・・・、日向君!! 日向君!!」
「マヤ、落ち着いて!!」
リツコの声が響く。
しかし、マヤの耳には届かなかった。
「ううっ・・・、日向君・・・」
「マヤ、聞きなさい!! 日向君は無事よ!」
「・・・えっ?」
「日向君は気絶しているだけよ。こちらで確認したわ」
「それじゃ! 日向君は無事なんですね!?」
「ええ! 大丈夫! 心拍、脳波共に異常はなし。助かったのよ!」
「よかった・・・、日向君・・・。よかった・・・」
マヤはようやく全身の緊張を解いた。
そして、
「うわぁーん!」
号泣した。
「目標、完全に沈黙しました!!」
周囲が勝利に沸き返る中、リツコは1人、モニタに流れるデータを見つめていた。
「間違いない・・・」
「っ!」
エヴァから降りたとたん、背後にマヤの声にならない悲鳴が聞こえて、マコトは振り向いた。
「どうしたの、伊吹さん?」
マヤは青ざめた顔で、両手を口元に当てている。
「伊吹さん! どうしたの!?」
「日向くん・・・、背中・・・」
「えっ、背中? 俺の?」
自分の背中を見ようと、首を懸命に曲げるマコトだったが、もちろん見えず、クルクル回る羽目になる。
「・・・ひどい傷、・・・いくつも・・・」
どうやら、使徒の攻撃の影響らしい。マコトの背中一面には、無数のみみずばれが浮かんでいた。
「なんだ・・・、どうりで背中が少しジンジンすると思った。けど、大丈夫だよ、伊吹さん。そんなに大した事ないって。それより、伊吹さんの手の方こそ、大丈夫?」
「大した事なくない・・・」
「え、なにか言った? 伊吹さん?」
「大した事ない事ないわ!」
「!? ・・・伊吹さん・・・」
マヤのあまりに激しい声に、マコトは驚いた。
マヤは小さく震えていた。
その姿は、あまりにも、か細げに見えて、どこからあれだけの声が発せられたのか、マコトには不思議に思えた。
しかし、その名残は、強く握られた両手に確かに存在していた。
「私だって何度か叩かれたけど・・・、それだけで気絶しそうだった。それなのに、日向君・・・、もっとたくさん・・・叩かれて・・・、ひどい・・・、私のせいで・・・」
「なっ! なに言ってんだよ! 伊吹さんのせいなんかじゃないって!」
「でも・・・私がつかまらなかったら、日向君・・・」
マヤの目に、涙が浮かんだ。
マコトは、この時ほど、早くプラグスーツが完成しないものかと願った事はなかった。水着では、特に男は、傷跡が丸見えになってしまう。
「あれは、たまたま伊吹さんが狙われたから、ああなっただけで、俺がつかまってたかもしれないし、なにより、そのおかげで攻撃の糸口がつかめたんだから、災い転じて福となすと言うか・・・。でも! すごかったね、伊吹さん! あの時の伊吹さんの機転がなかったら、本当に危なかったよ! ホント、伊吹さんのおかげだよ! はは・・・は・・・」
マコトは非常に困っていた。こういう類いの経験にまるで乏しいマコトにとって、マヤの涙は、使徒の攻撃よりも強烈だった。
胸が耐えられないほど痛い。
どうしたら泣き止んでもらえるかと、マコトは必死で考えたが、頭の中を『601』が乱舞していた。
「・・・・・・」
マヤの両目から、涙がいくつかこぼれ落ちた。それが、マコトをさらに困惑させる。
「えっと・・・、そ、それに! 俺の体にこれだけの影響があったって事は、シンクロ率が上がってる証拠だよ、きっと。うん! 早く、赤木博士に確認しなくちゃ!」
「・・・・・・」
「・・・あの・・・、伊吹さん?」
「・・・・・・」
マヤは返事をしなかった。その代わりに、マコトに近寄り、背中の傷跡に、そっと手を触れた。
「ひゃ!」
「ご、ごめんなさい! 痛かった?」
「いや、全然。ただ、くすぐったくって」
「・・・ごめんなさい」
そのまま、黙ってうつむくマヤ。離れかけた指は、再びマコトの背中に触れる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あの・・・、伊吹さん・・・、手、見せてくれる?」
「・・・・・・」
マヤは無言で手を差し出した。マコトに触れている方とは反対の手を。
自然と2人は、マヤがマコトの背中に寄り添うような体勢になる。
「・・・よかった。少し赤くなってるけど、しばらく冷やせば、大丈夫だよ。跡にも残らないと思う」
「・・・・・・」
「えっと、あのさ・・・、俺達、この傷の分だけ、前より絶対、強くなってるよね? あれだけの痛みに耐えて、がんばって・・・、そして、勝ったんだから・・・。だから、これは名誉の勲章というわけで・・・。まぁ・・・、どうせ、すぐ消えちゃうんだけど・・・」
いかにも陳腐なセリフだ、とマコトはあきれた。ドラマに同様のセリフが出て来れば、馬鹿にしていた自分なのに、いざとなれば、この程度・・・。なにか言わねば、と考えるほどに、泥沼にはまっていくようだ。
マヤは自分の手を見ようともせず、マコトの背中を見つめ続けていた。その目から、耐えずこぼれる涙・・・。
マコトは、もう考えるのを止めた。そして、自分の気持ちをそのままマヤに伝えた。
「ねぇ・・・、伊吹さん?」
「・・・なに?」
マヤの声は、かすかに震えていた。
「あの・・・、伊吹さんに泣かれると、俺、すごくつらくなるんだ。今もすごく胸が苦しい。伊吹さん、必死にがんばってくれて・・・、今日だって、伊吹さんがいなかったら、俺、死んでた・・・。本当に感謝してるんだ。いや、感謝なんて言葉じゃ足りない・・・。だから、そんな伊吹さんの泣いてるところなんて見たくないんだ」
「・・・ええ・・・」
マヤはわずかに頷く。その手は、マコトに触れたまま・・・。
「それにさ・・・」
マコトが続ける。
「これは、俺が自分のためにやった事の結果なんだ。だから、俺自身、後悔はないし、なにより、伊吹さんが、そんな俺なんかのために泣く事、全然、ないんだよ」
マコトに触れたマヤの指に、かすかに力が入る。
「・・・葛城さんの、ため?」
「え!?・・・・・・うん、まあ、なんというか、その・・・」
あれだけの大声で叫んだのだから、マヤの耳にも入っているだろう事は、マコトも気付いていた。しかし、いざ指摘されると、少なからず動揺が走る。
「ごめんなさい! 変な事言っちゃって・・・」
「うん・・・、あ、いや! その・・・」
マヤは悔やんだ。
触れてはいけないと思っていたのに・・・。
でも、触れずにはいられなかった・・・。
背中の傷にも、心の傷にも・・・。
(どうして・・・?)
マヤは、まだ、気付いてはいなかった。
「まあ、その・・・、そういう事だからさ。もう泣かないで、ね、伊吹さん」
その時、マヤは顔を上げて、マコトを見つめた。
(なんてこった・・・)
マコトは思った。
(泣き顔は見たくないとか言いながら、涙に濡れる瞳が、とてもきれいだなんて考えてる・・・)
「・・・これだけは言わせて?」
「ん、なに?」
「・・・ありがとう・・・」
マコトは、その時、マヤが触れている傷の痛みが、前よりもずっとやわらいでいる事に気付いた。
「うん、ありがとう、こちらこそ・・・」
第6話 MARKS OF WOUNDS 終わり