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「うっ、ん・・・」

「シンジ君!? シンジ君、気が付いた!?」

「・・・・・・葛城、さん?」

「よかった!  シンジ君、よかった・・・」

 

EVANGELION MM

 

「ここは? 僕、どうなったんですか?」

「ここは、ネルフの救急病棟よ。シンジ君は、爆発で車が横転して・・・、かなり、大きな怪我を・・・してしまって・・・、私・・・、私・・・、ごめんなさい!」

「葛城さん? ・・・どうして、葛城さんがあやまるんですか?」

「だって・・・、だって・・・、命に懸けて守るだなんて言っておいて、私・・・、シンジ君を守れなかった。こんな、ひどい、怪我を・・・、うっ、うっ」

ミサトは大粒の涙をこぼした。事故の日から2日間、意識の戻らないシンジを案じて、ミサトは、ほとんど眠る事も出来ない、憔悴の時を送っていたのだ。

「そんな・・・、そんなの葛城さんのせいじゃないですよ。あんなすごい爆発だったんですから・・・。それより、葛城さんの方こそ、大丈夫なんですか? なんだか顔色が・・・」

「私は大丈夫。ちょっと寝てないだけだから・・・。怪我の方は、私は、幸い、打ち所がよくって、大した事なかったの」

打ち所というよりも、落ち所がよかったのだが、そのあたりについては、さりげなく回避するミサトだった。

「そうですか・・・。よかった、葛城さんが無事で・・・」

微笑むシンジ。その笑顔は、淡くても、ミサトの胸を打つのに充分だった。

「シンジ君・・・」

ミサトはシンジの右手を、両手で包むように、そっと握った。

「シンジ君・・・。これからシンジ君が退院するまで、ずうっと、私が看護してあげる。ううん、お願い! 看護させてほしいの・・・」

「え!? そんな・・・、悪いですよ」

シンジとしても、ミサトのような、優しく、美しく、ナイスバディな女性に看護してもらうのは、正に願ったりな話なのだが、やはり、照れと『迷惑なのでは?』という気持ちが先に立つ。

「ううん! シンジ君を守れなかったのは、私の責任だもの。看護っていっても、大した事は出来ないけど、一生懸命、付きっ切りでお世話するわ! ね、お願い! そうさせて!?」

なにやら、異様に力が入っているミサト。

「でも・・・、ネルフのお仕事とか大丈夫なんですか?」

「それは大丈夫! 碇司令からも「本部には、しばらく来なくていい」って言われてるんだもの、問題なしよ!」

「あの・・・、それって、もしかして、謹慎処分って言うんじゃ?」

「ううん。なんでも「使徒殲滅のために必要だから」ですって。よくわからないけど・・・」

「はぁ・・・」

「きっと、私にシンジ君の看護をしなさいっていう、碇司令の心遣いなのよ!」

「はァ・・・(違うと思うけど・・・)」

「ね、だからお願い・・・」

潤んだ瞳でシンジを見つめるミサト。

若干14歳。この手の攻撃に対抗する術を持ち得ないシンジだった。

「それじゃあ・・・、よろしくお願いします、葛城さん」

「よかった・・・、私の事は実のお姉さんだと思って、甘えていいからね」

「はい、すいません」

「それと・・・、もう1つお願いがあるんだけど・・・」

「え、なんですか?」

「あのね、『葛城さん』じゃなくて、『ミサト』って、ね?(にっこり)」

「あ、はい、ミサトさん(にっこり)」

 

第5話

MINOR DIFFERENCES

 

最初の使徒迎撃から4日が過ぎていた。

使徒はまたやって来る。違った姿、違った能力を持って・・・。

「あと2日ね・・・」

エヴァ操縦の訓練を終え、休憩所でコーヒーを飲みながら、マヤがマコトに言う。

ドイツから弐号機と共に、セカンド・チルドレン、惣流・アスカ・ラングレーが来日する、それまで、あと2日だった。

「そうだね。それまでは使徒にも待っててもらいたいけど・・・」

「・・・本当ね・・・」

アスカが来たとしても、もちろん、彼女1人に全てを任せるわけにはいかない。レイも復帰にはもう2週間ほどかかるらしい。使徒が現れれば、バックアップとして、マヤとマコトにも出撃の命が下るだろう。

しかし、やはり、2人のシンクロ率では、思うようにエヴァを操る事が出来ない。つい先ほどまで行なわれていた訓練でも、その成果は芳しいものではなかった。

「せめて、もっと速く走れればいいんだけど・・・。あんなヨタヨタじゃ、使徒も相手にしてくれやしない! くそっ!」

苛立ちが、発する言葉に浮かぶ。

「そんなにあせらないで、日向君・・・。まだ、始めたばかりなんだし・・・。私だって、がんばるもの! 大丈夫よ!」

マコトを励ますマヤだったが、無理をしているのが顔色でわかる。マヤ自身、今の状態に不安を抑え切れないのだ。それに耐えて、自分を励まそうとしてくれるマヤを見て、マコトは胸が痛んだ。

(なにやってんだ、俺は! 俺の方こそ、伊吹さんを励ましてやらなきゃいけないってのに! 彼女の方が怖いんだ。そりゃ、そうだよ、怖くて当たり前じゃないか! 俺だって、あんな事がなけりゃ、エヴァに乗って使徒と戦うなんて、とても、耐えられなかったんだ・・・)

『人類を守るため』などという漠然とした理由が、恐怖に打ち勝つ力にはなり得ない事を、マコトは知っていた。人間はもっと具体的で、身近なものによって動かされるのだ。

そして、マコトはそれがあるからこそ、エヴァに乗る。

それは、人類や世界のためではなく、たった1人の女性のため。

今はもういない、1人の女性が遺した願いのためだった。

(俺は卑怯だ。自分のために、伊吹さんに犠牲を強いている・・・。でも・・・、それでも俺は・・・)

マコトがなにを動機にエヴァに乗ろうと、それでマヤの状況が変わるはずもなかった。しかし、それが、マコトの自己嫌悪を和らげる事にはならず、そして、それでもなお、彼の女(ひと)への思いはそれらを上回るものだった。

(葛城さん・・・)

 

しかし、マコトの、この切なる想いは、実にむなしく空回りしていた。なにしろ、その動機の元は、この時、病院で14歳の男の子をかいがいしく世話していたのだ。「はい、あ〜んしてぇ」などと言って、ご飯を食べさせたりしていたのだ。

ミサトが無事な事をマコトもマヤも知らない。マコトの戦う動機がミサトにあると知った、ゲンドウ、冬月、リツコの『計画が第一』トリオは、ミサトを、もういない事にしてしまったのだ。ミサトの葬儀も本人の遺言(?)にのっとって、使徒を完全に殲滅してから行なわれる事になった。もちろん、ミサト本人は『葬式よりも、まずは、結婚式よ!!』とばかりに、ピンピンしているのだが、マコトの士気を高めるために、リツコが演出したのだ。ご丁寧にも、ミサトの筆跡で遺言状まで偽造する、リツコの懲りようはハンパではなかった。まるで『いつ現実になってもいいのよ・・・』と言わんばかりだった。

ちなみに、マヤとマコト、そしてミサトには本人に知られる事なく監視が付いていた。これは、2人とミサトを会わせないためのもので、その辺も、リツコによって、抜かりなく管理されていた。とはいえ、マヤとマコトは、エヴァの操縦訓練で多忙を極め、ミサトはミサトで、本人のたっての希望で、病院に常住してシンジの看護にあたっており、そのような心配は杞憂と言えた。

 

「・・・伊吹さんって、恋人とか、好きな人っていないの?」

コーヒーを飲み干して、マコトが言う。

「えぇっ!? なによ、突然!?」

なんの脈絡から、そのような言葉が出て来たのかわからず、マヤは動揺し、コーヒーを飲んだ。慌てて飲んだので、猫舌のマヤは、舌を少し火傷してしまった。

「いないの?」

「恋人とかそういう人は・・・・・・。そういう・・・!」

マヤは『そういう、日向君は?』の言葉を、かろうじて飲み込んだ。

気付いているのか、いないのか、マコトは話を続ける。

「人じゃなくてもいいけど・・・、なにか守りたいと思うものがあれば、そのために戦えるんじゃないかな、と思ってさ・・・」

自分を動かしているものが、マヤの助けにもなってくれれば、とマコトは願う。

わずかに思案して、マヤが言う。

「・・・猫でもいいの?」

本当は、マヤはリツコの名を挙げたかった。もちろん、尊敬する先輩としてだが、単にそれだけというわけでもない。両親と姉を15年前に失っているマヤは、リツコにそれら肉親をダブらせているところがあった。姉として、母として、時には父として、憧れと、安らぎと、力強さの対象として、マヤはリツコを見ていたのだ。

しかし、そんなマヤとリツコの間に、怪しげな関係を期待する輩が多く(特に女性職員、その筆頭がミサト)、マヤはこの手の話題を、条件反射的に警戒してしまう。

「そういえば、猫、飼ってるんだよね。名前は・・・」

「リッチーよ。色は白で、女の子なの。すっごく、かわいいの!」

とはいえ、名前の由来は推して知るべしの、白いメス猫を飼っていて、その上、リツコからゆずってもらったその猫の話を、満面の笑顔、しかも、写真付きでしているマヤを見れば、怪しげな噂も立とうというものだった。

「そう・・・、その猫、リッチーを守りたいっていう気持ちは、強い力になると思うよ・・・」

「・・・ええ・・・」

マヤはカップを口元に運んだ。火傷した舌に、コーヒーがしみる。

マコトとミサトが実際に恋人同士だったのか、それとも、マコトの片思いだったのか、マヤは知らない。しかし、マヤは、マコトがなんのためにエヴァに乗るのか、4日前に、その理由を耳にした。

『葛城さんの、仇だ!!』

その言葉から、マコトのミサトに対する想いの強さを知ってしまった。

そして、エヴァから降りてきたマコトの目が赤くなっていた事。それにも、マヤは気付いていた。マコトが目をこすった程度では、到底、ごまかし切れない、深すぎるほどの悲しみが、そこに見えた。

それに触れる事など、もちろん、マヤはしない。

こんな時ほど、言葉とは、あまりに不完全なものだから。

「・・・がんばりましょう、2人で。一刻も早く終わらせるためにも・・・。ね?」

マヤが気丈に笑う。

「うん、一緒にね。伊吹さん・・・」

マコトもそれに返して笑う。

その笑顔に、マヤは胸が絞め付けられる思いがした。

 


 

マヤとマコトがシリアス路線を進む一方、至極、能天気なフィールドを形成する2人がいた。

「は〜い、シンジ君、お食事持ってきたわよん♪」

「あ、すみません、ミサトさん(にっこり)」

「いいのよ。私が、好きでやってるんだから(にっこり)」

結局のところ、シンジの怪我は脳震盪と軽い鞭打ち症、そして、左の腕と足、肋骨数本の骨折にとどまっていた。全治に2ヶ月を要するものの、後遺症等の心配もないという事で、ようやく安堵するミサトだった。

シンジの世話は、宣言通り、ミサトが付きっ切りで行なっていた。骨折のショックによる発熱で汗に濡れたパジャマを着替えさせたり(パンツは、シンジがなんとか1人で着替えた)、汗を拭いたり(もちろん、上半身のみ)、そして、食事も、ミサトが手ずからシンジに食べさせていた(もちろん、病院で作った食事を)。看護婦がする世話は風呂とトイレくらい(シンジが強硬に遠慮しなければ、これもミサトがやるはずだった)で、ミサトのあっぱれな看護ぶりは、のちの語り草となった。

シンジもミサトの献身ぶりには、深く、感謝していた。幼い頃に母を亡くし、父とも隔絶され、預けられた先の叔父、叔母とも素直に打ち解けられない、いや、互いが相手を拒絶さえしていた・・・。『家族』というものの意味を知る機会に恵まれずにきたシンジにとって、ミサトは初めて接する『ぬくもり』だったのだ。

「でも、ミサトさんには、なにからなにまでお世話になってしまって・・・。あの・・・」

「ん? なに?」

「あの・・・、看護婦さんから聞いたんですけど・・・。事故があった時、ミサトさんが応急処置をしてくれて・・・、それがなかったら、危なかったって・・・」

「ふふっ、そんなの当然の事よ」

「骨の折れた所に添え木をしてくれたり、それから・・・、あの・・・」

「ん? なぁに?」

ミサトはシンジの言いたい事が薄々わかっていた。わかっててわざと聞いているのだ。意地が悪い。

「あの・・・、人工呼吸までしてくれたって聞いて・・・」

「うん、それで?」

「それで、もうしわけなくって・・・」

「どうして?」

「だって、いくら人工呼吸だからって言っても、その・・・、口と口を・・・、その・・・、だから・・・」

「・・・私とキスしたのが、嫌だった?」

「いいえ! そんな! ただ、もしミサトさんに恋人がいて、恋人以外の人と、その・・・、キス・・・なんてしたら・・・。ミサトさんの方こそ嫌だったんじゃないかって・・・」

ミサトは、シンジの『いかにも14歳』なセリフが、かわいくって仕方がなかった。

「うふふっ、お気遣いなく。私は花の独身だし、恋人もいないわ。ネルフなんて職場にいると、恋する暇もないもの。それに・・・」

「?」

「シンジ君とのキス・・・、私は、嫌じゃなかったわよ」

ミサトは、そっと、シンジの目を見つめる。

「え? そ、そんな・・・」

シンジは動悸を抑えられず、うつむいてしまった。

さて、ちなみに、シンジの呼吸が停止していた原因、これも、実はミサトだった。シンジが地面に叩きつけられ、脳震盪で気絶したあと、ミサトがその上に落下した。その際、ミサトはうつ伏せの状態でシンジにのしかかり、その胸をシンジの顔に押し付ける格好となったのだ。それで死ねたら本望だと言う男もいるだろうが、本当に死ぬのは、さすがにどうだろうか。

「私のキスでシンジ君が生き返ったなんて、まるで白雪姫みたいね・・・。ね、シンジ君?(はぁと)」

「え、あの、その・・・」

ただの人工呼吸なのに、ミサトがわざとキス、キス、言うものだから、シンジは顔が真っ赤だった。その反応がかわいくて、ミサトはさらに調子にのる。

「という事は、私は王子様か・・・」

毒りんごを食わせた女が言う。

「ねぇ、シンジ君、あのお話の最後って、知ってる?」

「え、はい、知ってます・・・」

「そう、『王子様のキスで目が覚めた白雪姫は、それから王子様と一緒に、末永く、幸せに暮らしましたとさ』よね・・・。ねぇ、シンジ君?」

「はい?」

「私達も・・・、『一緒に、末永く、幸せに』暮らさない?」

「え? ええぇっ!?」

「うふふっ、冗談よ、冗談。もう、シンジ君て、かわいい!」

「もう! からかわないでくださいよぉ」

 

マコトが真相を知らないのは、実に幸いと言えた。

 


 

アスカ来日まで、あと1日を残すのみとなった。

この日も、マヤとマコトは午前はシンクロテスト、午後はエヴァに搭乗しての射撃訓練と、かなりのハードスケジュールが用意されていた。

 

「なにか・・・、違う・・・」

マヤはつぶやいた。

朝も早い内から、マヤとマコトはシンクロテストのため、テストプラグの中にいた。

エントリープラグと同じ形状をし、同じL.C.L.が満たされたテストプラグでありながら、2つがどこか違っている、とマヤもマコトも感じていた。その違いとは、具体的なものではなく、ただ、感じるに過ぎないのだが、しいて言えば、母の胎内に例えられるプラグであっても、テストプラグはあくまで鉄のイミテーションに過ぎず、一方のエントリープラグはまさしく子宮、生きているものの鼓動を感じさせるのだ。エヴァのエントリープラグには『母』が宿っている・・・、そんな印象を2人は抱いていた。

マヤにはテストプラグの空虚さが、ひどく、冷たいものに感じられた。それもあって、今の自分の姿に不安感がつきまとう。

「あの、先輩?」

「なに?」

「私達のプラグスーツは、いつになったら出来るんですか? 水着でいるのって、なんか不安で・・・」

「もうじきよ、あと4〜5日で出来るわ」

リツコは、モニタ上のデータから目をそらす事なく言った。

2人のプラグスーツは神経接続のサポート機能を強化するため、特別あつらえとなっている。より個人に合わせた設定が必要なため、作成に時間がかかるのだ。もちろん、出来上がるまでに、使徒に来られてしまっては元も子もないのだが、通常のスーツでは規格が合わないため、神経接続のサポートはもとより、生命維持モード等の効果もあまり期待出来ない。

というわけで、2人はこの日も水着姿だった。マヤは水色の無難なワンピース、マコトはまたも、赤いネルフマーク入りトランクス(職員にはえらく不評)だった。

「水着で温泉より、もっと場違いだもんなぁ・・・」

マコトがつぶやいた。

 


 

シンクロテストが終わると、マヤとマコトは昼食を取るために、食堂へ向かった。

午後からも続けて訓練があるため、2人はシャワーでL.C.L.を洗い流し、髪と水着を乾かしたその上に、パーカーだけを羽織った状態だった。

食事は、マヤはサンドイッチとコーンスープ、マコトはたぬきうどんと緑茶を注文した。エヴァに乗った時に、困った事にならないよう、お腹を冷やさないメニューだった。

食堂には、2人以外にも同様の格好をした男女の職員が数名いた。技術局の職員はエヴァの開発、実験などで水中に潜る事も多く、個人の水着を常備していた。午後の作業に備えて、水着で食事をしたり、休憩を取る。このような光景は、ネルフではごく当たり前のものだった。これだけを見ると、実に素晴らしい職場に見える。

「あんまり伸びなかったね・・・」

シンクロテストの結果についてだ。マヤがサンドイッチをぽそぽそ食べながら言った。

「うーん、なにが違うんだろう?」

マヤの向かいの席で、マコトがたぬきうどんをつるつる食べながら言った。

「やっぱり・・・、状況的に追いつめられないと出ないのかしら?」

マヤがコーンスープをコクンと飲みながら言った。

「そうかな、やっぱり・・・」

マコトが緑茶をズズズと飲みながら言った。

これまでのテストで、シンクロ率はせいぜいが20%どまりであった。しかし、先の使徒との戦いにおいて、一時的にではあったが、シンクロ率が30%を記録した事があったのだ。

「でもさ、あの時は終始追いつめられてたと思うけど・・・。本当のギリギリにならないと出ないって、それじゃ、いつも危機一髪になるまで待たなきゃいけないって事?」

「それって、すごくイヤね・・・」

ぽそぽそ

つるつる

コクコク

ズズズ・・・

「よお! テスト、済んだのか?」

「ん? あぁ。・・・お前、またカレーかよ」

「違うだろが。昨日はポークで、今日はチキンなんだから」

「インド政府から表彰されるぞ」

「ふふっ、でも、ホントにカレー、好きね、青葉君」

オペーレータ青葉シゲルは、チキンカレーとアイスコーヒーの乗ったトレイをマヤの隣に置いて、席に座った。

「しかし、ここのもちょっと違うんだよなぁ! あと一歩ってとこなんだけど」

カレーを口に運んで、シゲルは言った。彼はこの食堂でカレーを食べるたびに同じ事を言っていた。つまり、ほぼ毎日言っている。

「お前のオヤジさんのカレーには、どんな店もかなわないよ」

「だろ?」

シゲルが、とても自慢げに笑う。

「日向君、青葉君のお父様のカレー、食べた事あるの?」

「うん、半年位前に2人で『2東』に出張に行った時に、泊めてもらったんだけど、その時にご馳走になったんだ。いや、あれは見事」

シゲルの父は、第2新東京市でカレー屋を営んでいた。妻の死後、1人で店を切り盛りする彼は、シゲルが使徒の襲来を懸念して、再三、もっと遠くの都市に移るよう説得しても、「常連さんを置いては行けぬ」と頑として動こうとしない。それほど多くの常連客を集めるカレーの味は、相当な代物であり、情報誌『セカンド・トーキョー・ウォーカー』にも、たびたび紹介されているほどだった。

「へぇ、私も1度、食べてみたいな」

「ホント? 伊吹さんが来てくれたら、サービスさせるよ!」

「サービスって?」

「そうだなぁ・・・。大盛りでも普通料金と同じ、てのはどう?」

「あんまり、うれしくないなぁ」

「そうかぁ。でも、そうだよな。そのせいで太っちゃったりしたら、その水着も着れなくなっちゃうもんなぁ」

「むう! なんて失礼な!」

マヤが目は笑いながら、むくれて見せる。

「うん、失礼な奴だ、シゲルは。でも、伊吹さんは今でも充分素敵だけど、少し位太ったって、また違った魅力でいいと思うけどなぁ」

マコトは、こういうセリフを実にさらっと言う。下心がない分、あけすけなのだ。

「え? やだ・・・、そんな・・・」

素直に照れるマヤ。

「マコト、お前、そういう歯の浮くセリフを言うには、顔がまじめ過ぎるんだよ」

「なんだよ、そりゃ」

置かれた状況を、一時忘れて笑い合う3人だった。しかし、こんな時に限って、それを邪魔するものが現れるのが、世の常というものだ。

 

「使徒、領海内に侵入! 総員、第1種戦闘用意! 繰り返す!」

 

サイレンに続き、アナウンスの声が響く。

「! くそっ、なんであと1日待てないんだよ!!」

「日向君、行こう!」

「ああ!」

「2人とも、無茶するなよ!!」

食堂を出て行く2人に、シゲルが叫ぶ。

「・・・くそっ!」

仲間を見送る事しか出来ない自分を歯がゆく思いながら、シゲルは発令所へと駆けて行った。

 

 

第5話  MINOR DIFFERENCES  終わり

 


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