あの日の事を思い出すと、僕は、いまだに震える自分を抑える事が出来ない。

僕達の戦い。

僕達の敵。

Black Ghost

地より這い出し、人の心に巣食う悪魔。

その強大さは計り知れず、今もなお成長を続けている。

戦いはぎりぎりの均衡の中、僕達は幾度となく命を削った。

そして、あの日、

僕は、もう少しで、僕の命を失うところだった。

 

 

   CYBORG 009 FAN FICTION  「繋ぎし手、繋ぎし命」 前編

 

 

ギルモア博士の研究所から離れ、僕達は森の中にいた。

敵の手を逃れて、他の仲間が到着するまで、僕とフランソワーズは走り続けていた。

「大丈夫か、フランソワーズ!?」

「ええ!」

「よし、こっちだ!」

敵はサイボーグが1人。

しかし、僕がその姿を見たのは、まさに最後の一瞬だけだった。

あとで博士から聞かされた事だけど、敵は、全身から発する特殊な光によって、見る者の注意を無意識下で自分からそらせる事が出来た。僕達は敵を見ているつもりでも、知らず知らずのうちに、別のものへと注意が向いてしまう。その結果、敵の姿は「見ているのに見えない」。博士は「非注意性盲目」って言ってたけど、そんな状態に陥っていたんだ。

その上、着ている特殊な戦闘スーツが、周囲の気温を感知して、瞬時に同じ温度になるよう調節するため、サーモグラフを通して見ても、やはり、捉えられない。

たとえ奴が目の前に立っていても、僕達はその存在に気づかなかったという訳だ。

ただ1人、フランソワーズを除いて。

フランソワーズは、周囲の空気の動きや発するかすかな音といった間接的な情報からでも、敵の位置を正確に測定する事が出来た。

だから、彼女は狙われた。

イワンが眠りに入る頃、他の仲間達が故郷へ帰るタイミングを狙って、奴は僕とフランソワーズのいる研究所を襲ったんだ。

 

 

敵が来るまでは、とても静かだった。

普段なら賑やかなリビング。

中央には、向かい合うように置かれた2つのロングソファ。

いつからだろう、このリビングで過ごす時は、みんな、いつも同じ場所に座るようになっていた。

ジェロニモの場所は、クッションが他より沈んでいるから、見ればすぐにわかる。

その場所を、ソファが壊れないようにと補強したのは、アルベルトだ。

みんながここでお茶を飲み、テレビを見たり、トランプやチェスなどで遊んで、語り合う。

けれど、すでにみんなは空港へと向かっていて、こんな時だからと、僕はいつもとは違った場所に座っていた。

目に映る物が違う、そんな些細な事でも、つかのまの平穏の中では、とても鮮やかに感じられた。

「静かね」

背後からの柔らかな声に振り返ると、フランソワーズが2つのティーカップを手に、微笑みながら立っていた。

「はい、お茶よ」

「ありがとう」

僕にカップを手渡すと、フランソワーズもソファに座った。

彼女が座ったのは、いつもの場所。

いつも通り、僕の隣に。

「イワンは?」

「博士が見てくれるって」

「そうか」

あの時、博士は地下の実験室で研究をしていた。

なのにイワンのお守りを引き受けてくれたのは、きっと、僕達を気遣ってくれたんだろう。

厚意に甘えて、2人だけのリビング。

左側の空気が、柔らかく、温かくなるのを感じながら、

僕は、彼女と紅茶の味を楽しんだ。

「ね、今日のはなんだと思う?」

フランソワーズが含み笑いで尋ねる。

「え、また? えっと・・・セ、セイロン、かな」

「残念、答えはインドのニルギリよ。でも、このお茶はセイロンに特徴が似てるから、半分は正解ね」

クスクス笑いながら、フランソワーズは言う。

「ねえ、フランソワーズ、もう勘弁してよ。僕、こういうの本当にわからないんだからさ」

「あら、だらしない。それでも私達のリーダーなの?」

「それって関係ないんじゃないかなぁ」

「うふふっ」

彼女の笑顔がどんなに素敵か、現わす言葉なんてありはしない。

「でも、やっぱりフランスの人だね。紅茶にすごく詳しくってさ」

「あら、それこそ関係ないと思うわよ?」

「え、そうなの?」

「そうよ」

フランソワーズはフランス。

僕は日本。

生まれた場所も時間も、育った境遇も、まるで違う。

出会うはずのなかった2人。

それなのに、当たり前のように並んで座って、同じ紅茶を飲む。

そして、

「静かね・・・」

さっきと同じ言葉でも、違う声のトーン。

フランソワーズは僕の左肩に体を預けた。

「うん・・・」

僕は、カップを右手に持ち替えて、左手を彼女の肩に回す。

「・・・」

「・・・」

指に触れる彼女の髪。

髪を撫でる僕の指。

「ふふっ」

「くすぐったかった?」

「ううん、そうじゃないの」

「・・・」

「嬉しくて・・・」

フランソワーズが顔を傾ける。

指に、彼女の頬が触れる。

その熱さが、僕を溶かす。

「ジョー・・・」

「フランソワーズ・・・」

テーブルに、2人同時にカップを置く。

そして、見つめ合い、唇を重ねる。

僕は彼女の体を抱きしめる。

互いの激しい鼓動が、合わせた胸から相手へと伝わる。

愛し合う。

触れて、伝えて。

でも、いくら重ねても足りなくて、なおも重ねる・・・。

どうして、こんな事が出来るんだろう。

なにもかも違い過ぎる僕達なのに。

運命ですらない。

この出逢いには、奇跡しかない。

誰が起こした奇跡なのか、考えたくもないけれど。

「!?」

突然、

フランソワーズの体がビクリと震えた。

「どうした?」

「敵!」

「なんだって!?」

研究所に近づいて来る、1人分の足音。

その音の重さは、歩幅からは考えられない体重を示していると、フランソワーズは言った。

「敵は1人なんだね?」

「そうよ」

「なら、急いでここを離れよう!」

「ええ!」

敵の思惑など知るよしもない僕達は、博士に状況を伝えると、急いで外へ飛び出した。

「どこだ!?」

「あっちよ!」

フランソワーズの指差す方へと向かって僕達は走った。

博士とイワンがドルフィン号で避難するまで、敵を研究所に近づけてはならない。

しかし、彼女の足が途中で止まった。

「フランソワーズ?」

「おかしいわ・・・」

「なにが?」

「もう見えてもいいはずなのに・・・」

フランソワーズの言葉に僕は辺りを見渡した。

しかし、どんなに目を凝らしても、人影は見当たらない。

「森の中じゃないのか?」

僕達が立つ道の右側には、うっそうとした森が広がっていた。しかし、そうじゃないと、彼女が首を振る。

「ついさっきまで足音がしてたわ。この道の先に確かにいるはずなの。なのに、どうして?」

困惑するフランソワーズが視覚モードを切り替えようとしたその時、

「あっ!!」

なにもないはずの場所から閃光が瞬き、彼女の左腕をかすめた。

「フランソワーズ!?」

駆け寄る僕と彼女の間を、再び閃光が走る。

「森へ!」

フランワーズが叫んだ。

僕は状況もわからぬまま加速装置のスイッチを入れ、フランソワーズを抱き上げると、そのまま近くの森へと跳んだ。

数キロ進んだ所で、僕はフランソワーズを降ろすと、彼女の左腕を確かめた。

強化服は光のかすめた部分が焼けただれていて、その下の肌にも赤い跡を残していた。

「大丈夫か?」

「平気、かすっただけだから」

彼女は答えと共に、気丈な笑みを僕に返した。

その瞬間、敵への激しい怒りに我を忘れそうになる。

落ち着け。

こんな時こそ冷静にならなきゃだめだ。

僕は強くこぶしを握り、必死に自分を抑えた。

「なんだったんだ、今のは?」

「わからない。森に入る寸前、視覚を赤外線モードに切り替えたけど、それでも姿は確認出来なかった」

「だけど、奴はいる」

「ええ、今もこちらに近づいてるわ」

フランソワーズは周囲の音を集めながら、苦渋に満ちた顔でつぶやいた。

見えない敵。

その目的がわからない以上、博士やイワンの元へ向かわせない事が先決だった。

「とにかく、奴を引きつけながら、少しでも研究所から離れよう」

「ええ」

そして、僕達は森のさらに奥深くへと入って行った。

博士からの連絡を受けて他の仲間達が戻って来るまで、敵が攻撃の矛先を博士達へと変える事のないように、つかず離れず距離を保ちながら、僕とフランソワーズは走り続けた。

「大丈夫か、フランソワーズ?」

「ええ」

「よし、こっちだ!」

僕はフランソワーズの手を引いた。

僕の左手にフランソワーズの右手が繋がる。

離れまいと、力の込められた彼女の手。

その確かさに僕は勇気づけられる。

僕は何度も振り返って彼女を見た。

敵の動きを探りながらの移動は精神的にも肉体的にも負担が大きいはずだ。けれど、フランソワーズは僕を励まそうと笑顔を向けてくれる。

僕も彼女に笑顔を向けた。

それが少しでも彼女の支えになってくれたらと。

強く繋いだ手と共に。

(ジョー、ワシじゃ! 無事か!?)

脳波通信で、ドルフィン号に乗った博士から連絡が届いた。

眠っているイワンと共に、無事に研究所を出て、今は海中を移動しているという。

フランソワーズは聴覚に意識を集中させ、敵の動きを探った。

(変わらずに、こちらへ向かって来ているわ)

ようやく、目的がはっきりした。

敵のターゲットは僕達だ。

それなら、やる事は1つ、戦うだけだ。

僕達は木の枝へと飛び移り、それまでの移動方向とは逆に進んだ。

ここからは、敵へと接近し、迎え撃つ。

枝から枝へ、地面を走っていた時よりも広範囲に、ランダムに進む。

2人でいくらかの距離をあけ、移動音を分散させる。

時折、僕が地面に降り、落ちていた岩や木の枝を投げる。

遠くで鳴る、落下音。

こんなものに惑わされる相手とも思わなかったけれど、それでも出来るだけの事はやっておきたかった。

やがて、数キロ進んだ先に、僕達は眼下に目的の場所を見つけ、足を止めた。

(よし、ここで待ち伏せしよう)

(ええ)

僕はさらに数キロ進んで木から降りると、加速装置で移動しながら、岩や枝を投げる。

落下する音に紛れながら、フランソワーズが地面に降りる。

加速装置を切って跳び、彼女がいる場所へと戻る。

僕達が降り立った場所には、2メートル近い高さのセイタカアワダチソウが広範囲で生い茂っていた。

この中にいれば、敵の目をくらませる事が出来るかも知れないし、草の動きで僕にも敵の位置がわかれば攻撃もしやすい。

それに、フランソワーズは疲れていた。

もちろん、彼女は僕に悟られないよう気丈に振る舞っていたけれど、そんな事がわからないはずはない。

少しでも休ませないと。

群生するセイダカアワダチソウの中、僕は彼女を座らせて、僕もその傍らに座った。

彼女の呼吸がわずかに荒い。

胸に当たる彼女の右肩が、いつもよりも硬く感じる。

(・・・)

フランソワーズが敵の位置を探る。

(・・・距離は2053メートル。こちらに近づいてるわ)

(僕達の場所に気づいてる様子か?)

(どうかしら、歩調は不安定で、方向が定まってはいないけど・・・)

(そうか・・・)

僕と彼女はスーパーガンを握りしめる。

近づき、離れ、それでも敵は、徐々に僕達との距離を縮めつつあった。

もし気づいていないのなら、絶好のチャンスだ。

(1500・・・)

(・・・)

(1000・・・)

(・・・)

(500・・・)

(・・・)

ふと、彼女の握ったスーパーガンがピクリと震えた。

(・・・止まった)

(え?)

(敵の動きが止まったわ)

フランソワーズは目を閉じ、音に意識を集中させる。

僕は息を止め、彼女の様子に見入った。

(なにか・・・)

(・・・)

「っ!! いけない!!」

彼女が思わず声を発し、僕は素早く反応した。

「!!」

彼女を抱えて僕が跳んだ、その一瞬後、爆発音が響き、僕達を隠していたセイダカアワダチソウの群れが炎に包まれた。

「ミサイル!?」

「ジョー、次が来るわ!!」

フランソワーズの言葉が終わらないうちに、複数のミサイルが周囲で爆発する。

「くっ!」

僕は加速装置を作動させ、フランソワーズを抱きかかえながらミサイルを避けた。

無数のミサイルが飛来する中、僕は敵を睨んだ。

見えない敵を。

そこにいるのかもわからないのに。

次々と立ち上がる火柱に、周囲の草木は燃え崩れていく。

これでは、僕に敵の動きを探る事は出来ない。

それに、加速装置の使用限界が近い事を、全身を駆け巡る痛みが告げていた。

仲間達はまだ来ない。

このまま逃げ続けるには、僕もフランソワーズもかなり体力を消耗している。

なにより、もう僕は逃げたくなかった。

彼女を危険にさらしている状況に、これ以上我慢が出来なかった。

それなら・・・。

ミサイル攻撃がひと段落したところで、僕は加速装置を解除し、向かい合うフランソワーズに尋ねた。

(フランソワーズ、敵の位置がわかるか?)

(・・・なにを、するつもりなの?)

フランソワーズを見ると、彼女は震える瞳で強く僕を見つめていた。

あの時、彼女には予感があったんだろうか。

彼女の超感覚が捉えられる以上のなにかを、感じ取っていたんだろうか。

しかし、僕はもう決めていた。

(いちかばちか、敵に突っ込む)

(駄目よ!!)

フランソワーズの両手が僕の右腕を強く握った。

(でも、やるしかない)

(それなら、私が! あなたには敵が見えないのよ!)

(それこそ、駄目だよ)

(どうして!?)

(銃の腕は僕の方が確かだ。それに、僕はリーダーだからね)

あの時、彼女の瞳に映った僕は、お世辞にも上手く笑えてはいなかった。

(頼む、フランソワーズ。時間がないんだ)

(・・・)

なにかを言おうとした彼女の口が、途中できつく結ばれる。

フランソワーズは、わずかの間聴覚に集中すると、ゆっくりと右手を上げ、敵の位置を指差した。

(20メートル・・・)

(ありがとう、フランソワーズ・・・)

(ジョー・・・、死なないで・・・)

こんな時に、

いや、こんな時だからこそ、

軽く触れるだけのキス。

そして、僕は敵のいる方向を睨んだ。

そして、心を決する。

(いくぞ!!)

僕は一気に駆け出した。

しかし、

背後から響いた音に、僕の足はすぐに止まった。

「あっ!!」

あの時、

僕は自分の馬鹿さ加減に腹を立てる余裕さえなかった。

「フランソワーズ!!」

振り返った僕の目には、僕に背を向けて走るフランソワーズの姿が映っていた。

なんて事だ。

彼女は僕に嘘をついた。

僕の向かった先に敵はいなかった。

敵は、彼女の向こうにいた。

「フランソワーズ!!」

彼女の名を叫んだ直後、2つの光が交差した。

1つは敵の胸に。

そして・・・、

そして・・・、

もう1つの光は、フランソワーズの胸を貫いていた。

 

to be continued

 

 

 

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