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「目標と初号機はどうなっているの!?」

「メインモニタ、あと20秒で回復します!」

使徒の放った光線は、ジオフロントの天井を貫いていた。

大きく振動する中央作戦室発令所。その中にいて、リツコは、使徒の、強い意志で動くものの恐ろしさを痛感するのだった。

 

EVANGELION MM

 

「メインモニタ、回復しました!」

「!!」

そこに映った映像は、リツコの想像と一致するものだった。

使徒が狙ったもの、それは、使徒自身の足だった。強烈な破壊光線は、それを放った者の下半身を消滅させていた。

そして、それだけではなかった・・・。

「!! ゲートが!!」

ゲートの消失した第22番射出口は、今や使徒をジオフロントへと導く通路と化していた。使徒は、緩慢な動きながらも、手だけで這いずりながら、射出口に入り込もうとしていた。

「初号機は!?」

「前面部、第1装甲が融解しているのみで、機能中枢、その他に異常なし。活動に問題ありません!」

「初号機、アンビリカルケーブル断線! 内臓電源に切り替わりました!」

「!!」

リツコはモニタに映る文字を読んだ。

 

『活動限界まで、あと4分19秒』

 

「日向君は!?」

初号機は、爆発で飛ばされ、そばのビルに突っ込んでいた。そして、瓦礫に埋もれる初号機の中で、マコトは意識を失なっていた。

形勢は完全に逆転されたのだ。

「なんて事!!」

最悪の事態に、リツコはオペレータ席から、副司令のいる司令席を仰ぎ見た。そこには、冬月と、いつ目覚めたのか、ゲンドウが並んで立っていた。

「司令?」

その表情は穏やかだった。あきらめではない、勝利を確信した笑みを浮かべて、ゲンドウは立っていたのだ。

「!! 目標、射出口に侵―」

「うわぁーん!!」

オペレータの声をさえぎって、大音響が発令所内に響き渡った。

「えっ!?」

リツコがメインモニタに目を戻すと、そこには、泣きわめきながら使徒につかみ掛かっている零号機が映し出されていた。

「もう、やめてぇ! うわぁーん!!」

零号機は両手で使徒の右腕の槍をつかんでブンブンと振っていた。遠目には、母親に駄々をこねている子供のように見えた。

泣く子の馬鹿力には、使徒でも勝てなかった。体の左半分は射出口の中、右の槍は零号機がつかんでいて、使徒の攻撃の手はふさがれていた。

 

第4話

MADCAP 後編

 

「マヤ、今、日向君を起こすわ! それまでがんばって!」

「うわぁーん!!」

リツコの指示に、泣き声で答えるマヤだった。

「初号機コックピットに通信、最大音量で!」

即座に対応するオペレータ。

限界まで息を吸うリツコ。

「日向君! 目を覚まして!」

「わぁっ!! ・・・? 赤木博士? あれ?」

「寝ぼけないで!

使徒はまだ活動しているわ!」

「あっ!」

「零号機が使徒の動きを

止めているの。だから、早く!!」

「はいっ!」

「急いで! あと2分41秒で、

初号機の活動は停止するわ!」

「は、はいっ! すみませんっ!」

なぜか、謝ってしまうマコトだった。

 

 

「うわぁーん! うわぁーん!」

もがく使徒を必死で押さえながら、マヤはわぁわぁ泣いていた。

「うわぁーん! もう、やめてぇ! なんで、こんなコトするのぉ!?」

「なんで?」と聞いても、返事がある筈はなかった。この使徒には口がないのだ。

「うわぁーん! うわぁーん!」

使徒を中に入れまいと、必死で引っ張る零号機。最初は抵抗していた使徒だったが、やがて、ずるずると、射出口から引きずり出されていった。

しかし、それはマヤの失策だった。

体が、射出口から外に出る事で、使徒はかえって動きやすくなった。そして、左腕が自由になったとたん、使徒は槍を零号機に向けて放った。

「きゃあっ!」

強い衝撃を右肩部に受けて、零号機はつかんでいた手を離し、その場に転倒した。

「ううっ!」

シンクロ率の低さが幸いして、右肩の痛みはそれほどでもなかったが、突然の反撃をくらった精神的ショックが大きく、マヤは即座の状況判断が出来なかった。

動きを止めた零号機は、格好の獲物と化す。

そして、使徒の両腕は、零号機の頭部に狙いを定めた。

「伊吹さん!!」

自分を呼ぶ声に、はっとする。

「日向君!?」

次の瞬間、使徒の体は、初号機のタックルを受けていた。

「伊吹さん、立って!」

マコトが叫んだ。初号機と使徒は組み合って、団子状になっている。

「くうっ!」

マヤは急いで零号機を立たせると、使徒を押さえに向かった。

 

 

「勝ったな・・・」

「あぁ」

司令席で冬月とゲンドウは、静かに勝利を確信し合った。

これで、全てが始まる。使徒迎撃の主権を握り、予定通り、計画を遂行するのだ。

人類と、そして、神のための計画を・・・。

 

 

「しつこいぞ! おまえ!」

マコトは叫んだ。

使徒が絡み付いて離れない。ままならない操縦に加え、右手はプログナイフでふさがっているため、体勢を立て直す事も出来ない。コアを狙おうにも、両腕から放たれる槍が邪魔をする。そして、なにより、初号機にまとわり付く使徒の粘液質の皮膚、これが問題だった。

「だぁーっ! 気持ち悪いいぃ!」

マコトの全身を、ぬとぬとした感触が這いずり回る。使徒はかなりの力で初号機を締め付けているのだが、シンクロ率の低さのため、伝わった刺激がマコトに激痛を与える事はなかった。その代わり、かなりのぬとぬとだった。

いっその事、いったん完全に離れてしまった方が良いのだろう。マコトも、実にそうしたかった。しかし、それでは時間がなくなってしまう。マヤ1人にまかせるわけにはいかないのだ。

 

初号機、活動限界まで、あと1分27秒。

 

「つかんだーっ!」

突然、マヤの声がした。マコトが見ると、零号機が使徒の左腕の槍をつかんでいた。

「伊吹さん!?」

「日向君、大丈夫!? 怪我はない!?」

「そのまま、つかんでて! もう1本の槍に気を付けて!」

「ええ!」

が、マヤが答えるや否や、右腕の槍が初号機の顔面を打った。マヤを気遣うあまり、自分への注意を失念していたマコトは、身構える間もなく、衝撃をまともにくらってしまった。

「ぐうっ!」

「日向君!」

その時、マヤの瞳に炎が揺れた。

「もう・・・、もう・・・、いい加減にして―!!」

マヤの絶叫のあと、零号機の足が大きくスウィングした。その強烈な蹴りは、地面を大きくえぐりながらも、勢いはまるで衰える事がなく、つかんでいた左の槍を根元からポッキリ折った。

「もう一本!」

間髪入れず、右の槍にも蹴りを入れる零号機。こちらの槍もポッキリ折れた。

「いい加減、おとなしくしなさい!!」

使徒に飛び掛かる零号機。

マヤの快進撃は続く。

 

初号機、活動限界まで、あと45秒。

 

「日向君、とどめを!」

零号機に、なすすべもなく羽交い締めにされて、使徒のコアは、初号機の眼前にさらされた。

マヤの大活躍に、呆気に取られていたマコトだったが、せっかくのチャンスを逃すはずもなかった。

「行けぇっ!!」

初号機は、プログナイフをコアに突き刺した。

命の火花が散る。

 

初号機、活動限界まで、あと20秒。

 

死に物狂いで、使徒を押さえる零号機。

さらに深く、ナイフを突き入れようとする初号機。

その時、各機のシンクロ率は30%に達していた。

 

初号機、活動限界まで、あと10秒。

 

「葛城さんの仇だ!! くたばれ!!」

マコトが叫んだ。彼がエヴァに乗った最大、唯一の理由だった。

 

初号機、活動限界まで、あと5秒。

ピシッ!

エヴァ初号機、活動停止。

 

亀裂音と共に、コアの光が消えていく。

活動停止の寸前、その光景を確認したマコトは、安堵のため息をついた。そして、通信回線をオフにして、目を閉じる。

「・・・葛城さん、やりました。仇は取りましたよ・・・」

愛する者を失った悲しみがよみがえる。

マコトは涙を流した。大声で泣いても、誰にそれを見られる事もない・・・。

しかし・・・、

 


 

「目標は、完全に沈黙しました!!」

オペレータの報告に、歓声が上がった。

リツコも、そばのオペレータに握手を求め、喜びを分かち合っていた。

司令席では2人の男が、満足のいく成果に頷き合った。そして、今後の事を話し合う。

「・・・日向君には悪いが、葛城君が無事だった事は、しばらく伏せておいた方がいいな」

「あぁ」

ミサトは、気絶こそすれ、かすり傷程度の軽傷で済んでいた。実際、医療ヘリが到着した時には、ミサトはすでに意識を回復しており、重体のシンジに応急処置を施していた。シンジが九死に一生を得たのは、この、ミサトの処置によるところが大きかった。

ただし、なぜシンジが重傷を負ったのかについては、これもミサトによるところが大であった。転がる車から外に放り投げられた際、先に地面に落ちたシンジをクッションにして、ミサトは軽傷ですみ、ミサトの体重の乗ったフライングボディプレスをくらって、シンジは生死の境をさまよう羽目になったのだ。九死の内の七死くらいはミサトのせい、と言ってよかった。

「しかし、日向君が葛城君に好意を抱いていたとは・・・、計画の妨げにはならんだろうな?」

冬月の問いに、ゲンドウは不敵な笑みで答えた。

「問題ない・・・」

 


 

「日向君! 日向君! 大丈夫!?」

エントリープラグから解放されて、マコトは、マヤが心配そうに駆けて来るのを見た。

(伊吹さん、目が赤い。ずいぶん泣いたんだろうな、かわいそうに・・・。あ、俺の目も赤くなってるんだろうか。うわ、恥ずかしい!) 

マコトは自分の目をゴシゴシとこすった。

「俺は大丈夫! 伊吹さんこそ、大丈夫だった?」

「ええ、私は全然・・・。でも、日向君、あんなすごい爆発に巻き込まれて・・・、ねぇ、本当に大丈夫なの?」

言葉だけでは納得しないだろう、と思い、マコトは頭や手足をぶんぶんと振って見せた。

「ほら、大丈夫! シンクロ率の低さが幸いしたのかな? 火傷もないし」

マコトが笑い掛けると、マヤも笑みを返そうとした。しかし、それは失敗し、途中で顔がゆがんでしまった。

「ふ、ふえっ、うっく」

マコトは無言で肩を貸した。マヤは素直にその肩で泣いた。

「怖かった・・・」

嗚咽まじりにマヤがつぶやく。

「俺も。・・・怖かったよ、本当に」

泣きじゃくるマヤ。

その涙は、マコトの肩を伝って、床へ落ちた。

「・・・ごめん。俺、約束、守れなかった」

「・・・約束って?」

「使徒は向かわせない、なんて言っておいて、結局、伊吹さんに助けてもらって・・・」

「そんな・・・、あんな虫のいい話、約束なんて言えない・・・。2人で頑張らなきゃいけなかったんだし・・・、そうじゃなきゃ、絶対、勝てなかったもの・・・」

「うん、1人じゃ勝てなかった・・・。伊吹さんと一緒だったから、勝てたんだ」

「・・・でも、すごかった、日向君。いつもの日向君とは別人みたいだった」

「伊吹さんだって、すごかったよ。特にあのキック、かっこよかった」

「もう・・・、必死だったんだから・・・」

必死で戦った2人だった。

2人で力を合わせたからこそ、勝てた戦いだった。

「うん、そうだね・・・」

 

エヴァを前に、水着姿で泣いている女を、同じく水着姿の男がなだめている。

傍目にはかなり奇異な光景であったが、それを笑う者は1人もいない。

 

 

第4話  MADCAP 後編  終わり

 


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