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「あの・・・、リッチー(ペットの猫)が呼んでるんです。餌をあげに帰ってもいいですか?」

リツコが用意していた気付け薬で目を覚ましたマヤの第一声だった。

 

EVANGELION MM

 

「なんで・・・、なんで、私なんですかぁ!?」

「それに! エヴァって、14歳の人にしか操縦出来ないはずじゃないですか! あの設定はどうなっちゃったんですか!?」

数分前まで「猫が、猫が」とブツブツつぶやいていたマヤだったが、意識がはっきりしたとたん、ゲンドウ達に激しい勢いでまくし立てた。

マヤが落ち着くのを待って、リツコが解説を始める。

「エヴァ操縦のための、数ある条件の1つである『14歳である事』。これは、正確に言えば、『14歳の年齢に顕著に見られる、神経細胞の固有情報処理パターン、つまりパーソナルパターンが、エヴァのそれとシンクロ可能である事』だというのは、知ってるわよね?」

「はい・・・。だから、どうして・・・」

「つまり、逆を言えば、エヴァとの神経接続が可能なパーソナルパターンを有してさえいれば、14歳じゃなくてもエヴァを操縦出来る可能性があるという事・・・」

「え? それって・・・」

「そう! あなた達は、20をとうに越しながら、14歳レベルのパーソナルパターンを有する、極めて稀な存在なのよ!!」

「ええぇっ!?」

要約すると、『あなた達は精神年齢が14歳だからOKなのよ』と言われているのだが、そんな事に考えをめぐらす余裕のないマヤだった。

 

第2話

MISCAST

 

「さすがに、シンジ君達『適格者』ほどのシンクロ率は望むべくもないけれど、それでも、エヴァをかろうじて動かす事は、あなた達でも可能なの。そして、なにより有利な点は、あなた達はその特異性が幸いして、極めて中性的というか、エヴァのどの機体とも、拒否反応なく、シンクロが可能なの。『浅く、広く』エヴァに対応出来るというわけ」

「でも、でも! あの、あのっ!!」

「だから、自由に選んでいいわ。零号機と初号機、どっちがいい? 色が気に入らなければ、今度、塗り替えてあげるから、今日はガマンしてね」

子供におもちゃでも買ってやるかのような口調で、強引に話を進めるリツコだった。

「どれでもいい、早くしてくれ」

無理やり買い物に付き合わされているお父さんのような無愛想な声で、ゲンドウが促す。デパートなどでよく見る一幕のようだが、会話の実態は、およそ、とんでもない。

「でも、でも! あの、あのっ!!」

マヤは、とうとう、しゃがみこんでしまった。なんとかこの場を逃れる術はないものか、頭は通常の3倍の速度で回転しているのだが、いかんせん、アイスバーンでチェーンも履かずに走る車のように、焦ってアクセルをふかすほど、空回りする上、蛇行し、見当違いの方向に進んでしまう。

「えーと、えーと・・・、あっ、そうだ! 私達がエヴァに乗って、無事、起動する保証はあるんですか!? だって、現に、司令の、あのっ、奥様や、惣流・キョウコ・ツェッペリンさんが・・・失敗して・・・」

1人は消滅、1人は精神崩壊。自分達にもその可能性があるとしたら、さすがに、強硬に拒否しても、無理のない話だろう。とはいえ、そんな道理を、溺れる者がつかむワラを引き千切るように、無慈悲に潰してしまうのが、マヤの前の3人なのだ。

「ええ、確かに、エヴァ開発の当初、接触実験には碇ユイさんや惣流・キョウコ・ツェッペリンさんが、実験体として参加して、失敗しているけれど・・・、あれは起こるべくして起きたというか・・・」

リツコがチラリとゲンドウを見る。ゲンドウはあらぬ方向を向いていた。無表情のまま、なぜか、顔を赤らめている。

「当時には、すでにパーソナルパターンについての結論は出ていたの。にもかかわらず、あの2人は「自分なら大丈夫よん!」って、自ら実験に参加したのよ。自分の気が若いと思い込んで、止めるのも聞かずに強行して、挙句に失敗。まぁ、精神年齢も年相応の『ばぁさん』だったというわけね。『ばぁさん』が見栄を張ってムリに若ぶるから、あんな事になったんだわ。ふっ、ふっ、ふっ」

なんの恨みか、自分の年は棚に上げて、お亡くなりになった人を悪しざまに語るリツコ。その顔は、まるで、捕らえた人質に『冥土の土産』を聞かせている凶悪犯のようだった。ドラマでは、話し終えて、さて「この世に、さよならを言いな!」という段になって、間一髪、正義の味方が助けに来てくれるのだが、今回、そのような事はない。なにせ、ここにいる全員が『正義の味方』なのだ。

「まぁ、それはともかく、もちろん、あなた達は大丈夫よ。事前に十分なチェックをしてあるから」

「え、そんなの、いつ調べたんですか?」

マヤには、それらしい検査を受けた記憶がなかった。

「あら、そんなの、入社試験の時に済ませたわよ」

当たり前のように、リツコがさらりと言う。

「えっ?」

その時の記憶を、リプレイする。

「・・・・・・ああぁっ!! もしかして、あの時の人間ドック!?」

「そう、それ。あなた達がネルフに入れたのも、業務処理能力はもとより、『適格者予備』という特性が大きく作用しているのよ」

試験の直後に行われた人間ドック。そこで使用された、およそ、ただ健康状態を調べるにはゴツすぎる機械の数々。その時に『なにかおかしい!』と気付くべきだったのだが、マヤはそれらの機械を見て、不信感を抱くどころか、「さすがだわ、特務機関!! 万能の科学に光あれ!!」などと、訳のわからない感動に目を潤ませていたのだった。

「どうして、その時になにも言ってくれなかったんですか!?」

当然の疑問をぶつけるマヤ。しかし、それに対して、リツコは、実に事もなげに、答えを返した。

「あら、だって・・・」

その時のリツコの目を、マヤはしばらく悪夢に見る事になる。

「もし、言ったら・・・、逃げたでしょ?」

それは実験動物を見る目だった。

これで王手。マヤにはもう使える駒はない。

「ふ、ふぇ・・・」

マヤは半泣きである。蛇ににらまれたカエル。実験者の手の中のネズミ。『選ばれし者』のわりには、カエルやネズミ並みの境遇だった。

「時間がない」

唐突に、ゲンドウが言う。

確かに時間は進んでいる。使徒は都市にかなり接近しており、ジオフロントが見付かるのも時間の問題だった。

「乗るなら早くしろ。でなければ、か・・・ふぐっ!」

『帰れ』などと口走られては、全てが水の泡だ。ゲンドウの口をハンカチで押さえるリツコ。なにやら薬品が染み込ませてあるらしい。わずか1ミリ秒の早業にゲンドウは昏倒、そして、説得のバトンは冬月に渡された。

「誰もが望まぬ事だ・・・。それは、わかっている。しかし、今は君達しか頼る者がいない。君達に、なんとしても、エヴァに乗ってもらわねばならんのだ。頼む、我々を、人類を助けてくれ・・・」

結局のところ、マヤがどんなに躊躇しようが、逃れる事は出来そうもなかった。そもそも、つい数分前までは、マヤ自身が、それを強制する側の人間だったのだ。納得は出来ないながらも、それを正当化するための言葉を、頭の中にいくつも積み重ねてきたのだ。自分に役が回ってきたからといって、今さら拒否など出来るはずがない。

いかに明らかなミスキャストだとしても・・・。

 

(でも・・・、でも、怖い!!)

マヤは恐怖を押さえられず、あと一歩を踏み出す事が出来なかった。しかし、それは、彼女が当たり前の人間である証拠だった。

 

「私が、乗ります!!」

「!?」

それは、司令席に来て以来、一言も発しなかったマコトの声だった。

「えっ!?」

マヤはマコトを見上げた。

「そうか、やってくれるか!!」

冬月がマコトの手を握って言う。

「はい!! ぜひ、やらせてください!!」

マコトが強く答える。その目は、強い意志の光で輝いていた。

「でも・・」

リツコは、マヤに視線を向けて言った。

「あなた達のシンクロ率では、どうしてもエヴァ本来の力を発揮する事が出来ないの。だから、2人で協力しなければ使徒には勝てないわ。マヤにも一緒に出てもらわないと意味がないの」

再び、司令席を重苦しい空気が充満する。事ここに至って、拒否など出来ないと十分に理解しているマヤではあったが、やはり、まだ、前に踏み出すために、背中を押してくれる手を必要としていた。

「・・・伊吹さん」

マコトが、マヤの目を見つめて言う。

「使徒とは、俺が直接戦う。でも、俺1人じゃ駄目みたいだ。だから、伊吹さんにも手伝ってもらいたいんだ。使徒から離れた場所から援護射撃してくれるだけでいい。出来る限り、君の方へは使徒を向かわせないようにする。約束するよ!」

「日向君・・・」

「2人でがんばろう。そして・・・、使徒を倒す!」

普段の彼からは想像も出来ない力強さに、ようやくマヤも心を決した。

(怖いけど・・・やるしかないなら!!)

「日向君・・・、私、やるわ!」

「ありがとう! 2人で協力し合えば、大丈夫だよ!!」

「ええ!」

 


 

「パイロット、エントリープラグ内、コックピット位置に着きました!」

「了解! エントリープラグ挿入!!」

 

「副司令、葛城一尉と碇シンジ君の回収、終了しました」

エヴァ起動の様子を見つめる冬月に、リツコが報告する。

「2人の状態は?」

「それが・・・、葛城一尉は・・・」

「L.C.L.注水!」

「主電源全回路接続!」

「・・・そうか」

冬月は、表情を変える事なくつぶやいた。

「そして、シンジ君は・・・」

リツコは眉をひそめた。

「左上腕骨、左脛骨、それと肋骨数本を骨折。頭もかなり強く打った模様で、脳波に異常が見られます」

「・・・・・・」

「命に別条はないと思われるが、精密検査をしない事には断言は出来ないとの、医療班のコメントです」

「なんという事だ・・・」

冬月は思う。我々は神に試されているのだろうか・・・。しかし、なぜ? この戦いは我々人類と、そして、神をも救うためのものだというのに・・・。

「シンジ君がパイロットとして使えない以上、アスカ君が来るまで、あの2人にがんばってもらうしかないな」

「はい。でも、希望は持ってもよいでしょう」

「そう思えるかね?」

「ええ、彼らも『選ばれし対』ですから・・・」

「ふむ・・・・・・」

 

「A10神経接続、異常なし!」

「初期コンタクト、全て問題なし!」

「双方向回線、開きます!」

 

零号機のエントリープラグの中で、マヤは不思議と自分が落ち着いているのを感じていた。極めて唐突で、異常な状況に、ついさっきまで、パニックを起こしていたというのに・・・。

実際、エヴァ搭乗を決意してからは、マヤは、まるで憑き物が落ちたかのように、冷静に行動していた。水着姿でコックピットに座っているのもそのせいだ。

ネルフ技術局職員は、エヴァの開発、実験等で、冷却用溶液の中で作業する事が多々あり、個人の水着を用意している。マヤは、制服が汚れないようにと、それに着替えたのだ。黄色で無地のワンピース。実に無難なデザインだったが、マヤは気に入っていた。

なにが理由だろう、と考える。なぜ、こうも落ち着けるのか・・・。

まな板の鯉となった状況。母の胎内のような、L.C.L.で満たされたプラグ。どれも当たっているようで、違う気がする。

『ありがとう。2人で協力し合えば、大丈夫だよ!!』

結局、これが、一番納得出来る理由のような気がする。あの時のマコトの言葉、マコトの目・・・。

「大丈夫、よね・・・。追いつめられた人間は強いんだから。『窮鼠、猫を噛む』よ」

猫好きのリツコが聞いたら顔をしかめそうだ、とマヤはくすくす笑った。

「変なの・・・。死ぬかもしれないっていうのに、なんで笑ってるんだろ、私」

 

「エヴァ零号機、並びに初号機、共に射出口に!」

「零号機、3番ゲートスタンバイ! 初号機、5番ゲートスタンバイ!」

「発進準備完了!!」

 

初号機のエントリープラグ内で、マコトは、はやる気持ちを押さえていた。マコトも、マヤ同様水着姿(購買部で売っていたもの。紺のトランクスで、腰の両脇部分に赤いネルフマークが付いている。職員にはかなり不評)で、眼鏡のかわりに、度の入った特殊ゴーグルをはめていた。

昨日までは、マコトがエヴァに乗るなど、ある筈のない事だったし、彼自身、そんな希望を持つ事は全くなかった。しかし、今日、唐突に、なんとしてもエヴァに乗る必要が出来てしまった。それは、公はもちろん私においても、であった。

自分の手で使徒を倒したい、そして・・・、

マコトの目から、透明の光がこぼれた。

 

「エヴァンゲリオン零号機、初号機、リフトオフ!!」

 

 

第2話  MISCAST  終わり

 


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