「おまたせ、シンジ君! こっちよ、早く乗って!」
「か、葛城さん?」
「いいから! 急いで!」
「あ、はいっ!」
「・・・・・・国連軍の湾岸戦車隊も全滅したわ。軍のミサイルじゃ、何発撃ったって、あいつにダメージを与えられない」
「あのう、一体、なんなんですか、あれ?」
「・・・『使徒』よ」
EVANGELION MM
「見たかね!! これが、我々のNN地雷の威力だよ。これで、君の新兵器の出番は、もう2度とないというわけだ」
「爆心地にエネルギー反応!!」
「!! なんだとっ!!」
「我々の切り札が・・・。町を1つ犠牲にしたんだぞ!」
「なんて奴だ! 化け物め!!」
「・・・碇君、本部から通達だ」
「・・・・・・」
「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを拝見させてもらおう」
「我々国連軍の所有兵器が、目標に対し無効であった事は、素直に認めよう。だが、碇君! ・・・君なら、勝てるのかね!?」
「ご心配なく。そのための『ネルフ』です」
第1話
MEOW
15年という時間は、あまりにも短かった。
破壊され尽くした世界の復興。第2次遷都計画による、第3新東京市の建設。再度の使徒襲来に対すべき、汎用人型決戦兵器『エヴァンゲリオン』の開発。そして・・・。
それら様々な流れを止める事なく、迎撃の備えをもって使徒を迎える事が出来たのは、ほとんど奇跡と言ってもよかった。
人の手より成る奇跡だった。
限られた時間の中、向かう目的への最短路を選択し、進んできた実績は、特務機関『ネルフ』の最高司令官碇ゲンドウ、副司令冬月コウゾウ、そして、エヴァ開発責任者赤木リツコ博士の尽力があればこそだった。
ネルフ本部、中央作戦室発令所。その司令席に2人の男が立つ。
その眼前にはメインモニタに映る巨大な敵、3番目の『使徒』の姿があった。
頭部はなく、胸部に仮面のような顔がある。その目は空洞のようにうつろでありながら、時折、激しい破壊を呼ぶ光を放つ。両腕からは槍状の武器が生えており、高速で打ち出されたそれは、障害となる物を粉砕する。そして、国連軍の持つ最大級の力、NN地雷さえも、己が身に触れる事を許さない、絶対の壁『A.T.フィールド』。それら全てが、脅威としてあった。
2人の前に立ちふさがるものは、あまりにも強大だった。
しかし、覚悟はすでに15年前に済ませてある。
あとは、始めるだけだ。
「冬月、レイの様子はどうだ?」
「重傷だ。かなり危険な状態らしい」
「・・・・・・」
「どうする、碇? パイロットはもう・・・」
「問題ない。用意は出来ている」
「・・・シンジ君か」
「・・・・・・」
「乗ってくれるかな、あれに?」
「有無など言わせんさ。人類の存亡を賭けた戦いだ。選択肢などない」
「セカンド・チルドレンも6日後には到着する。それまで、使徒の足を止めておいてくれさえすれば・・・」
「勝つさ、シンジは・・・。でなければならん」
「・・・そうだな」
3年ぶりの親子の対面がこのような形で行われる事に、冬月は不憫を感じざるを得なかった。
(会わずに過ごせれば、むしろ幸せだったろうに・・・)
かなわぬ事は、過ぎるほどに承知しているのだが・・・。
冬月の記憶にある碇シンジの面影は、11年前のエヴァ初号機接触実験。碇ユイを失ったあの悲劇の日。彼女に手を引かれてやって来た、その時のものだった。
異様な姿の巨人に、好奇に満ちた瞳を向ける幼児の姿は、その光景の違和感も手伝って、冬月の心に強く残る事になった。
もっとも、その笑顔が、あれほどにユイの印象を宿していなければ、こんなにも強く残ったであろうか、と冬月は自嘲する。
11年の歳月が、シンジにどのような変化をもたらしたか・・・。それを思ってもなお、冬月のシンジに対するイメージは、あの時の『か弱く、守るべき』のままであった。
そして、セカンド・チルドレン。彼女の姿は写真でしか見てはいないが、快活な笑顔が、なぜか、ガラスのもろさを感じさせる少女だった。これからの戦いを乗り越えていけるのか・・・。一抹の不安が脳裏から消える事はなかった。
使徒殲滅。
人類を救うという名分があるとはいえ、彼ら、少年少女の一身に負わせる。『仕方がない』と割り切れない自分の、それを甘さだとは、冬月は思いたくなかった。
「使徒前進! 強羅最終防衛線を突破!!」
オペレータの声が、『もう、止まる事は出来ないのだ』と、冬月の背を押した。
「進行ベクトル5度修正。なおも進行中!」
「予測目的地、我が第3新東京市!!」
対使徒迎撃要塞都市は、しかし今、その存在意義に破綻をきたしていた。使徒に対抗し得る唯一の兵器は、その操縦者を待つばかりなのだが・・・。
「シンジ君はまだ到着しないのか! どうしたんだ、葛城一尉はなにをしている!?」
本当なら、すでに自分の前に立っているはずの2人が、未だ見えない。冬月は苛立ちを隠し切れずに、オペレータに問う。
「葛城一尉からの連絡はどうなっている!?」
「・・・葛城一尉との交信、途絶えています!」
「衛星で探査してみろ!」
「了解!」
数秒後、サーチ衛星からの映像が届いた。そして、そこに展開する惨状は、冬月のみならず、ゲンドウをも少なからず動揺させる事となった。
「葛城一尉の車を確認! え!?・・・こ、これは!」
「なんだ・・・、これは!?」
「葛城一尉の車・・・、横転してます!!」
「!!」
モニタには、瓦礫の散らばる道路が映し出されており、その隅で、ミサトの車が『車だった物』となって、腹を上に向け、煙を吹いていた。
「葛城一尉と同乗者は確認出来るか!?」
「・・・葛城一尉、車から4メートルほどの道路上に確認! 生死は不明! 同乗者は・・・」
「同乗者は!?」
「葛城一尉の真下に確認! 下敷きになっています! 生死は不明! あっ!!」
「どうした!?」
「左腕が変な方向に曲がっています! 骨折している模様です!」
「なんだと!?」
「あっ、なにやら痙攣している模様! なんだか、とってもダメそうです!!」
「大至急、救助に向かえ!! 最優先だ!!」
これまでの人生で、数えるほどの大声で叫んだのち、冬月はゲンドウに向かってつぶやいた。
「・・・さて、どうしたもんかな? 碇・・・」
呆然とする冬月を横目に、ゲンドウはわずかに思考したのち、オペレータに命令を下した。
「伊吹二尉、日向二尉、至急、司令席まで来たまえ」
時間を少し戻す。
ミサトは、出来る限り使徒から離れるべく、愛車ルノーを繰っていた。
ミサトの計算では、十分な余裕をもって、ネルフ本部に到着するはずだったのだが、国連軍が考えなしに飛ばし散らしたミサイルが、大きな誤算を生む事となった。無数の瓦礫や穿たれた穴を回避しながらの運転では、いくらミサトが、残るローン回数を頭の隅に放り投げ、車体が傷付くのを泣く泣く覚悟したとしても、大した速度が出せるはずもなかったのだ。
「まいったわね! 時間がないわ!」
「?」
「もっと遠くへ離れないと、爆発に巻き込まれる!」
「あの、爆発って?」
「1分後に国連軍がNN地雷を作動させるのよ!」
「ええっ!? それってヤバイんじゃ・・・」
「そう! この距離だと、爆風で車が吹き飛ばされる恐れがあるわ!」
「そんなぁ!!」
「でも大丈夫! 安心して」
「えっ?」
「シンジ君は大丈夫、私が守るから! 命に懸けて・・・」
「葛城さん・・・」
「だから安心して・・・。それと!!」
「?」
「私の事は『ミサト』って呼んでね(にっこり)」
「・・・はい、ミサトさん(にっこり)」
「うふふっ。 !? おっと、時間だわ! シンジ君! 頭を押さえて、ショックに備えて!!」
「!!」
瞬間、使徒が光のドームに包まれ、その数秒後、ミサトの車は爆風で宙を舞った。
「ああぁっ!!」
「シンジ君!!」
意識を失う寸前、シンジは自分に覆いかぶさるミサトを見るのであるが、その時、なぜミサトの顔がうっすらニヤけていたのか、考える事は出来なかった。
「事態は緊急を要する」
ゲンドウに言われるまでもなく、伊吹マヤ、日向マコトの2人は、その事を十分過ぎるほど認識していた。だからこそ、今さら自分達に一体なにをしろと言うのか、予想がつかなかった。
司令席に座るゲンドウこそ、相も変わらずの無表情であったが、その脇をかためるように立つ冬月、リツコの顔に浮かぶ苦渋と焦燥の色は、周辺の空気を、呼吸もままならないほど重苦しいものにしていた。
ただならぬ雰囲気に、マヤはふと今朝の出来事を思い出す。
自宅を出る際、数ヶ月前にリツコからゆずり受けたペットの白猫(名前:リッチー、性別:♀)が、マヤに向かって激しく泣いて、なかなか離れようとしなかったのだ。普段はとてもおとなしい子なのに、なにに怯えて・・・、なにに悲しんで・・・。
あの時に感じた漠然とした不安、あれは気のせいではなかったのだ。
「知っての通り、現在、我々は、向かい来る第3使徒に対し、迎撃策を失した状態だ。エヴァのパイロットは、ファースト・チルドレンが先の戦闘で重体、サード・チルドレンに至ってはその生死すら不明だ」
自分の息子に関する事柄を、淡々と語るゲンドウであったが、その声が普段よりわずかに高い事を、リツコだけが気付いていた。
「エヴァの出撃なくして勝利はありえない。このままでは、我々は戦わずして敗北を喫する事になる。人類の歴史は、あっけなく、ここで終わるのだ」
やはり、15年という時間は短すぎたのだ。あまりにもゆとりのない計画。安全、確実な策などなく、常にギリギリの状態で進んできた。そして、いざ、これまでの集大成とも言えるこの段階に至って、巨大な穴に出くわしてしまった。それでも進むしかない彼らは、いきなり『最後の手段』をとる羽目に陥ってしまったのだ。
「繰り返すが、急務だ。君達には悪いが、拒否権は認められない。人類の未来が懸かっている」
これまでも、人類を守るための最上級の仕事を数々こなしてきたマヤだったが、新たに自分に課せられる使命の重さが、その比ではない事を実感していた。今後の自分の行動が、ダイレクトに破滅へとつながるのだ。あまりの緊張に足元がぐらつく。もし、この場にいるのが1人だけだったなら、とても絶えられなかっただろう・・・。
つい、隣に立つマコトを見る。
マコトは床の一点を凝視して、唇を噛んでいた。顔は若干青ざめていたが、その目には強い怒りの色が浮かんでいた。その怒りが一体なにに対するものなのか、破壊の限りを尽くす使徒に対してか、過分な使命を課そうとしている上司に対してか、マヤにはわからなかった。
「我々は大至急パイロットを用意しなければならない」
マヤは、出来る事なら耳をふさぎたかった。しかし、仮にそれが出来たとしても、頭の中で警鐘のように響いている猫の声を消す事は出来なかっただろう。あの猫を泣き止ませる事が出来るのは、元の飼い主であるリツコだけなのだろうか。しかし、彼女にその意志は見られない。
「そこで・・・」
空気が凍る。
「伊吹マヤ二尉、日向マコト二尉両名を、本日現時刻を
もって、エヴァンゲリオンパイロットに任命する」
マヤはその場にぶっ倒れ、意識を失った。猫の声を消すには最良の方法だった。
第1話 MEOW 終わり