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「日向君、マヤ、聞こえるわね? これから、使徒迎撃の作戦を伝えます」

「はいっ!」

「はい・・・」

「使徒が、NN地雷を跳ね返すほどのA.T.フィールドを持つ以上、接近して、プログナイフで直接コアを破壊するしか方法はありません」

「・・・」

「・・・」

「まずは、攻撃担当を説明します。日向君は初号機で使徒への近接戦闘を担当、マヤは零号機で後方支援を担当します」

「はいっ!」

「はい・・・」

「今、あなた達がいるポイントはここ。最悪、エヴァが操縦不能であった場合でも、回収の時間が確保出来る位置に射出しました。でも、そのため、使徒からは少し離れています。そこで・・・」

「・・・」

「・・・」

「作戦進行は、まず、マヤがパレットガンで使徒の足を止めます。シンクロ率が低い上、マヤは射撃の経験がほとんどないので、インダクションモードを選択。使徒への照準合わせは、コンピュータにまかせるから、マヤはただトリガーを引くだけでいいわ」

「はい・・・」

「その間に、日向君は使徒に接近、近距離からパレットガンで使徒の足を狙います。使徒が転倒したら、即座に、プログナイフで使徒のコアを破壊。目からの破壊光線と、腕の槍、かしらね?それに充分気を付けてね」

「はいっ!」

 

EVANGELION MM

 

都市のあちこちでは、火の手が上がり、周囲を強く照らしている。

その中にあっても、使徒の目は、うつろな闇で、マヤとマコトを包んでいた。

マコトは使徒の目をにらみ返しながらも、手が汗ばみ、足が震えるのを押さえる事が出来なかった。意気込んで出たはいいが、いざ対峙すると、やはり敵の威圧感というものは尋常ではなかった。

この場にいる事に後悔はない。しかし、それが『戦える』という自信につながるわけでもない・・・。つい、マコトは、助けを求めるかのように、マヤに話し掛けた。

「伊吹さん、大丈夫?」

「えっ、ええ」

「俺、ダメだ。すっごい、緊張しちゃってるよ」

軽い口調を装ってはいるが、語尾が震えている。

彼も耐えているのだ、この状況、この恐怖に・・・。それがマヤにはわかった。

「・・・なんだか、少し、ホッとした」

マヤが、かすかに笑顔を浮かべて言う。

「えっ、なにが?」

「だって、私も震えてるもの・・・。それで、自分だけじゃないんだなぁって」

「そう・・・だよなぁ! やっぱり、怖いよ、あれは!」

「本当、いかにも悪者っ!って感じで」

「性格、悪そう!」

「くすっ! そうね」

「ははは!」

「ふふっ」

この場で笑えるマコトに、マヤは支えられる。

この場で笑えるマヤに、マコトは励まされる。

「・・・」

「・・・」

「伊吹さん!」

「はいっ!」

 

第3話

MADCAP 前編

 

マヤの乗る零号機が、使徒に向けて、パレットガンを連射する。

使徒の目が自分からそれたのを確認して、マコトの乗る初号機が、ビルで身を隠しつつ、使徒に接近する。

パレットガンから放たれた無数の銃弾は、かろうじて使徒の足を止める事に成功していた。しかし、そのほとんどがA.T.フィールドによってはじかれ、使徒にはなんらの被害も与えてはいなかった。

 

 

「うおおおおぉぉ!!」

雄叫びを上げ、血の流れが止まるほどコントロールレバーを握りしめても、初号機と使徒の距離は、なかなか縮まろうとはしなかった。

全く初めての操縦で、倒れずに歩けるだけでも上出来なのだが、やはり、シンクロ率の低さは致命的だった。初号機はなかなか思う方向に進まず、移動速度もかなり遅い。酔っ払いの千鳥足のようで、マコトの苛立ちは増すばかりだった。

「そっち行くなよっ! こら!!」

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

零号機の撃つパレットガンは、早くも弾が残り少なくなっていた。マガジン交換の手間を省くため、4丁のガンを用意していたのだが、その内の3丁は役目を終え、すでに地面に転がっていた。

「早く! 早く! 日向君、早く! お願い!!」

マヤは祈るようにつぶやいていた。

その間も弾はどんどん減り続け、しかし、初号機はまだ使徒に遠い・・・。

 

 

「各機のシンクロ率はどう?」

リツコがオペレータに問う。

「初号機、17%。零号機、14%。どちらも稼動ギリギリの状態です」

「そうね・・・。それでも、動けるなら、戦えるわ」

リツコは、冷静を装って言った。

最も苦しい戦いと言えた。

国連軍に助けを求める事は出来なかった。今後の優位を確保するためにも、最初の戦いで弱みを見せるわけにはいかないのだ。どんなに苦しい状況でも、独力で勝利しなければならない。

さすがのリツコも、この戦いに勝てるかどうか、全く予想がつかなかった。しかし、2人のパイロットは、未経験ながらも、よくやってくれていた。リツコの予想を5%も上回っていたのだ。確信にはほど遠いとはいえ、それでも、少なくとも希望を抱かせてくれた。

「ありがとう」

リツコの口からこぼれ出た言葉だった。

 

 

「くそっ! もっと早く動け! あと少しなんだ!!」

初号機は、使徒までの距離200メートルの地点にいた。パレットガンで使徒を転倒させても、今の初号機の足では、先に起き上がられてしまうだろう。作戦有効距離に、少なくても、あと100メートルは近付かなければ・・・。

「日向君! もう弾がなくなるわ!」

マヤが叫ぶ。

あと、80メートル。

マコトは思い出していた。これに似た夢を見た事がある。電話が鳴っていて、早く受話器を取らなければと、その場所に進もうとするのだが、水中を歩いているかのように、足が思うように動かない。電話はすぐにも切れてしまうだろう、ひどくあせっているのに、それでも足は動かない・・・。これは、なんの暗示だったろうか。

あと、40メートル。

切迫しているというのに変な事を考えている。余裕があるわけではない。心が逃避しようとしているのだ、とマコトは思った。

「逃げられるわけないだろ! 馬鹿が!」

マコトは自分に怒鳴った。

あと、10メートル。

「日向君! 弾がもうない!」

「くそっ!」

マコトは使徒の右斜め後方110メートルの地点から、使徒の足元にパレットガンを連射した。

「倒れろ! 倒れろ! 倒れろ!」

不意の、後方からの攻撃を使徒はまともに食らった。

かなり効いているようではある。しかし、よろけはしても、なかなか倒れる様子がない。倒れなければ、アウトだ。初号機の足では、使徒の背後からコアのある正面へ回り込もうとするそれまでに、反対にやられてしまうだろう。

「倒れろってんだよ! このぉ!」

弾はもう残り少ない。使徒は、よろけつつ、初号機から離れていく。このまま撃ち続けても無駄であろう事は、マコトにもわかっていた。トリガーを引く指から力が抜ける。

「なんで・・・、ちくしょう・・・」

使徒は初号機へと向きを変えた。あの目が、再びマコトをにらむ。

「日向君、逃げて!!」

マヤの悲鳴が聞こえる。

(なんてこった。伊吹さんを巻き込んで、このザマか! 彼女だけでも逃がしてやりたいけど・・・、イチかバチか、プラグナイフで突っ込んでみるか・・・。くそっ! なんで倒れないんだよ、おまえは!!)

使徒はゆっくりと初号機に近付く。勝ち誇っているのだろうか、獲物を威圧する、そんな歩き方だった。

(あんな、ひょろひょろした足してるくせに。くそっ! なんで倒れないんだ! あんな足・・・)

「日向君!!」

マヤは初号機のもとに向かおうとした。しかし、使徒と初号機の間は、もう50メートルもなかった。誰の助けの手も、届きそうにない・・・。

「第22番射出口のゲート、開いて!!」

唐突に、マコトの声が響いた。

「えっ?」

リツコは、突然の指示に多少うろたえたが、即座に理解し、反応した。

エヴァはガントリーリフトで運ばれ、射出口から第3新東京市に出る。射出口は、都市のどのポイントにも即座に到着出来るよう、至る場所に存在している。

第22番射出口は、使徒の左足の真下にあった。ゲートが開いた事で、使徒は左足を射出口に飲み込まれる。

「ゲート閉めて!!」

リツコが叫んだ。万が一、使徒に射出口からジオフロント内へと侵入されたら、最悪の事態となる。それを回避するための指示だった。ゲートは使徒の左足を挟んだ状態で、途中まで閉まった。

「よしっ!」

間髪入れずに、マコトは使徒の頭部めがけて残弾を撃ち込んだ。完全にバランスを崩した使徒は、そのまま仰向けにゆっくりと倒れていった。

「プログナイフ装備!」

そして、初号機は使徒のコアを目指した。

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」

マヤは、しばらく止まっていた呼吸を再開した。

いまだ油断出来ないとはいえ、楽観が許される状況となった。

「よかった・・・、日向君」

マヤは初号機のもとへと向かった。

止めようにも、あふれてくる涙は止まらなかった。

初号機はプログナイフを手に、使徒に近付きつつあった。よろける足は相変わらずでも、以前より、多少足取りがしっかりしているように、マヤには見えた。

マヤは、普段からは想像出来ない、マコトの行動力に驚きを感じていた。

マヤが見ていた普段のマコトは、仕事においては、必要な分だけをきっちりとこなし、それ以上の事はしない男だった。処理した仕事の内容は、他の職員を上回るものなのに、積極的に手を伸ばそうとする事がなかった。休憩の時は、雑誌を読んだり、同僚と雑談をしたりもするが、どちらかといえば、なにもせず、ぼんやりとしている事の方が多い。決して、暗いのではないが、『アクティブ』という言葉からは、かなり遠い人間だった。

それが、今回、誰もが尻込みする使命にもかかわらず、至極、積極的に志願し、しかも、あのような絶対的危機の場に置かれても、冷静な状況判断と行動で、それを切り抜けてしまった。マヤにしてみれば、なんとも『マコトらしく』なかったのだ。

人間だもの、あえて隠したり、使い分ける部分があるのは当然だ、とマヤにもわかってはいるのだが、激しい気力で使徒に向かったマコトは、やはり意外としか思えなかった。種族保存本能の仕業かもしれないが、ちょっと『カッコイイ』と思ってしまった。

そして、零号機が、初号機まで300メートルの距離に近付いた時、初号機の手が、ついに、使徒の肩に掛かった。

勢いよく、初号機のプログナイフが使徒のコアめがけて振り下ろされる。

「!?」

マヤはなにも見えなくなった。

まばゆい光は十字の形で、天まで伸びた。そして、使徒の周辺が炎に包まれた。

灼熱の劫火を前にして、マヤは背筋が寒くなるのを感じていた。

「破壊光線!?」

それは、零号機に向けられたものではなかった。そして、初号機は、使徒の目や腕の有効範囲を避けるように、慎重に進んでいた。

では、なにを狙って?

答えは明白だった。

 

 

第3話  MADCAP 前編  終わり

 


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